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たった一つの願い
しおりを挟むアシュリーの体の具合は日に日に酷くなっているようだ。
アシュリーは俺に心配させないように、いつ何を聞いても「大丈夫!」って笑うけれど、アシュリーを抱きしめる度にその魔力が不安定になってきているのを感じる。
リュカの記憶が甦ってくる事が多くなっているようで、その度にアシュリーは体の痛みに耐えている。けれどその時はリュカの記憶に心が癒されるんだと、そう嬉しそうに言っていた。
アシュリーの心には、常にエリアスの存在がある。エリアスと交わした、たった一つの約束を守る為だけに、アシュリーは全てを捧げている。
そんなアシュリーの力になる。また二人となって生まれた俺に役割があるのだとしたら、そういう事なのだ。
だからなるべくアシュリーの傍にいたい。だが日に日に俺の仕事は多くなってきている。まぁ、いざとなったら仕事等いつでも捨ててやるがな。
今はロヴァダ国で国を立て直す作業に専念しているが、全てがまともに機能していなかったからやる事がとにかく多い。早くにここでの仕事を終わらせて一刻も早くアシュリーの元へ帰ろうとするのに、それがなかなか出来ない。自分のこの状況に苛立ちを覚えてしまう。
そんな中、ここは宝石が採掘できる場所が多くあると知って、宝石商を呼び出した。アシュリーに少しでも体の痛みを取り除いてやりたくて、その効能のある石を持ってきて貰ったのだ。
「ルディウス様、この石をオススメ致します。透明でとても強度のある石です。輝きも美しく、体の痛みを鎮静させる作用もある石でございます。少しお値段は張りますが……」
「それは構わない。ではその石で指輪を作って貰えるか。なるべく早くだ。金に糸目はつけん」
「は、はい! ありがとうございます!」
それから二日後、宝石商の男は出来上がった指輪を持ってきた。それは美しく加工されて、アシュリーにとても似合うと思われた。
そして、その宝石商の男が来る迄の間、俺はベリナリス国にあるというニレの木の場所を探し求める事を従者に指示をした。完全に私用だ。だが俺にとっては何よりも必要な事だったのだ。
ベリナリス国の諜報員にも知らないかを確認し、その事を一番に調べるよう通達をする。
ヴァルツはほぼ間違いなくエリアスだろう。アシュリーがそう言うのだから間違いない。こう言う時の直感は鋭いからな。
だが、こんな時に限ってヴァルツは現れない。ヴァルツの元まで空間移動で行こうとするも、アイツは仮面を着けているから素顔が分からないのだ。だから行く事は出来なかった。全く歯痒くて仕方がない。
そうやってベリナリス国にあるとアシュリーが言ったニレの木の場所を、何とか探し出す事が出来たのだ。諜報員から連絡が入り、すぐに俺はその場所まで空間移動で行った。
因みに諜報員は、様々な国の情報を調べ、それをすぐに報告出来るように、各国にある転送陣を無償と無許可で使うことを許されている。だから諜報員になるのはかなり狭き門となる。信用に足る者で、秘密裏に動くことの出来る者、戦闘能力の高い者等の条件が多いが、その分給金は破格だ。
ニレの木の丘。そこは不思議な場所だった。
小高い丘の上にひときわ大きなニレの木があり、そこからなのかとても多くの魔力が溢れていたのだ。そこに近づくに連れその魔力は更に多くなり、俺の体の中に侵食してくる。それが何とも心地いい。
そうか。ここにエリアスとリュカは住んでいたのだな。
辺りを見渡しても人の姿はない。だが、何かが作用しているのか、そこに何かがあるように感じるのだが、それを確認する事は出来なかった。
踵を返し、すぐにアシュリーの元へ帰る。
アシュリーはベッドにいて、まだ起きれない状態が続いていた。
俺が現れると、何とか起き上がろうとして、けれどそれも上手く出来なくて、息を切らしながらも痛みに抗おうとしていた。
すぐに手を貸して起き上がらせ、隣に座って抱き寄せる。アシュリーは安心したように笑ってくれる。笑う元気等ないくせに、すぐにそうやっていつも無理をする。
「ディルク、何か分かった?」
「あぁ。ニレの木がある場所を見つけた」
「ほ、本当に?! エリアスはいたの?!」
「いや、姿は見えなかった。しかし、あの場所は特殊だな。魔力がとにかく凄かった」
「そう……! そうなんだ! あの場所は魔力が溢れだしてて、私の体に馴染むように入り込んできて、凄く心地良かったんだ。こうやってディルクに聞いて思い出すなんて……」
「もう少し体力がついてから行こうか。今は無理だな」
「え? 嫌だ! すぐに行きたい! 今すぐにでも行きたい!」
「その体では無理だ。起き上がる事一つ自分では出来ないじゃないか」
「でも……!」
「アシュリー、これを受け取ってくれるか」
「え?」
空間収納から取り出した指輪の箱を開け、指輪を手にしてアシュリーの左手の薬指に嵌める。それはアシュリーの指で美しく輝いた。
「ディルク……これ……」
「痛みを軽減してくれる作用のある石だ。どうだ? 体は変わらないか?」
「ううん、この指輪、凄い……! 今まであった痛みが軽くなってる! 凄い凄い!」
「そうか。良かった」
「でも……この指は……」
「そうだな。左手薬指は心臓に一番近いと言われている。だからここだと指輪の効果も大きいと思ってな。結婚指輪をする場所だから気が引けるか?」
「それは……」
「俺はエリアスにアシュリーを託すと決めた。だが俺の想いは変わらない。この想いだけは受け取ってくれないか?」
「ディルク……」
「俺の最後の願いだ。聞き入れて欲しい」
「え……それは……ディルク?」
「大袈裟か? ハハハ、気にするな」
「またそんな冗談言って……うん、分かった……」
「ありがとう。アシュリー……愛してる」
「うん……ディルク、私もだよ。愛してる……」
優しくアシュリーを抱きしめる。痛みを軽減できたとしても、アシュリーの体力が戻った訳ではない。なるべく早くにエリアスに合わせてやる方が良いのだろう。そうすればリュカの魂は落ち着きを取り戻すかも知れない。
そう分かってはいるが、エリアスと会わしたくないと、心のどこかで思ってしまう自分がいるのも確かだ。
このまま二人で朽ちるまで共にありたいと願う気持ちを、ずっと俺はどうにか抑え続けている。それはアシュリーの気持ちを尊重したいからだ。
俺にはこうする事しかできない。それが俺の愛し方なのだ。
その日の夜、アシュリーにどうしてもと言われて、ベリナリス国のニレの木がある場所まで連れていく事にした。
指輪を着けたことで、何とか歩ける程度までになったアシュリーに、
「これ以上遅くなったら動けなくなるかも知れないから」
と説得されて、仕方なく同意したのだ。
複雑な気持ちのまま、ベリナリス国のニレの木のある丘へと、アシュリーと空間移動で飛んでいく。
辺りを見渡して、アシュリーは何かを思い出したように優しい顔つきになる。けれどすぐに不安そうにして俺の肘辺りの服を掴む。
「どうした? 緊張しているのか?」
「あ、うん……それはやっぱり……」
「いつでも引き返せるぞ?」
「ううん! それは……!」
「ハハハ、冗談だ。大丈夫だ。エリアスはアシュリーを待っていた筈だ。そんなに不安そうな顔をしなくて良い。大丈夫だから」
「だと良いんだけど……」
「俺はここで待っている。安心して欲しい」
「うん……!」
「一人で行けるか?」
「うん、大丈夫!」
アシュリーはニッコリ微笑んで、ゆっくりニレの木の元へと歩いて行った。その笑顔は、もう俺へと向けられる事は無いのかも知れない。アシュリーの全てがエリアスのものになってしまうのかと思うだけで、胸が締め付けられそうに苦しくなる。
少しずつ遠くなるアシュリーの後ろ姿を見送りながら、俺の心に虚しさだけが絶え間なく襲ってくる。仕方がない。これはアシュリーのためなんだ。アシュリーが幸せそうに笑っていてくれるのなら、俺はそれで良いと心に決めた筈だ。
遠くなっていく愛する人の後ろ姿をすぐにでも引き止めたくなる想いを押し殺して、その場から一歩も動かずにただ一人見守り続ける。
その時、ニレの木の近くで空間が歪みだした。
それを見て、アシュリーも足を止める。
その歪みから、黒髪で黒い瞳の男が現れた。その顔を見てようやく思い出す。
そうだ……
あれはエリアスだ……
あれがエリアスだ……
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