ただ一つだけ

レクフル

文字の大きさ
上 下
5 / 141

間違ってはいけない

しおりを挟む
 ジルと旅をするようになってから3ヶ月の月日が流れた。

 少しずつ言葉が出るようになってきて、少しであれば会話が続くようになってきた。それが俺は何だか嬉しかった。

 不思議な子だと思った。俺は元々人に対して馴れ合いとか出来ないタイプだ。孤立しようとは思わないが、適度に距離を保って接していけば、人付き合いは何も問題なかった。人と関わる事で面倒事に巻き込まれたくは無かったからだ。

 しかしなんの因果か聖女と関わってしまったから、今俺は旅に出ている。まぁそれを面倒事だと言ってはいけないんだけれど。
 聖女の人生を変えてしまったのは俺自身なのだから。

 ジルを見ると、ナイフで果物の皮を剥こうと一生懸命奮闘していた。けれどやっぱり上手くいかないようで、ボロボロに崩れた果物がテーブル上に散乱してしまっている。

 
「あーあ、勿体ない。いや、それでもまだ食えるな。二人でちゃんと食べような。しかしジルはまだナイフも上手く使えないんだな。そんなに難しいか?」

「ん……難しい……」

「そうか。まぁ、俺が使えるから問題ないけどな」

「ごめん……」

「謝らなくていいさ。得手不得手は誰にでもある。ジルには誰もが簡単に使えない魔法を使う力がある。それは凄い事なんだからな」

「そんな、の……」

「必要なかったと思っているのか?」

「ん……」

「そうか。思うようにはいかないもんだな」

「リーン、も?」

「……そうだな……俺も魔力なんて無ければ良かったのにと思う事があった。でも今は受け入れているよ」

「ん……」

「そんな顔をするな。ジルは笑ってる方が良いんだからな」

「う、ん」


 ジルはそう頷いて微笑む。それを見ると俺は安心できるんだ。

 次はどの街に行こうか。そんな相談とも言えない話をする。聖女の持ち物だった首飾りと腕輪は、それがそこにあるだけで瘴気を祓う事ができる。だから前は瘴気が強かったけれど、今はその状態が落ち着いている場所を探す事にしている。

 聖女の首飾りと腕輪がそこから無くなれば、その場所がまた瘴気に汚染されていくのではないか、と懸念されるが、ひとまず状況を見て判断しようと考えている。

 
「どこ、いく?」

「え? あぁ……以前は瘴気が強かった場所だけど今はそうでもない場所だ。でも、そうなっている所が多いんだよな。これも聖女様々だな」

「せい、じょ……?」

「あぁ。聖女がいるお陰で救われた村や街も多い。王都に今は聖女がいるから、あそこは今一番空気が澄んでいて綺麗なんだ。王都から出るとそれがよく分かる。だけど彼女には申し訳ない事をしたと思っているんだ。彼女は自由が無いからな。それは俺の責任だ」

「な、ぜ……?」

「前に助けたと思った子供達がいたと言ったろ? そこに聖女もいたんだよ。その時はそうと知らなかったんだけどな。魔力がある子だと分かったから貴族として生きていけると思ったんだけど、後に聖女だと分かって塔の中に閉じ込められてしまったんだ。それは俺のせいだ」

「そん、な、こと……」

「いや、そうなんだ。だからせめて聖女の持ち物だった物を探そうと思ってな。母親の形見を持っていたんだ。けれど取り上げられてしまったみたいだから、それを俺は今探しているんだよ」

「形見……」

「あぁ。首飾りと腕輪だった。聖女の身に付けていた物でさえ瘴気を祓うって、凄いと思わないか? けどそれを国王は良いように使おうとしている。今聖女がいるのは我がフェルテナヴァル国だけだから、これを機に優位に立とうとしてるんだ。他の国も瘴気に侵されているそうだからな」

「他の、国、も……?」

「そうだ。言ってなかったかも知れないけど、俺は国内の瘴気の調査も兼ねて旅をしている。どの地域が瘴気が酷いか、聖女の力は何処まで効果があるのか、それを調べるついでに聖女の持ち物と行方不明になった子を探している」


 とは言ったが、瘴気の状態を調査するよりも、本当は聖女の探し物と人探しがメインになってはいるんだけどな。しかしそうでも言わなければこうやって旅をするなんて出来なかった。

 こんな事は普通騎士ではなく兵士がする事だ。しかも一人で調査なんて、貴族ならばあり得ない事だ。だけど俺は元平民だ。養子になったとは言え、レーディン侯爵家では後継者だと思われている訳ではない。跡継ぎはちゃんといるからな。

 一応養子になったから、どこに出しても恥ずかしくないような教育はされている。けれどそれだけだ。言うなれば、侯爵家に迷惑さえかけなければ、俺はある程度自由だ。必要な時に体よく動けば問題ない。最も必要な事は、レーディン侯爵家に魔力を持つ子孫を残すことなのだが。今の俺はそんな立ち位置だ。

 それにしても、ジルと旅をするようになってから魔物と出くわす事が少なくなった。たまに出くわす魔物は高位の魔物だったが、俺とジルの二人であれば難なく倒すことが出来た。

 高位の魔物がいた、と言うことは、弱い魔物は既に餌食となりいなくなってしまっていた、とも考えられるが、弱いが故にここにいる事が出来なかった……とか……どうなのか……
 考えても分からないが、ひとまず気に留めて地図に記しておくことにしよう。

 今日も街にたどり着く前に陽が暮れてきたので野宿をする事にした。

 ジルは何時ものように落ちている枝を風魔法で手繰り寄せ、土魔法で釜戸を作って火魔法で火を起こす。
 火が上がると、白銀の髪は炎に照らされて色を変える。それがなんだか凄く綺麗に見えた。

 出会いから3ヶ月で髪も伸びたんだな。


「リーン?」

「あ、いや、その……髪 伸びてきたなと思ってな」

「髪……」

「あぁ。短いのも良いけど不揃いだったしな。今度切り揃えてやろうか?」

「それは……いい」

「そうか。まぁ長くてもジルには似合うと思……ジル?!」

「え?」


 俺の方を向いていたから炎から目を離してしまったのだろう。ジルの袖口に炎が飛び移って、それは腕をチリチリと焼いていた。
 しかしそんなことになっているのに、ジルは何も気にしていない様子だった。

 俺は慌てて水魔法で、勢いよく腕を包み込もうとしている炎を鎮火させた。


「大丈夫か?!」

「あ、うん……」

「熱かっただろう?!」

「えっと……」

「熱くなかったのか?」

「…………」

「ジル……もしかして……」

「え?」

「痛覚がないのか?」

「つうかく……?」

「痛みとか熱さを感じるとか、そういう事がないのか?」

「それは……」

「だから力の加減が分からなくて上手く道具を使いこなせないのか……?」

「リーン……」

「痛みは感じなくても怪我はする。気を付けないといけないぞ?」

「ん……」

「手当てをしよう」

「大丈夫」


 ジルがそう言うと、火傷した筈の腕は淡い緑の光が発光した。暫くそれは続いて、その光が消えると焼けた袖口にも腕も、全て元通りになっていた。
 流石にそれにはかなり驚いてしまった。


「ジルは……そんな事も出来るのか……」

「ん……」

「凄いな……」


 こんな事が出来るとは思いもしなかった。まるでお伽噺に出てくる魔女のようで、現実と認識するのに時間がかかった程だ。

 元通りになった手にそっと触れてみる。それにはジルは、ビクッと体を強張らせたが抵抗はしなかった。


「冷たい手をしてるんだな。綺麗に治っている。良かった……」

「リーン……」

「この力を俺以外の人の前では使わない方が良い。何故か分かるか?」

「ん」

「よし。良い子だ」


 そう言って頭を撫でると、ジルはまた嬉しそうに笑った。

 この力の事が分かると、ジルは必ず聖女の様に捕らえられ監禁されてしまう。それは何とか避けなければ。

 俺はもう絶対に間違ってはいけないのだ。 

 

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...