慟哭の先に

レクフル

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想い人

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 アシュリーがこの世に生まれた。
 
 かも知れない。

 それは今から17年前に、突然腰に装着していた短剣が空に浮かび上がり、光輝いたと思ったらそこに嵌めてあった石が四方八方に飛び散った事で行き着いた考えだった。
 いや、それは俺の願望だったのかも知れない。

 手元に残った短剣には、白の石のみが残っている状態だった。

 
「そうか……セームルグは残ってくれたのか……」


 アシュリーが生まれて来てくれたのであれば、こんなに嬉しい事はない。けれど、俺はアシュリーに合わせる顔がない。

 俺はリュカを守れなかった。天寿を全うさせてやることが出来なかった。
「リュカを守って」と言ったアシュリーの言葉が、今も頭から離れずにいる。

 もう俺の事は忘れて、アシュリーは別の誰かと幸せになった方が良い。
 いつまでも過去に捕らわれていてはいけない。いや、もしかして、俺との記憶は持っていないかも知れない。そうであれば、俺はただアシュリーの幸せを願おう。

 そうは思っても、心の何処かが望んでしまう。
 愛して愛して、どうしようもなく心から求めてしまうその存在を、俺は必要ないと突き放す事は出来るのか?
 他の男と幸せになるアシュリーを、ただ見守る事は出来るのか?
 いや、幸せであれば良い。けれどもし、選んだ男がどうしようもなく酷い奴だったらどうする? それでも俺は何もせずにただ見守る事が出来るのか?

 まだどうにもなっていない、ただの妄想でヤキモキしていても仕方がない。
 しかし、こんなに心を乱されるのは何年ぶりだ?
 アシュリーやリュカと生活していた頃は、こうやってハラハラする事ばっかりで、それが楽しくもあったのだと今頃になって気づく。

 やっぱり俺の心を動かすのは、アシュリーとリュカだけだ。
 そのアシュリーがこの世に存在するかも知れないのだ。そう思えるだけで嬉しくて嬉しくてどうしようもない。

 ちゃんと元気にやってるか? 
 飯は食えてるか?
 辛い事はないか?
 今は幸せか?
 
 聞きたい事は山ほどある。話したい事も山ほどある。会いたい想いで胸が苦しくもなる。そしてまだこれ程に自分に感情が残っている事にも驚いてしまう。
 
 もう長い間、自分には感情が欠落したのではないか、と思う程に、何事においても全てに対して冷静に対応できていた。
 それで良かったと思っているし、そうでなければならないとも思っている。

 けれど今はこの心の動きが懐かしくて、凄く心地良い。人間らしさを感じられる。俺って人間だったんだなって、改めて実感させてくれた。それだけでもアシュリーの存在が有り難くて仕方がない。

 探しだしたい。けれどそれをするとアシュリーに関わってしまうかも知れない。それが良い事なのか悪い事なのかは、俺はまだ判断が出来ないでいた。

 だから自分から探しだそうとせずにいた。そして17年経った今日、アシュリーが俺の作り出した村にやって来た。

 この村は元々そこにあった村だった。
 しかしある日、複数の魔物の気配がしたから慌ててその気配のする場所まで行くと、その村は魔物に襲われている真っ只中で、その時既に殆どの村人達は魔物の餌食となっていた。
 子供達を家の中に押し込めて守り、何とか魔物と対峙してたのは二人だけだった。その他の村人達はもう皆息絶えていた。

 村中に蔓延る魔物を広範囲の雷魔法で一瞬にして感電させてその命を奪う。これで残った人達は守れた訳だ。
 しかし家や畑は荒らされて、村は全てが無茶苦茶な状態だった。そして 殆どの村人が食い荒らされて体が無惨にもあちこちに散らばっていた。
 体さえ残っていたなら、俺が甦らせる事は可能だ。それが白の石、セームルグの力だからだ。
 しかしそれも叶わない程に村人達は原型をとどめていなかった。

 俺は広範囲に回復魔法を施して、家等の建物や畑も復元させた。これは短剣に嵌まっていた緑の石の効果なのだが、俺の手元に無くなった今も使い方が体に馴染んでいて、その力を俺は使うことが出来るのだ。
 
 そうやって村を元通りにし、倒した魔物を集めて空間収納に入れ、亡くなった人達は集めて浄化し、魂は光魔法で天に還す。
 そして僅かに残った村人達の記憶から魔物に襲われた記憶を取り除く。

 それから村人の記憶をたどり、亡くなった村人を一人一人土魔法でゴーレムとして作り出し、その者に見えるように術をかける。そうやって作り出したゴーレムの村人達に、この村と村人達を守るように、そして模した村人の様に振る舞うように操った。
 こうやってこの村は、元あった村へと戻ったのだ。

 後は俺が1ヶ月に一度程、行商と言って様子を見に来て、ゴーレムに魔力を補っていく。そうしないとゴーレムは動けなくなるからだ。
 けれど少し来るのが遅くなると、途端にゴーレムの魔力は枯渇して動かなくなる。
 やっぱり一人一人に魔石を嵌め込まないといけないんだろうな。最近は暴れる魔物が少ないから倒す必要がなく、魔石を採取する事がない。まぁ、魔物を大人しくさせているのも俺なんだけどな。

 そうやって作り出した村や街は至る所に存在する。
 世間では、魔物の脅威は無くなったとされているが、魔物は突然生まれだし、それから生まれ持つ狂暴さで人の命を簡単に奪っていく。
 
 俺はリュカの持っていた力を習得した。
 
 リュカは魔物を統べる力を持っていた。その力で魔物から人々を守っていたのだ。だから俺もそうやって魔物を統べるべく、何度も練習を重ねてその力を自分のものにした。
 リュカの思いを受け継ぐ為にだ。

 この世界は平和だ。

 今は多少の国間のイザコザはあっても戦争とまではいかない。
 魔物の脅威に晒されている事も少なくなっている。
 それは俺が人知れずこの世界を守ってきたからだ。

 こう言ってはなんだが、今や俺がこの世界の平和を維持させているのだ。

 俺は不老不死だ。

 普通に生活してて、死ぬことは無くなった。
 
 この世にいないリュカとアシュリーを求めて、俺は何度死にたいと思ったことか。
 自分で死ねるのか、何度も試しもした。
 
 心臓に剣を突き刺した事は数えきれない。首も何度も切ってみた。
 すっげぇ痛かった。無茶苦茶痛かった。死ぬかと思った。
 けどそれだけだ。俺は死ななかった。死ねなかった。

 首も吊ってみた。ただ苦しいだけだった。
 猛毒を飲んでみた。勝手に浄化された。

 高い所から飛び落ちた。俺についている風の精霊ストラスが笑いながら俺にしがみついてきて一緒に飛び続ける事になった。

 海に飛び込んだ。そうしたら、俺についている水の精霊ヴェパルが俺を勝手に助け出した。

 火の中にも飛び込んだ。俺に宿る炎の精霊インフェルノが心地良いと喜ぶだけだった。

 死ぬことが出来ない、ということは、アシュリーやリュカにもう会えない、という事だ。
 不死になるという事はそういう事だと分かってはいた。けれど、やっぱりそれは流石にキツイと感じずにはいられない程に、一人でいる時間が長かった。

 寂しくて寂しくて、どうしようもなかった。

 けれど、異常な力を持つ俺が人と関わってはいけないと思った。

 俺が大切に思う人達は天寿を全う出来ずにこの世を去って行った。

 母は俺が赤子の頃に魔力を暴発させて焼き殺してしまった。
 
 父はドラゴンに殺られそうになっている俺を庇い亡くなった。

 俺が育った孤児院の友達は皆、逃げ出した時に追いかけられて首を切断されて殺されていった。

 アシュリーは俺との子、リュカを生もうとして、只でさえ短いその寿命を縮めてしまった。

 リュカは俺のいない間に呪いを自身に受け入れて、助ける間もなく俺の腕の中で粉々になって消えた。

 もう残されるのは嫌なんだ。

 求めて、また一人になるのが怖いんだ。

 俺は強い。恐らくこの世界の誰よりも強い。

 けれど心はこんなにも脆い。そして弱い。

 アシュリー……

 俺はこんなにも弱くて情けない男になってしまったよ……

 こんな男を、アシュリーはどう思うのか。

 また好きになってくれるか?

 俺は今も変わらずにアシュリーを愛している

 俺はいつまでもアシュリーを愛し続ける事しかできないんだ……



 
 
 
 
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