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笑うしか
しおりを挟む夢を見ていた。
エリアスと一緒に旅をしていた頃の夢。
魔物を一緒に倒して解体したりして、足に風を纏わせて競争するように一緒に走ったりもした。街では露店で買い食いして観劇も一緒に観に行ったし、スラムに行って炊き出しをしたな。
エリアスは私にいつも優しくて、野宿の時は私が作った食事をいつも美味しいって言って残さずに全部食べてくれたし、一緒に寄り添うようにして火を見ながら話をいっぱいした。私を見ていつも微笑んでいたエリアスの傍は、どんな時も優しさと愛しさに溢れていた。
そんな思い出のような夢……
暖かくて心地良い感触に身を委ねて、エリアスが私を求めてくれているのが嬉しくて、優しく私に触れる手を受け入れて、私も思わず抱きしめる……
唇が柔らかくて温かい……
「ん……エリ、アス……?」
「アシュリー……?」
「え……あ、れ……? ディルク?!」
「あぁ、そうだ。俺はエリアスじゃないぞ?」
「あ、その、ごめん! 夢を見ていて……って、ディルクっ! あの、手……!」
「あ、つい」
「いやだから、ついって……!」
「触り心地が良かったのでな」
「む、胸なんか触っちゃダメだからっ! その、キス、とかも、ダメなんだから!」
「ハハハ、そんなに怒るな。おはよう、アシュリー」
「もう……! おはよう、ディルク」
ディルクと私は抱き合うようにして眠っていたみたいで、それに気づいてすぐに離れようとするけれど、ディルクは私を離してくれない。
私の頬を優しく触れながら、切なそうな顔で私を見る。なんでそんな泣き出しそうな顔をするの……?
「ディルク……? 泣かないで?」
「エリアスじゃあるまいし。泣いて等いないぞ?」
「うん、そうなんだけどね……」
「俺の心配など必要ない」
「そんな事は……」
「ハハハ、心配性なのだな。さ、起きるか」
「あ、うん……」
ゆっくり起き上がろうとしたらディルクが私の背中を支えてくれた。そうやって二人で起き上がったけど、寝る前に持っていたエリアスの魂が付与された魔石が手元に無いのに気づく。
慌てて辺りを見渡して探す。するとそれはサイドテーブルにちゃんと置かれてあった。思わず手にとって、また両手で包み込むようにして胸に抱く。良かった……
その時、扉がノックされてメアリーが入ってきた。
「おはようございます!朝食の用意が出来ていますので、お着替えが終わったらお越し下さいませ!」
いつもメアリーは元気だ。その元気な様子にいつも救われている。
着替えを済ませて居間に用意された朝食を摂る。芋のポタージュスープとオムレツに茸とハムを炒めた物、それにサラダに色とりどりのフルーツ、スコーンと、パンも数種類あるし、バターやジャムも数種類ある。ジュースもいくつも用意してくれていて、食後にハーブティーを入れてくれる。
本当に至れり尽くせりだ。こんなに贅沢をさせて貰ってもいいのかな……
そうやって食事をディルクと二人で摂っていると、勢い良く扉を開けてウルが入ってきた。
「姉ちゃ! ディルク! おはよう!」
「あ、ウル、おはよう」
「今日も朝から元気だな」
「ホンマ、元気出さなやっられへん事もあるからな。で、先謝っとくわ。ディルク、ごめん!」
「ん? なんだ? 何がだ?」
「昨日会議でな、決まった事があってん。それどうしても止めたくて、あたしなりに頑張ったんやけどな……」
「何が決まったんだ?」
「またちゃんと辞令が出ると思うけど……ディルク、ロヴァダ国への出向が決まってもうてん!」
「え?!」
「ロヴァダ国に? 何があってそうなった?」
「なんかな、なんでか知らんけどロヴァダ国の内政を取り仕切る事が出来るようになってんて! ディルクはロヴァダ国の事って分かってる?」
「オルギアン帝国とは友好を築けていない国だからな。閉鎖的で好戦的なイメージがあるな。それを上手くシアレパス国が宥めている、と言った感じか……」
「そうやな。あたしもそんな感じしか分からへん。今の国王がバルタザールって奴らしいねんけど、ソイツを懐柔できたらしいねん。どうやったかは分からへんけどな」
「そうなのか……で、俺がその国の政治を立て直すと言うことか?」
「そうなってもうてんー! ごめん、止められへんくて!」
「いや……それは仕方のない事だ」
「勿論、他にも何人か行くで? けど、そのリーダー的な存在がディルクやねん。他に適任がいないか考えてんけど、思い付かんかった!」
「そうか。しかし……ではどうするか……」
「あの、ディルク、私の事は気にしなくて良いよ? 仕事だから仕方ないって分かってるから」
「毎日帰ってくるのは可能だ。気になればすぐに帰ってこれる。紫の石があるからな。だが……」
「じゃあ問題ないじゃないか。会えなくなる訳じゃないんだし」
「アシュリーは放っておくとすぐに何処かへ行こうとするからな」
「そうや、姉ちゃ! 昨日勝手に出て行ったんやって?!」
「そ、それは、その、するべき事がある、から……」
「まだちゃんと治ってないんやしさ、一人で勝手にはアカンで?!」
「そんな私を病人みたいに……」
「病人みたいなもんやん!」
「でも、大丈夫なんだ! もう平気だし!」
「アシュリーのそう言うところだ。俺が気にするのは。心配なんだ……」
「だって……」
こんなに良くして貰って、でも私は何も出来ないなんて、そんなのはダメだって思う。まだエリアスの作り出した英雄を倒さなくちゃいけないし、白の石も探さないといけないし……
気持ちばかり焦って、でも上手く体を動かせなくて、それが凄く歯痒く感じてしまう。
「姉ちゃ、どっか行きたい所があったらあたしに言うて? 一緒に行ったらええやん?」
「うん……ありがとう、ウル」
「ディルク、大丈夫やで! 姉ちゃの面倒は私が見るから! 止められへんかった私にも責任あるからな」
「そうだな。では頼めるか?」
「当然や!」
二人の間でそう決まったようだった。けど、本当に私はお荷物でしかないんだな。情けなくてどうしようもなくなってくる……
食事が終わってディルクは仕事へと向かった。ウルと入れてもらったお茶を飲みながら、話をしてると、不意に何故か母の事を聞いてくる。
「なぁ、姉ちゃ。その、姉ちゃのお母さんって、どんな人やったん?」
「え? なんで?」
「あ、ううん、ちょっと気になってな。二人で旅してたんやろ?」
「うん。優しい人だったよ」
「そうなんや……」
「うん。えっとね、私が野宿で食事を作った時、美味しいって食べてくれた事があったよ」
「まぁ、姉ちゃの作る料理は何でも美味しいからな!」
「ありがとう。あ、私の今の名前はお母さんが付けてくれたんだ。だから私をずっとアリアって呼んでたよ」
「姉ちゃ、アリアって言う名前やったん?」
「うん、ちゃんと名乗れてなかったね。ごめん」
「あ、ううん、ええねん、そんなんは! で、二人で仲良く旅してたん?」
「あ、うん……そうだね……」
母は優しかった。優しい人だった。今でも母の笑顔を思い出せる。私が「抱っこして!」って言った時に、嬉しそうに抱き上げてくれた幼い頃の思い出。私が初めて作ったスープを、微笑みながら美味しいと言って食べてくれたのは……私の異脳の力を知る前だった、な……
「姉ちゃ?」
「え? あ、うん、そうだよ、仲良く旅をしていたよ。母は箱入り娘だったみたいでね、旅に全然慣れてなくて。だから私が率先してやっちゃってね。でも、母も頑張ってくれてたんだ」
「そうなんや」
「母もね、魔法には長けてたんだ。でも、使い方は慣れてなかったから、よく失敗してたよ」
「ふふ、そうなん? 姉ちゃが魔法を教えたりもしたん?」
「それは……うん、娘に教わるのは嫌だったと思うから、それはしなかったよ。よく間違って魔法を放ってしまってたけどね」
「おっちょこちょいな人やったんやなぁ!」
「うん。父の事を本当に愛していてね。会えるのをずっと夢見てて……ディルクにも会いたがって、時折泣いてたんだ……」
「そうか……結局会えなかったもんなぁ?」
「会いたくて、でも会えなくて……母はきっと凄く寂しかったと思う」
「でも姉ちゃがいたから良かったやん。一人じゃなかったんやし」
「そう、かな……」
会いたくても会えないっていうのは、本当に辛い事だって分かる。私は母にそんな思いをずっとさせてしまっていたんだ。
だから仕方がなかったと思う。母の私に対する行動は、仕方のなかった事だったんだ。だって母の全てを取り上げたのは私なんだから。
ウルが私を見て微笑む。
それを見て、私もウルに微笑んだ。
そうだ。今私が出来るのは、こうやって笑う事だけなんだ。
私にはそれしか出来ない……
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