慟哭の時

レクフル

文字の大きさ
上 下
245 / 363
閑話

ミーシャの事情3

しおりを挟む
帝城で、リドディルク様に調査報告をした後、不意にこんな事を言って来られた。


「ゾランは何歳だったか?」

「え……私ですか?……今年で22歳になります。」

「そうか。もういい歳なんだな……」

「なんですか?いきなり……」

「いや……実はゾランに縁談の話が来ていてな。」

「は?」

「そんなバカみたいな顔をするな。」

「いや、その……突然何を言い出すのかと思いまして……」

「ジスカール子爵の三女、アンジェリカがゾランに一目惚れしたんだそうだ。」

「は?」

「またその顔をする。」

「いや、その……突然何を言い出すのかと思いまして……」

「さっきと答えが同じだぞ。こう言う事になると、途端に頭の悪い答えを返すんだな。で、どうする?」

「は?」

「だからその顔をやめろ。」

「リドディルク様、私は貴族ではありません。子爵のご令嬢となんて、滅相もございません。」

「これは以前から考えていた事だが、俺はゾランに爵位を与えようと思っている。」

「何を仰います!それでは職権乱用になりますっ!」

「ゾランの今までの働きからすれば、ただの俺の傲慢な考えではない筈だぞ?で、どうする?」

「私に爵位等結構でございます!今のままで私は何の不自由もありません!」

「そうか?女性にもか?」

「……っ!い、今は興味等ありませんっ!」

「では、ジスカール子爵にはそう伝えておくが……これは俺のせいなのかもな……」

「何がです?」

「ゾランを働かせ過ぎているのかも知れない……」

「そんな事はありませんっ!」

「いや、俺はゾランに頼り過ぎだな。そうだな、ゾランに休暇を与える事にしよう。」

「はい?!この忙しい時に休暇?!あり得ませんっ!休暇等いりませんっ!!」

「しかし、帝城に来てから一日たりとて休んでいないだろう?ブラック皇帝と言われても仕方がない状況だ。」

「なんですか、そのブラック皇帝とは!?」

「言いにくいな、ブラックエンペラーとかの方が言いやすいか。」

「変な事になってる!やめて下さいっ!とにかく!休暇等必要ありません!ではっ!」


早々に執務室を退出する。

本当にいきなり何を言い出されるのか!
リドディルク様は!
やることが多くて、本当にそれどころでは無いのに!

廊下をズンズン歩いていると、お茶を乗せたワゴンを押しているミーシャとすれ違った。


「ゾラン様、どうされたんですか?お顔が怖いですよ?」

「あ、ミーシャ……いや、ちょっとリドディルク様に……」

「何かあったんですか?また無茶をして休もうとしない、とかですか?!」

「いや、そうじゃないんだ……いきなり僕に休暇を与えるとか言い出して……」

「えぇっ!ゾラン様!そんな……っ!」

「え?」

「私っ!リディ様に言って来ますっ!」

「え?ミーシャ?」


何やら慌てた感じで、ミーシャが執務室まで急いで向かって行った。

気にはなったが、他にする事が溜まっていたので、僕はそのまま仕事に戻った。

暫く自室で資料を纏めていると、コルネールがやって来て、リドディルク様が呼んでいると言う。


「お呼びですか?リドディルク様。」

「ゾラン……何か思う事があるのか?」

「はい?何がですか?」

「……ゾランからは何も感じ取れないが……不満があれば言ってほしい。」

「え?何のことです?不満等は特にございませんが……」

「そうだな……見る限りではそうだが……俺の読みが甘いのか……?」

「なぜいきなりそんな事を言い出すんですか?」

「いきなりそんな事を言い出したのはゾランだろう?」

「はい?」

「ここを辞めるつもりらしいな。」

「えぇーーっ!!」

「違うのか?」

「なんでそんな事になってるんですか!?」

「さっきミーシャが来て言っていたぞ?」

「ミーシャが?!何て言ってたんです?!」

「泣きながら来てな。ゾランが暇を出されるだの、ゾランが怒ってるだの、出て行ってしまうだの、とりとめ無く言葉に出すから、結局何が言いたかったのか分からなかったが、ミーシャの感情を読むと、ゾランが仕事を辞めて遠くに行くと思っているらしかった。」

「なぜそうなってしまうんですか?!」

「それは分からん。泣いていて、あまり上手く言葉に出来ていない状態だったからな。ゾランはミーシャに何を言ったんだ?」

「私は特に……休暇を与えられそうだと言っただけです。」

「……何か勘違いしたのかも知れない。まだ言葉を上手く捉えられていない時があるからな。さっきコルネールに連れられて出て行ったが、ミーシャのフォローをしてやってくれないか?」

「……畏まりました。」


廊下を歩いて、メイド達の休憩室に向かっているところで、ある令嬢が何かを探すようにこちらに向かって来ていた。
それから僕の顔を見ると、はっとした感じになって、僕の元までやって来た。


「あの……ゾランさん……私はアンジェリカと申します……その……リドディルク皇帝陛下よりお話は聞いていらっしゃると思うのですが……」

「え?あなたがアンジェリカ様?」

「そんな……様なんてつけないで下さい。アンジーとお呼び下さい……」

「それは……あの……先程リドディルク様にもお伝えしたのですが、私は貴族ではありませんし、今は女性の事を考えている暇がないのです。」

「それは……私では貴方に相応しくないと……」

「そう言う事ではありません!それを言うなら、私の方が貴女に相応しくありません!」

「勝手に決めないで下さい!私の事を何も知らないで、すぐに断るのは失礼ではありませんか?一度でも構いません。私とデートして下さい。それから判断して下さい!」

「しかし……」

「そうだな。アンジェリカ殿が言われるのは最もだ。」

「リドディルク様!」

「リドディルク皇帝陛下!こんな所まで来てしまって申し訳ありませんっ!」

「アンジェリカ殿、それは気にしなくていい。ゾラン、明日は休みにするから、デートをしてくればいい。これは命令だ。」

「なっ……!」

「明日ゾランに屋敷まで迎えに行かせる。それで構わないか?」

「ありがとうございます!リドディルク皇帝陛下!ではゾランさん、明日お待ちしておりますわね!」


そう言うと、アンジェリカ様は嬉しそうに帰って行った。


「そう言う事だから、ゾラン。明日のデートプランをしっかり考えておくように。」

「ちょっと、なんて事をしてくれるんですか!私は……!」

「他に誰か気になる人でもいるのか?」

「え……?」


一瞬言葉につまった僕を見て、リドディルク様はニヤリと笑った。


「な、なんですか?」

「いや、なんでもない。ほら、早くミーシャにちゃんと説明しに行ってやれ。」

「……はい……」


なんでこんな事になったんだ……
本当に僕は、今仕事の事が頭でいっぱいで、女性の事なんか気にしている暇等ないと言うのに……

リドディルク様にはアシュリーさんと言う方がいて、その人の事になると周りが見えなくなってしまわれて……
今まで女性には見向きもされなかったのに、こうも人って変わってしまうんだな……

恋とは恐ろしいものだ……

休憩室に入ると、ミーシャが部屋の隅でうずくまって泣いていた。


「ミーシャ……」

「ゾラン様……」

「またそんな所で泣いて……」


ミーシャの手を取って、泣いているミーシャを立たせる。


「だって……ゾラン様が……」

「ミーシャ、勘違いしているよ?僕は辞めないからね。」

「え……?」

「辞めるなんて、一言も言ってないよ。」

「本当に?!どこにも行かないですか?!」

「ハハ……どこに行くって言うんだ?僕はこの仕事を辞めるつもりはないし、リドディルク様の側を離れるつもりもないよ。」

「良かった……っ!」

「また涙がいっぱい出てる……」


僕が遠くに行くと思ってか、ミーシャがずっと泣いていて、僕はそれを慰める様に抱き寄せる。
なんだか、こうやって抱き締めるのは久しぶりだ。
前にそうした時より……
抱き心地が良くなって……る……?

そう思った瞬間、僕はミーシャを自分から離した。


「ゾラン様……?」

「あ……いや、うん……なんでもないよっ!と、とにかく、僕は辞めないから、ミーシャはそんな事を気にしなくていいから。じゃあ、仕事に戻るっ!」


すぐに休憩室から出て自室に戻る。

なんだ?

なにを気にしてるんだ?僕は!

幼くてガリガリで傷だらけの少女だったミーシャなのに……

抱き締めた時、僕はその柔らかさに戸惑ってしまったんだ。

そうか……

あれからもう4年になるのか……

もう成人して、ミーシャもこの場所に囚われずに、何処にでも行けるんだ……

まだ小さな女の子のままの感覚でいたけれど、ミーシャは少しずつ大人になっていってるんだな……

そんな事を考えると

なにかは自分でも分からなかったけれど、複雑な感情が心の中に湧いてきた。

その感情が何なのかは

僕にはまだよく分からないままだった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...