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第五章
エルニカの街
しおりを挟む朝日が昇る前に、そっとベッドから出る。
まだ眠っているディルクの頬を撫でる。
誰かと寄り添って眠るのは、なんて温かくて心地良いんだろう……
名残惜しい気持ちが胸に残るけれど、もう帰らなければ……
ディルクの頬に、そっと口づけをして……
それから空間を抜けて、孤児院の部屋に帰ってきた。
日が昇り、出発する前にエリアスは、孤児院に多額の寄付をしたようで、シスターがかなり困っていた。
しかし、今回の事に恩義を感じたエリアスは、無理に押し付ける様に寄付を置いて行った。
「ハハハ、アシュレイ、俺一文無しになっちまった!」
「エリアスらしいな!でもエリアスなら、またちゃんと稼げるんだろ?」
「当然だ!アシュレイに苦労はさせねぇぞ?」
「私は今まで苦労をした事がないから、何が苦労か分からない。」
「その手のお陰で人に触れなかっただろ?それは苦労じゃなかったのか?」
手を見ながら思わず呟いた。
「……そうか。これが苦労だったのか……」
「ハハハっ!アシュレイらしいな!」
そんな風に、いつも通りの感じなエリアスだったけど、ふとした瞬間に悲しそうな顔をする。
早く彼の傷が癒えると良いんだけれど……
「エリアス、エリアスがいた孤児院がある街がどこだったか、覚えているか?」
「大体な……ケルニエの街の西側にある、エルニカって言う街だ。思い出したくもねぇ所だけどな。」
「じゃあ、まずはケルニエの街の側まで移動しよう。それで良いか?」
「あぁ、それで構わねぇぜ。」
それから空間移動でケルニエの街の外まで移動した。
そこから西へ歩いて移動する。
エルニカの街まではそんなに離れていなくて、もう少しで、と言う所で夜になったので野宿をすることにした。
この数日間でエリアスに様々な事があったからか、エリアスは私のそばにピッタリと寄り添う様にいることが多くなった。
食事をするときも、今までは向かいに座っていたのが、今は隣に座る様になった。
きっと私が思うよりも、エリアスの心は酷く傷付いているんだろう……
食事が終わって、エリアスとお茶を飲んでいるときに
「アシュレイは……俺より先に死なないでくれ……」
不意にそんな事を呟いた。
「エリアス……?」
「俺が助け出せたモンなんて何もなかったよ……
色んなモンを犠牲にして、俺だけが生き残ってる……」
「エリアスっ!そんな事は……っ!」
「すまねぇ、アシュレイ……俺、多分わざと言ってんだな。アシュレイに慰めて欲しくって……情けねぇな……」
「今回の事は簡単に立ち直れる事じゃないのは分かってる。私はエリアスが元気になれるなら、何でも協力する。」
「……ダメだろ?そんな事言ったら……俺はそれに付け込むぜ?」
「え……?」
いきなりエリアスが私を抱き締めた。
「エリアス……?」
「いい加減気付けよ……」
「えっ……なに……?エリアス?」
「……なんでもねぇ……」
それからすぐに私を離す。
きっとエリアスは寂しいんだろうな……
「明日、エルニカの街の孤児院に行ったら、またエリアスは嫌な思いをするかも知れない……それでも、本当に行けそうか?」
「ったりめぇだ。今まで逃げてたのがいけなかったんだ。俺はそんな自分が許せねぇ。」
「また傷付くかも知れなくても?」
「俺がどうなろうと、それは構わねぇよ。」
「そんな事を言うな!」
「……アシュレイ?」
「私はエリアスが傷付くのを見るのはもう嫌だ!どうなろうと構わないなんて…言うなっ!」
言ってて涙が出てきた……
こんな事で泣いてしまうなんて……
段々弱くなっていってる様に感じる……
大切に思う人が増えると、こうも脆くなってしまうんだろうか?
私はこんなに弱かったのか……?
「悪い……もう言わねぇ……」
エリアスが自分の胸に私の顔を寄せる。
「アシュレイもきっと……俺の事で巻き込んじまったから、自分で思うよりダメージがあったのかもしんねぇ……悪かったな……」
「……私も…ごめん……こんな事で泣くなんて……」
お互い情けないな!なんて言い合いながら、2人でハハハって笑った。
本当にもっと気をしっかり持たないといけないな…
翌日、エルニカの街には昼前に到着した。
ケルニエの街もそうだったが、街に入るにはギルドカードを見せるだけで、割りとすんなり入ることが出来た。
AランクとGランクの二人組だから不思議そうに見られたのも、ケルニエと変わらずだった。
エリアスが慎重な面持ちをしている。
きっとこの街には、辛い思い出が沢山あるんだろう……
ケルニエと同じように、この街も何だか重々しい雰囲気が漂う。
どこに寄る事もなく、エリアスに案内されて、孤児院まですぐに行くことにする。
街の西側の外れに、ヒッソリとその建物はあった。
建物はそんなに古びていなく、程よく手入れがされていて、見た感じは嫌な雰囲気はない。
今はどうなんだろうか……
まだここには子供達はいるんだろうか……?
「もしまだここが孤児院として使われてんなら、ちっちぇ子達は中で掃除とかさせられてるかもな。大きくなると、南西に見える鉱山で働かされる。毎朝馬車で迎えが来て、夜までミッチリだ。」
「どうする?暫く様子を見るか?」
「いや……この時間だと残ってる教徒の奴等は少ねぇ。まずは訪ねてみる。」
「分かった。」
エリアスと建物に近づくと、子供の泣き声が聞こえてきた。
「うるさいっ!泣くなっ!」
そんな声と共に、更に泣き声が大きくなった。
私とエリアスは、急いで中へ入る。
廊下を抜けて、一番奥にある大部屋へと進む。
そこには小さな子供が3人いて、1人の子がうずくまって泣いていた。
教徒と思われる男は一人で、馬に使う様な鞭を持っていた。
「何だ?!お前らは!」
私達に気付いた教徒の男はこちらまでやって来る。
「変わんねぇな。ここは。」
「私が誰だか分かっているのか?!」
「うっせぇ!」
エリアスが教徒の男を殴り飛ばした。
私はすぐに、うずくまっている子供の側に行って、回復魔法をかける。
子供は痛みが無くなったのを不思議に思ってか、私を見る。
私がニッコリ微笑むと、安心した様に、また泣き出した。
「聖女か……?これはっ……上に報告せねば……っ!」
「させっかよ。」
起き上がろうとした男を、エリアスが蹴り飛ばす。
私が男の側まで行き左手で触ると、恐怖に顔を歪ませた男が逃げようと立ち上がろうとするが、それが上手く行かずに、足がガタガタ震えながらも逃げ出そうとしている。
「さぁ…こいつをどうしようか……」
「エリアス、試してみたい事がある。構わないか?」
「あぁ、良いぜ?何をする気だ?」
光魔法を教徒の男の頭目掛けて放つ。
脳に巣食った悪の感情を、全て浄化する様にしてみた。
これはルキスと重なって魔法を使ったときに、どんな光魔法がどうやって使えるのかが分かったので、状況を見計らって試してみたかったのだ。
暫く頭がボーッとしていたのか、放心状態になっていた様だったが、急に自分の持っていた鞭を投げ、子供達に向かって土下座をしだした。
「申し訳ないっ!私はこんな小さな子供達になんて事をっ!自分が恥ずかしいっっ!!」
その状態のまま、男は反省の言葉を続けていた。
「アシュレイ……こいつはどうなった……?」
「脳に巣食った悪い感情を全て浄化した。これでこの男はもう悪い事を考える事も出来なくなる。」
「なんだその魔法……すげぇな……」
「だからと言って、この男のした事が全て許される訳ではないと思うけど……」
「違いねぇ。」
男は泣きながら、子供達に謝っている。
子供達はどうなっているのかよく分からずに、ただその様子を見ていた。
「エリアス、聞いてほしい。思い付いた事があるんだ。」
私はエリアスに相談してみることにした。
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