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第八章
焦る気持ち
しおりを挟むアシュリーと一緒に眠る。
ディルクがここにいるって思うだけで、俺はずっと落ち着かねぇ。
昨日アシュリーと一夜を共にして、アシュリーは俺のもんだって自信が持てたと思ってた。
けど帝城に来て、ディルクに会ったアシュリーを見た途端に、その自信は脆くも崩れ落ちた。
なんでそんなに幸せそうな顔すんだよ……
俺にそんな顔見せてくれたこと、あったか?
俺はそんな幸せそうな顔をさせてやれてんのか?
アシュリーとディルクは一つの命だって聞いて、なんでそれが俺じゃねぇんだって、どうしようもねぇ事に腹を立てちまう。
そっからはアシュリーから離れらんなくて……
一時でも離れちまうと、ディルクの元へ行っちまいそうで、ずっとそばにいることしか出来なくなった。
情けねぇ……
こんないっぱいいっぱいの状態の男に、誰が惚れてくれんだよ……
余裕が無さすぎて、自分自身に腹が立つ。
そんな事を思いながら、アシュリーを抱き締めて眠りについた。
ずっと離さないように。
しっかりとこの腕の中で……
けど、朝方になって眠りが浅くなった頃、あるはずの温かさが無いのに気がついた。
アシュリーがいない……!
なんでた?!
俺、ずっと抱き締めてたよな?
ずっと俺の腕の中にアシュリーはいたんじゃ無かったのか?!
焦る気持ちで、アシュリーがどこにいるのか考える。
もしかしたら……ディルクの所か?
すぐに空間移動でディルクが眠っている場所まで飛んでいく。
そこには、ディルクが眠る横に、寄り添うように一緒になって眠っているアシュリーがいた。
ディルクの手を両手で握って、幸せそうな顔をして眠るアシュリーを見て……
悲しくて虚しくて……なんで俺じゃねぇんだって……そんな風に幸せそうな顔をさせてやれてんのが、なんで俺じゃねぇんだって……!
分かってる。
これは俺の単なる嫉妬なんだ。
なんて女々しいんだ……
情けなくて腹が立って、けどどうしようもなくて……
眠っているアシュリーを起こして、二人で部屋まで戻る。
ベッドでアシュリーを抱き締めて……
しっかり離さねぇようにしてんのに、それでもアシュリーの心はここには無いように思えて、俺の腕の中にいるのに、すっげぇ遠くにいるような感覚に陥ってしまう……
アシュリーは、俺を大切だと言ってくれる。
それは嬉しい。
マジで嬉しい。
だけど、俺はまだアシュリーから「愛してる」と言われた事はねぇ。
俺を好きだって言ってくれた。
初めてそう言われた時は、天にも昇る気持ちって、こう言うことを言うんだなって、そう思えたくらい嬉しすぎて幸せで……
なのに、今はもっともっとって思ってしまう。
段々貪欲になっていっちまうんだな……
アシュリーが、自分の気持ち一つどうにも出来ないって言ってたけど、それは俺も一緒だ。
気持ちばっかり焦っちまって、自分を押さえ込むのに必死なんだ。
こんな自分に嫌気がさす。
けれどアシュリーを離してやる事も出来ねぇ。
結局俺は自分の事しか考えられてねぇんだ……
アシュリーの額が俺の鼻に当たって、すっげぇ痛くて、気づいたら鼻血が出てて……
アシュリーが回復魔法で止血してくれて、血を拭ってくれた。
その姿が可愛くて、思わず口づけた。
まだ血がついてるのにって、ちょっと怒った顔も可愛くて、もう全部が可愛く思えて仕方がなくてどうしようもねぇ……!
それから二人で笑い合って、もうその笑顔を見れたら、それで良いかって。
アシュリーが笑ってくれてんなら、それが良いかって。
その相手が俺じゃなくても、アシュリーが一番幸せそうに笑っていられんなら、それで良いかって。
少しずつそんな風に思えてきた。
これはもう、子を見る親の境地に達しているのかも知んねぇ……
それくらい、俺にとってはアシュリーは特別すぎんだよ……
今日はディルクの元へ行く。
いつまでもこんな風にグチグチ考えてても仕方ねぇ。
アシュリーがディルクを選んでも、俺は笑顔で送り出してやんなきゃなんねぇ。
これ以上、アシュリーを傷つけねぇように。
これ以上、自分を嫌いにならねぇように。
ディルクが羨ましくって仕方ねぇ。
こんな風に、誰かを羨ましく思った事なんて、今まで一度も無かったのにな。
孤児院にいる時に仲良さそうな親子を見た時だって、奴隷にされて目の前で旨そうな飯を食われていた時も、捨てられてから寝る場所もなくなって、寒さと空腹に耐えながら路地裏で震えてた時も、いつかのし上がってやるって、今まで足蹴にしていた奴等を見返してやるって、そんな風にしか思わなかったのに……
誰かを羨むって……なんて俺は小っちぇ男なんだ……
部屋にゾランがやって来た。
これから三人でディルクのいる部屋まで向かう。
空間移動で行くわけにはいかねぇからな。
ウルには今日も留守番をして貰う。
「じゃあ、お母さんのところに行ってくる!」って、ウルは元気に出て行った。
アシュリーと手を繋いで、部屋まで進む。
なんか、俺の方が緊張しているみてぇだ。
時々俺の方を見て、アシュリーは優しく微笑む。
そんな笑顔を向けられると、離せなくなっちまうじゃねぇか……
部屋の前までやって来た。
ゾランが鍵を開ける。
重々しい扉がゆっくり開く。
一緒に中に入ろうとした時……
「待って……」
「どうした?アシュリー?」
「ここからは一人で行かせて……」
「え……」
「良いかな、ゾラン?」
「え、えぇ、僕は良いですけど……」
「なんでだ?俺と一緒はダメなのか?」
「エリアス……ごめん……」
「え、けどっ!」
「エリアス……そんなに心配しないで?すぐ戻ってくるから。」
「アシュリー……」
「ゾランも心配しないで。大丈夫だから。」
「……分かりました。」
ニッコリ笑ってそう言い残して、アシュリーは一人で部屋へ入って行った。
ゾランと俺は部屋の前で、ただ立ち尽くすしか出来なかった。
置いてかれた子供みてぇに、俺はドキドキして、アシュリーが帰って来てくれるのをただ願うようにして待つしか出来なかった。
壁にもたれ掛かって腕を組んで、心を落ち着かすように目を閉じて、ただアシュリーが笑顔で戻って来てくれる事だけを考えていた。
ゾランは心配なのか、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりして、ずっとそこら辺を歩き回っていた。
どれぐらい時間が経ったのか、ちょっとだけなのか、すっげぇ時間が経ったのかは分かんねぇけど、とにかく長い間待たされたような気がする。
大人しく待っていようと思った。
帰ってきたアシュリーが、どんな状態であっても、笑顔であっても暗い顔をしてても、俺は全部を受け止めて、ドンって構えておこうって思った。
けど、すっげぇ長く感じる。
この時間がもどかし過ぎる……!
ゾランもソワソワしてる。
長ぇよな?
どうなってんだ?
何かあったのか?
大丈夫なのか?
ゾランと目を合わせると、ゾランもすっげぇ心配そうな顔で俺を見てから、扉の方を見る。
「……ゾラン、長くねぇか……?」
「……ですよね……」
「なんかあったのかも知んねぇ!……俺、入るからな?」
「はい……!」
意を決して、扉を勢いよく開けた。
そこには、セームルグと、見たことねぇ中性的な感じの人物が一人いた。
アシュリーとディルクの姿は、そこには無かった。
「誰……だ……?」
「……エリアス……」
「セームルグ……どうなってんだ……?どういう事なんだ……?」
セームルグは何も言わずに微笑むと、そこに立つ人物に重なるようにして消えて行った。
その人物は髪が淡い藍色で、それは光に当たるとキラキラ光っていた。
手には石が全て嵌められてある短剣を持っていて、俺を見て微笑むその顔は、すっげぇ綺麗で整った顔立ちで、まるで神様に会った時みてぇで、神秘的で神々しく見えて……
「アシュリー……か……?」
面影がある。
笑った顔が……その表情が……アシュリーのそれで……
けど佇まいとかがディルクに似てる感じで……
「嘘だろ……?嘘だよな……?……なんで……なんでだよ……一つにはならねぇって言ってたじゃねぇか……なんでだよ……っ!なんでなんだよっ!!」
俺がそう言っても、何も言わずに微笑むだけで、俺はどうしていいか分からずに、ただ呆然とそこに立ち尽くす事しかできなかったんだ……
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