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別離
しおりを挟む何がどうなっているのか、よく分からなかった。
指輪を探していたらアスターが来てそれから……
この唇を私は知っている。
温かくて柔らかくて、私の全てを包み込むような強引で優しいキスを私は知っている。
これは……エリアスだ……
エリアスの優しい唇が私を温めてくれる……
アスターはエリアスだった? なぜ? じゃあなぜエリアスの声が聞こえなかったの? エリアスは喋れない人じゃない。なのに私にはエリアスの声は聞こえなかった。
それはなぜ?
エリアスの声を聞こうと私がしなかったから? それとも聞きたくない言葉だったから?
アスターの優しい空気はエリアスのものだった。私が心地よく感じていた空間はエリアスのものだった。そう感じるのは当然だ。私が求めていたものだったんだから。
でもなぜ私はエリアスと一緒にいるの?
あの時……
私がディルクに攻撃をされた後……
私を助けてくれたのはエリアスって事? ディルクは空間移動で私の元までやって来れる。だからディルクと一緒にエリアスも私がいる場所までやって来たって言う事?
ディルクに私が攻撃されたのを見て、エリアスは私に同情したの? 何処にも帰るあての無くなってしまった私を放っておく事ができなくなったの? 本当は想う人の元へ行きたいのを我慢して、私の面倒を見てくれていたって事なの?
考えられる。エリアスは優しい人だ。傷ついた人を放っておくなんて事がきっとできなかったんだ。
そんなエリアスに甘えて、知らなかったとは言えエリアス自身にエリアスとの思い出を話していたなんて……
だからこんな事をするの? 私に同情してこんな事をするの? 私を憐れんでこんな事をしたの?
ダメだ……もうここにはいられない……
エリアスの幸せを願えなかった私が、エリアスに救われるなんてそんな事は許されない。許されて良いはずがない。
ずっと私に話し掛けていた? けどその言葉は何も聞こえなかった。それは私にとって聞きたくない言葉だったから?
いやだ……怖い……
エリアスの声を聞くのが怖い……
エリアスと認識したら、エリアスの声が聞こえてしまうかも知れない。それが凄く怖い……
怖くて怖くて、私はまた暗闇の中に踞るようにして一人でいる。
何を信じたら良いの? 何を見たら良いの?
何を聞いたら良いの? どうしたら良いの? どうすれば良かったの?
怖くて耳を手で塞いで、一人何にも邪魔されないようにして自分のすべき事を考える。
私は禍の子で……エリアスが人々を救う為に作った英雄のゴーレムを倒してきて……
そうだね……英雄の魂を解放する為に倒した事は全くもって無意味な事だった。その為に人々の生活は危険に晒されてしまった。それを償わなくちゃ。
そうだ。償わなくちゃいけない。
意識が戻ると、私はエリアスと一緒にベッドにいた。エリアスは私を暖めるようにして抱き寄せていた。
本当に優しい人だ。こんな私なんて放っておけば良かったのに。もっと大切にしたい人がいるくせに。それでも昔から知っていた私の事は放っておけなかったんだね……
エリアスの腕の中は暖かくて安心できて、私はいつもこの胸に顔を埋めて眠っていた事を思い出す。それはとても幸せな頃の記憶……
でも、今はそれが辛くて胸が痛む。
私の上に置かれた腕をそっと避けて、寒くならないように肩までちゃんと布団を掛けておく。
それからゆっくりベッドから抜け出して防音の魔法を放つ。ずっとちゃんと眠れてなかっただろうから、エリアスにはゆっくり眠って貰いたい。
テーブルまで手探りで歩いて行って、エリアスの魂が付与された魔石をテーブルの上に置いていく。2つはディルクから預かった物。もう1つは魂が無くなった魔石。
あぁ、そうか。だから魂は無くなったのか。あるべき場所へ、エリアスの元へと帰ったんだね……
3つの魔石と、エリアスが置いていった白金貨の入った袋をその横に置く。
これでエリアスとの繋がりは何も無くなってしまう。もう指輪も無くしてしまった。これは私への戒めなのかも知れない。人々を危険に晒した私への……
そうか……ここはベリナリス国の、あのニレの木があった場所だったのか……
だから私は普通でいられたのかも知れない。ここじゃなかったら、私は体の痛みで動けなかったはずだっただろうから。
エリアスの傍を離れるのは心苦しい。本当は離れたくない。すぐにまたエリアスのその胸に飛び込んで顔を埋めたい。
だけどダメだ。エリアスにも幸せになる権利がある。それを私が邪魔しちゃいけない。これ以上その優しさに甘えていてはいけない。
きっとエリアスが来るのを待っている人がいる。私のせいで、幸せになれる筈の二人の邪魔をしてはいけない。
「エリアス……さようなら……今までありがとう……」
振り返らずにエリアスを背にしたままそう呟いて、私は空間移動でその場を離れ、ニレの木の元へとやって来た。
大きなニレの木の魔力はとても気持ちが良くって、体と心を癒してくれるような気がする。どうしてこの場所だと気づかなかったんだろう? それほど現実を受け入れられなかった、という事だったのか……
「ねぇ、少しだけで良いから、枝を貰っても良いかな?」
ニレの木に語りかけるように言ってから、風魔法で枝を落とす。見えなかったから、枝は三本も落ちてきた。申し訳なく思ったけど、その三本の枝はあまり大きくなかったので空間収納に入れておく事にする。枝であっても、その魔力は多くあって、それだけで魔力回復できてしまうのだ。
だけど、枝を貰ったのはそれが目当てじゃない。
少しでもエリアスを感じられる物が欲しかったからだ。
まだ諦められないなんて、往生際が悪いにも程がある。なんて女々しいんだろうか。そうは分かっていても、心が落ち着くまでの間に何かに頼りたくなってしまうだろうから、ニレの木を貰っていく事にした。
ここでよく二人で空を見ながら話したね。魔物を討伐して、魔力が枯渇しそうな時は二人でここまで来て休んだね。
それは遠い昔の事。
そんな思い出にすがっていたのは私だけだった。エリアスはちゃんと前を向いて歩き出していたと言うのに。
ごめんね、こんな私で。もう私の事は気にしないでね。エリアスは愛する人と共に幸せになってね。今度こそ祝福できるようになってみせるから。まだ少し時間はかかるだろうけど、必ずエリアスの幸せだけを願えるようにするからね。
さようなら エリアス
さようなら 私の愛しい人
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