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募る想い
しおりを挟む『聖女』を倒した。
孤児院に赴き、聖女を呼び出した。聖女はシスターとして孤児院で働いていて、名をシェリーヌと言った。怪我人がいるので来てほしいと言うと、すぐに同意して俺についてきてくれた。
こんなにすぐに人を信じていいのか? と思う程、このゴーレムは人を疑う事を知らないのだな。こんなだとすぐに騙されて手込めにされるぞ? と注意したくなる程だ。まぁ、今から聖女を倒そうとする俺が言うのもなんだけどな。
しかし、本当にアシュリーに似ている。アシュリーの妹だと言っても誰も疑わないだろう。瓜二つとまではいかないが、雰囲気がアシュリーと全く同じで、笑った感じや困った表情もアシュリーとそっくりだ。
エリアスの想いが表れている感じがする。どこまでもアシュリーを想っているというのが、このゴーレムを見て分かる程だ。
イルナミの街の南門を出て、暫く進んでいく。足早に歩く俺の後を、一生懸命駆け足でついてくる姿は健気で可愛らしいと思ってしまう。これがゴーレムとはな……アイツの魔術の高さを思い知らされる。
俺がこの世を去ってからの400年間、エリアスは自身が強くなろうとしてそうなった訳ではなく、必然的にそうなっていった。それは娘のリュカを助ける為だった。
それが今となっては何の意味無くなり、人々を救う為に尽力したリュカの意思を継ぐように、エリアスはこの世界を守っている。そうしなければ生きていくのが難しかったのかも知れない。
いや、エリアスは不老不死だから死にはしない。けれど生きる意味を持たなければ、人は立っていられない。自分を律する事が出来ないのだ。
エリアスの場合はこの世界の平和を守る事が、自分の生きる意味だったのだろう。
安心しろエリアス。お前に生きる意味を与えてやる。心から求める存在を、求めて止まなかった幸せを、長くこの世界を守ってきたお前に与えてやる。
だからこのゴーレムを倒す事を許して欲しい。これだけ走っても息を切らす事もなく、俺についてくる健気なゴーレムを無にする事を許してくれないだろうか。
森の中の少し拓けた場所で立ち止まる。シェリーヌと呼ばれたゴーレムは辺りをキョロキョロ見渡して、怪我人が何処か探しているようだ。本当にお人好しだな。しかし、そんな所がアイツに似ている。エリアスも本当にお人好しな奴だった。
「あ、の……お怪我をされた方は……?」
「すまない……」
言うなり俺は剣を抜いて斬りかかった。驚いた顔をしてシェリーヌは飛び退いてそれを躱わした。流石だ。攻撃された時の事も想定していたか。
休む暇なく、俺は再度斬りかかっていく。シェリーヌは躱わしながら、風魔法を放ってきた。その風魔法は自在に風を操るようにして、俺に風の刃を追撃してくる。執拗に刃が俺の体を切り刻んでいくが、致命傷とはならない。
全く……シェリーヌも人を殺せない、か……
つくづく甘い男だな。
しかし、風魔法は流石と言わざるを得ない。エリアスは風魔法が上手かった。が、本当に得意とするのは火魔法だ。だが、ここで火を放つと、森が火事になってしまう。だから風で攻撃しているんだろうが……一撃で倒せる雷魔法や闇魔法は使えないか……?
まぁ、一番は回復魔法に特化させているから、あまり多く魔法は使えないのかも知れないな。
が、それでもこの風魔法は高度だ。体が持っていかれそうな程の風圧が俺を包みながら、風の刃で切り刻んでいく。凄いな、この威力は……
俺は水魔法を放ち、シェリーヌを包み込んだ。そうすると一瞬にして風は止んだ。シェリーヌは水に包まれてはいるが、苦しそうではなかった。それはそうだな。呼吸等必要の無いゴーレムだからな。
その水が少しずつ無くなっていき、水蒸気となって消えていく。やはり凄いな。土で出来ているゴーレムなのに、水でも平気か。恐らく雷魔法も効かないだろう。光も闇も効果は無さそうだ。
徐々に水が無くなっていき、その姿を現した瞬間、俺は剣を横薙ぎに振るった。腰を横から真っ二つにされたシェリーヌの上半身はドサリと落ちて土へと変わった。残った下半身も、みるみるうちに土へと変わり、その場に崩れて落ちた。
上半身の土が落ちている場所には、魔石があった。それを取りに行こうとしたが、俺もその場に崩れ落ちるようにして倒れてしまった。
致命傷には至らなかったが、全身を切り刻まれて、思ったよりも出血していたようだった。
その場に倒れて動けなくなってしまう。ダメだ、まずは魔石を取りに行かないと……
すぐそこにあるのに、体を動かす事が出来ずにそのまま意識を失ってしまった。やはり全力でないにしても、エリアスの力は凄いのだな。風魔法に神経を麻痺させる効力も付与させていたか……
次に目覚めた時、アシュリーがそこにいた。思わずシェリーヌが生きていたのかとも思ったが、それは違うとすぐに理解し、体を起こす。
アシュリーは自分が倒さなくてはいけなかったのに、と言うが、そんな事は関係ないのだ。
シェリーヌだった土の上にあった魔石を手にしたアシュリーは、エリアスを感じて幸せそうに微笑む。もうそうやって幸せにさせてやれるのは俺ではないのだと、ここでも気づかされる。
しかし、一人でこうやって来たということは、自分がシェリーヌを倒すつもりで来たという事だ。まだ体も万全ではないのに、すぐに無理をする。本当にもっと自分を労って欲しいものだ。
帝城へ戻って、アシュリーにはゆっくり休んで貰うように言う。俺も回復魔法で治癒はして貰ったが、かなり出血したので今日中に処理しなくてはいけない仕事だけに手を付けて、それから寝室へ向かった。
ベッドにはアシュリーが眠っていた。眠っているその表情は幸せそうで、胸にエリアスの魂が付与された魔石を大事そうに抱えていた。
アシュリーを幸せにしてやれるのはエリアスだけなのだろう。俺はそれに力を貸す事しか出来ないのだ。虚しい想いが胸を襲うが、それでもアシュリーが幸せになれるのであれば、俺はそれでも構わない。
エリアスとアシュリーが出会えて、二人が安寧に暮らせるようになれば、俺は躊躇うことなく消えてやる。その覚悟はある。
アシュリーの隣に横たわり、この胸に抱きしめるようにして眠りにつく。
今だけだ。今だけだから。
母の胎内でそうしていたように。
幼い頃にそうして眠ったように。
ただお互いを求めるようにして眠りにつく。
けれどアシュリーが求めるのは
もう俺ではないのだ。
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