ただ一つだけ

レクフル

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無垢すぎて

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 その後、晩餐はシルヴェストル陛下とジルと共に摂り、俺は豪勢な食事に舌鼓を打った。

 もちろん緊張していたが、ジルが嬉しそうに微笑んで食べていた事と、シルヴェストル陛下も嬉しそうに常に笑顔でいた事でかなりその場が和んでいたのと、侍女のアデラや執事、給仕人も皆が穏やかで優しく温かで、この場が落ち着ける雰囲気となっていたので、俺も料理を堪能することができたのだ。

 ここに来るまでに聞いたシルヴェストル陛下の噂は、聖女を神聖なる村から連れ出した愚か者とか、王妃を制御出来なかった不甲斐ない者、この国から聖女を追い出す羽目になった無能者、等と言ったものだった。

 だから勝手に、シルヴェストル陛下は愚王で独裁者で非情であると、そんなふうに思っていた。

 しかし、シルヴェストル陛下を見る使用人達や臣下達の表情は温かく、誰もがシルヴェストル陛下を慕っているように見えた。いや、きっと慕われるべき人物なのだろう。ほんの数時間の間しか垣間見れていないが、そんなふうに思えるほどに、この場の雰囲気は居心地が良かったのだ。

 しかしシルヴェストル陛下は微笑みながらも時折、俺を鋭い目で見てきて、あぁ、俺は歓迎されていないのだな、と思わされたのだ。

 それはそうだろう。やっと会えた愛しい我が娘に、何処の馬の骨とも分からない奴が傍にいたら、警戒もするし不審にも思うだろうし、すぐに認められはしないだろう。

 シルヴェストル陛下と目が合う度に、俺は何とか笑顔で返したのだが、シルヴェストル陛下は口角を上げるだけで目の鋭さは変わらなかった。
 だからその目線、本当に痛いんですって! シルヴェストル陛下っ!

 食後のデザートも食べ終わって、部屋へと案内される。
 ジルに用意された部屋は、昔母親が使っていた部屋だそうで、シルヴェストル陛下自ら案内したのだ。


「この部屋であの事件は起こったが……それが嫌でなければ、この部屋を使ってはくれぬか? メイヴィスが長年使っていた部屋なのだ。持ち物もドレスも、当時のまま変わらずに置いてあるが……」

「お母さんの……」

「そうだ。ここでメイヴィスはジュディスをよくあやしておった。そのジュディスがこんなに大きくなって……」

「覚えてないですけど……なんだか懐かしい気がします」

「そうか! いや、良かった! ではここを使ってくれるか?! その方がきっとメイヴィスも喜ぶ筈だ!」

「あ、はい。この部屋を使わせて頂くのは問題ないです。ね、リーン?」

「え? あ、あぁ……」

「リーンも良いみたいだし、ここで寝ます」

「いや、ジュディス……つかぬことを聞くが……その……もしかして、この男と一緒にこの部屋を使うつもり……ではない、だろう、な?」

「もちろん、一緒にここで寝ます」

「ジル、それは……!」

「それはダメだ! ジュディス!」

「え? どうしてですか?」

「未婚の男女が同じ部屋で寝る等、あってはならぬ!」

「未婚?」

「ジル、それは結婚していないって事なんだ」

「けっこん?」

「えっと、だから……結婚は夫婦になると言うことで……!」

「んー……結婚ってのをしないと、一緒の部屋にいちゃいけないの?」

「えっと、まぁ、そうなる、かな……」

「じゃあ、リーンと結婚すれば良いの?」

「ダ、ダメだ! それはまだ許さんっ!」

「と、とにかくジル! 俺はジルと一緒の部屋で寝る事はできない!」

「え?! どうして?!」

「だから未婚の男女が同じ部屋で眠る等と、そんな事は許されない事なのだ!」

「嫌だ! だって、帰ったら続きするって約束したもん!」

「なに? 約束? なんのだ?」

「えっと、リーンがね、私と唇……」

「ジルっ! そんな事は誰にでも言って良いことじゃない!」

「ん? 今なんと申したのだ?」

「だから、リーンが私の胸を……」

「頼むジルっ! それ以上言わないでくれ!」

「な、なんだ?! 何か疚しい事でもあるのか?!」

「いえ、そうではないです!」

「そうです。何も悪いことしてないですよ? ね? リーン?」

「あぁ、そうだな、ジル……」


 ジルが世間知らずなのも程がある……!

 いや、仕方がないんだ。何も知らずに隔離された状態で生きてきたから、ジルは普通を分かっていない。そんなジルに手を出してしまった俺が悪いんだ。
 
 けど、よりにもよって父親だろうシルヴェストル陛下にその事をあっさり言ってしまおうとするなんて……!
 ジルの無垢さが、今はただただ恐ろしい……!

 一人でこの部屋を使うと言うことに納得できないジルは、俺にまた抱きついてきた。
 それをシルヴェストル陛下はすごい形相で見てくる。

 心臓が……いや、胃が痛い……っ!


「嫌だ! リーンの傍にいる! リーンと同じ部屋で寝る!」

「ジル、ここではそれは無理なんだ」

「どうして?!」

「ここはそういった事はダメな場所なんだ」

「じゃあ宿屋に帰ろう? ね、そうしよう?」

「こんな時間に外に出せる訳がなかろう! ジュディス、ここは我慢してくれぬか?」

「だって……!」

「ジル、俺は近くにいる。いつでも、何があってもすぐにジルの傍に駆けつけられるようにする。だから、今日はこの部屋で一人で眠ってくれないか?」

「リーン……でも……」

「大丈夫だ。約束する。ジルを置いて何処にも行かない。ジルが求めるなら、いつでも傍に行く。な?」

「リーン……」


 ジルは大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて俺を見る。こんな時なのに、俺は涙に濡れて色を変える瞳が美しいとか考えてしまう。
 俺に抱きついて離れないジルの頭を優しく撫でてやると、少し落ち着いたのか、ジルは俺の胸に頭をグリグリ擦り付けてから、ゆっくりと離れた。

 きっと、これ以上ワガママを言っちゃいけないと思ったんだろう。こんなワガママは可愛すぎて、本当なら叶えてやりたいんだ。
 俺だって離れたくないし、傍にいたくて仕方がないくらいなのだから。
 
 漸く俺から離れたのを見てシルヴェストル陛下は、ホッと胸を撫で下ろしたようだった。

 
「さぁさ、殿方達はもう出て行ってくださいな。聖女様は寝支度を整えるのですから邪魔でございます」

「ア、アデラ、そうか、うむ、ではジュディスを頼んだぞ!」

「はい。もちろんでございます」


 ニッコリ微笑んだアデラにそう言われ、俺とシルヴェストル陛下は部屋から出される事となった。

 部屋には数人、侍女が待機していて、これからジルに湯浴みでもさせるのだろうと思われる。

 ふぅー……とため息をつくと、シルヴェストル陛下は俺を見て
「酒でも付き合え」
と言って自室へ招いてくださった。

 マジで胃が痛いです、シルヴェストル陛下……!





 
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