慟哭の先に

レクフル

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アスター

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 アシュリーの提案で、俺は街へと買い物へ行く事になった。

 ついでにゴーレムの魔力供給もしたいから、一番魔力が枯渇してそうな街へ行く。

 ここはゲルヴァイン王国の西側にある、あまり大きくない街。ここにもゴーレムは15体程置いている。そのうち魔石を埋め込んでるのは3体のみだ。

 ここに来る時は、俺はいつもアスターとしてやって来ている。その時の容貌は、髪が赤茶で瞳は緑で、年齢は30代後半位に設定している。

 街の外れの住宅街へと行くと、俺を見つけたコウキって言う女の子が走ってやって来た。


「アスター! やっと来てくれたー!」

「あぁ、すまなかったな、コウキ。遅くなった」

「アスター? 貴方はアスターって言うんだな」

「ハハハ、そうだな」

「このお兄ちゃん、誰? お目々が見えないの?」

「少し怪我をしていてな。優しくしてやってくれな?」

「うん! あ、えっとね、ナーシャのお父さんがね、病気みたいなの! アスター、様子見てあげて!」

「あぁ、分かった」


 コウキに言われて、ナーシャの家に向かう。俺はアシュリーの手首をそっと掴んで、あまり早く歩かないように進んでいく。アシュリーは辺りをキョロキョロ確認するようにして俺についてきてくれている。

 ナーシャの家に着くと、母親もナーシャも暗い顔をしていた。けど、俺を見て助けが来たと思ったか、途端に嬉しそうな顔をする。


「アスター、良かった! うちの人がね、ずっと眠ったままなの! たまに目を覚ますんだけどすぐにまた眠ってしまって……様子を見てくれないかしら?!」

「あぁ、分かった。あ、この子は助手みたいなもんだから」

「え? あ、そうなのね」


 寝室へと案内されると、父親代わりのゴーレムはグッタリしていた。いきなり魔力が切れる訳じゃねぇ。少しずつ体力が無くなっていくようにして動かなくなっていくんだ。いきなり魔力切れでバタバタと倒れ出したら、それこそ大問題になりかねねぇからな。
 水を用意して貰う間に魔力を補充すると、父親のゴーレムはバッチリと目を覚ました。
 水を持って来た母親はその様子に驚く。

 
「あなた……!」

「あぁ、母さん、おはよう」

「おはようじゃないわよ……! あ、あの、アスター? もうこの人は良くなったの?」

「あぁ、最近流行ってる病があってな。特効薬があったから飲ませたらあっという間だったよ」

「良かった……! ありがとう、アスター!」


 良かった。間に合った。何度も礼を言われてその場を後にする。一軒一軒回るのも大変だから、魔力をこの街全体に行き届かせるようにして放つ。

 それから他の所にも様子を見に行く。ここは小さな街だけど物は入ってくるから、俺はここでもよく買い物をして他へと回したりしている。この街一番のやり手の商会長とは勿論顔見知りだ。

 ここではアスターとして住人や商売人等から幅広く認識されていて、街を歩いているだけで誰かしらに声を掛けられる。俺もそれには軽く答えていく。
 
 アシュリーはその様子を近くで聞いていて、何やら不思議そうな感じでいる。


「アスター……」

「ん? どうした? アシュリー?」

「その……皆、アスターとちゃんと会話してるみたいなんだけど……」

「え? あぁ……そうだな。ちゃんと会話してるからな……」

「あ、もしかして筆談とか……手話? とか?」

「違うんだけどな……」


 違うけど、俺はアシュリーの肩をポンと一回軽く叩く。


「そうか。私は目が見えないからそれが出来ないんだね」

「そんな事は気にしないでくれよな?」


 そう言って俺はアシュリーの頭を優しく撫でる。それからそっと手を繋いでみた。アシュリーは初めはビクッとしたけど、手を払う事はせずに、そのままでいてくれた。

 そうやって歩いて、肉や調味料なんかを買っていく。ふと見るとアシュリーが疲れてそうだったから、無理をしないで帰る事にした。

 ニレの木の元へ戻って来ると、アシュリーは周りを見えもしないのにキョロキョロしだす。大きく息を吸って、ここがさっきの場所と違うことを確認したみたいだ。


「転送陣で行き来できる場所にここはあったんだな」

「空間移動だけどな」

「貴方は……アスターは行商人なのかな?」

「まぁそうだな。アスターとしての仕事はそうだ」
 肩をポンと叩く。

「さっき、大きな魔力を放っていたように感じた。それは何故だろう?」

「え……すげぇ、分かったのか?」

「あ、そうか、答えられないね。きっと貴方の魔力は多いんだろうな……あ、えっと、私がいてたから、アスターはきっと仕事ができなかったんだね?」

「そんなんじゃ……」

「私の事は気にしなくて良かったのに。もうかなり良くなったから、そろそろ出て行こうと思うんだ。世話になったね」

「えっ?! ダメだって! まだ目も見えてねぇのにどっか行くとかダメだって!」


 焦って思わず手首を掴んでしまう。


「そんなに心配しなくて大丈夫だ。これまでもずっと一人で旅をしてきたんだ。元に戻るだけなんだ」

「嫌だ! アシュリー! そんなのダメだからな!」

「アスターの邪魔はしたくないんだ。これ以上迷惑はかけたくない」

「迷惑なんかじゃねぇよ!」


 思い余ってアシュリーを抱きしめてしまう。嫌だ! 絶対に嫌だ! 俺から離れるなんて、そんなの絶対ダメなんだからな!


「貴方は……」

「嫌だ……アシュリーがいなくなるとか、もう絶対嫌なんだよ……頼むからそんな事言わないでくれよ……」


 アシュリーは俺を突き離そうとするけれど、アシュリーの言うことに耐えられなくて、離さないようについ力を込めて抱きしめてしまう。

 離せる訳ねぇ……! 絶対に離さねぇ!

 
「苦しい……苦しいよ、エリアス!」

「えっ?! 俺の事、エリアスって分かったのか?!」

「分かってるよ! リュカだもん!」

「リュカ?! なんだ?! なんでだ?!」

「なんでって言われても……それより、そんなにギュッてしたら骨が折れちゃうよ!」

「あ、ごめん……けど、なんでだ? 今の今までアシュリーだったのに……」

「分かんない。私も出たいときに出てきてるとか、そんなんじゃないから」

「そうなのか? じゃあどうやって……」

「んー……目が覚めたらって感じかな? それまでは眠ってるみたいな?」

「そうなんだな……」

「前までね? その、私が出てこれるようになる前なんだけど、その時はアシュリーの身に起こった事は分かってたの。なんか、映像を見ているような感じで。アシュリーの気持ちも分かったし……」

「そうだったのか?!」

「うん。でも今は違うの。アシュリーが出てきてる時は私が眠ってるような感じだから、何があったのかは分かんないの」

「じゃあ、実際に眠ってる時ってどうなんだ?」

「えっとね、どこか分からない空間にいるみたいな感じでいてね? そこにはアシュリーがいるんだけど、暗闇の中で膝を抱えて座っているの。凄く寂しそうにしてるから、私はアシュリーに話し掛けに行ってるの。でもね、聞こえてないのか見えてないのか、私の存在が分かってないみたいなの」

「そうなのか……」

「近くにね、ディルクもいるんだよ?」

「え?! ディルクがいんのか?!」

「うん。いつもアシュリーに優しく話しかけてる。でもね、ディルクの声も聞こえてないみたいなの。ディルクはずっとアシュリーの傍にいて心配してるんだよ」

「そうか……ディルクが……」

「時々ね、私にはエリアスの声が聞こえるの。エリアスの優しい声」

「俺の声がか?」

「うん。それを聞くとね、私も嬉しくなるの。心が暖かくなるの。アシュリーには聞こえてるのかな? でも、聞こえてなかったら、アシュリーが心を開いて出て来る事は無かったかも知れないよね? でも何を言ってたのかは覚えてないの……」

「そうか……聞こえてたのか……」

「眠ってる時に何か話しかけてたの?」

「あぁ……まぁ、な……」

「じゃあ、もっと言ってあげて? アシュリーの心を暖かくしてあげて?」

「分かった。ありがとな、リュカ」

「なんか疲れちゃった。寝て良い?」

「あぁ、もちろんだ」

「あ、じゃあね、抱っこしてベッドまで連れてって!」

「良いぞ。お姫様抱っこか?」

「そうじゃなくて……その、子供の時にして貰ったみたいにして欲しい……」

「ハハハ、そうか、分かった」


 アシュリーの膝の辺りを抱え上げて腕に乗せるようにすると、アシュリーは嬉しそうに俺の首に抱きついた。
 そうやってアシュリーをベッドまで連れていき寝かせる。
 しかし……

 アシュリーの傍にはディルクがいる、か……

 今も一番近くにいて、アシュリーを守ってくれてんだな。やっぱディルクには勝てねぇよな。

 でも……アシュリーが出て行こうとしている事には変わりない。なんとか止めねぇとな。絶対止めねぇとな。

 
 
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