叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
77 / 86

77話 仲直り

しおりを挟む

 リュシアンは憤っていた。

 何に対して、誰に対して、と聞かなくてもお分かり頂けるだろうが、紛れもなくフィグネリアに対してだ。

 前世では毎日のように甚振られ嬲られ、食事も満足に与えられず、最後は死ぬ程に殴られ蹴られ続けて真冬に身一つで放り出された。
 誰が聞いても恨みや憎しみは当然のように沸くのだろうが、リュシアンが一番憤っていたのは大切なノアを蔑ろにし、暴力を振るい、死ぬ事を分かりながらルマの街へ行かせた事だった。
 
 リアムは力が無かった。守りたくても守れなかった。それが一番悔しかった。

 そして今、またもや自分はフィグネリアからシオンを、ノアを守れていないと知った。それどころか守られていた。シオンに守られて屈強な体を手に入れられていた。揺るぎない地位にいる自分になれているのに、まだフィグネリアをどうにも出来ていない自分が許せなかった。だから決めたのだ。

 リュシアンはまず、ルマの街にある大神殿へと赴いた。そしてその後、王城へ行き国王と謁見を願った。そこで様々な手続きを済ませた。

 数日間、そうやって王城へ通い詰めたリュシアンは時間に追われた。しかしシオンへの声掛けは欠かさずにいて、毎朝シオンの部屋へ赴いては
「おはよう。今日もこれから王城へ行ってくる。何かあれば、すぐにジョエルに言うんだよ」
と告げて出発する。

 メリエルのお陰でリュシアンと会おうと決心したシオンだったが上手くタイミングが合わずに、リュシアンとはあれから会えずにいたままだった。

 毎朝声は掛けて貰うが、リュシアンは会いたいとか顔を見たいと言わなくなった。やっとシオンが会おうとしたのに、リュシアンからの申し出が無くなってしまった事に、シオンは戸惑っていた。

 もしかしたら自分の行動にリュシアンは呆れてしまったのかも知れない。もう好きじゃなくなったのかも知れない。そう考えると不安で仕方が無くなった。

 あれからシオンは別邸の部屋を出て本邸の部屋で過ごしている。そして毎日メリエルと共にいた。メリエルは本当は食事を摂るのも喋るのも辛いらしく、だけどシオンの為にしっかり伝えなければとあの時元気づけてくれたのだ。
 それが嬉しくて申し訳なくて、改めて自分の弱さを情けなく思ったシオンだった。
 
 メリエルは体は元気だと働こうとするが、それは流石にシオンとジョエルが止めたのだった。

 仕事をしなくともメリエルはシオンの共にいて、庭園を散歩したり一緒に食事したり、本を読んだり貴族としての嗜みをメリエルが無理のない程度に教えたりと、穏やかに過ごしながらそれを療養としていた。

 そんな日々が続いたある日、シオンの部屋にリュシアンがやって来た。

 久しぶりに顔を合わせる事になるシオンとリュシアン。その事にシオンはかなり緊張した。だけど、自らリュシアンから離れてしまった事を謝りたいとも思っていたし、何よりリュシアンに会いたかった。

 容姿はリアムとは違う。だけど、たくましい腕、綺麗な顔立ち、凛とした佇まい、優しい笑みに甘い言葉……その全てがシオンの心をざわつかせるのだ。

 こんな気持ちになるのは、リュシアンがリアムだからなのかと考えてもみた。もちろんそれもあるのだが、それだけではないようにも思える。
 シオンの心はまだノアの時のままであって、記憶は幼い頃の、亡くなってしまった頃の少女のままなのだ。だからこの感情がなんなのかは分かるはずもなく、ただリュシアンに会いたい、また抱き締めて貰いたいと考えては恥ずかしくなって一人顔を赤らめていたのだ。
 
 そんなリュシアンとやっと会えて、シオンの心臓はドキドキがずっと止まらない状態だった。

 そしてそれはリュシアンも同様で、ジョエルから毎日シオンの様子の報告を受けてはいたが、会うのは自分の元から去って行った時以来で、また同じように顔を見せてくれずに去られたらと緊張していた。

 しかし今日は言わなければならないと、リュシアンはシオンの元を訪れたのだ。


 
「ノア、その……久しぶり」

「うん、リアム、そう、だね」

「ちゃんと食事は摂ってたかな? また痩せたように感じるよ」

「ちゃんと食べてたよ。ここの食事は美味しいから、食べないと勿体ないなくて……」

「ハハ、そうだな。でも無理はしなくても良いからな。 食べたい物を食べられるだけで良いんだから」

「うん」

「って、こんな事を言いたいんじゃなくて、いや、この事も必要なんだけど、その……会いたかった」

「うん……」

「俯かないで、ちゃんと顔を見せて欲しいんだ」

「嫌、じゃ……ない?」

「嫌なものか。何度も言うけど、君とあの女は全く違う。ノアは……シオンの顔はとても美しいんだ。あの女とは比べモノにならない」

「そ、そうかな……」

「そうだよ。だからちゃんと顔を見せて。ずっとずっと、君の顔が見たくて仕方がなかったんだ」

「リアム、ごめんなさい。私……」

「分かってる。僕を思っての事だったんだろう? 君はいつもそうだ。僕の為に自分が犠牲になろうとする」

「そんな事はないよ。だってリアムにはいつも助けて貰ってたもの」

「僕がしてきた事は僅かな事だよ。結局ノアを救えなかったし……」

「私は何もしてないよ?」

「そうじゃないんだ。ノアには記憶が無いかもそれないけど、シオンとして生まれ変わってから、僕をずっと助けてくれていたんだよ」

「そうなの?」

「あぁ。だから僕はノアとシオンの恐怖を取り除くと決めたんだ」

「それはどうやって?」

「それをね、今日はどうしても言いたくて会いに来たんだ」

「そうなんだね」

「だけどその前に良いかな』

「うん?」


 シオンが返事をする前に、リュシアンはシオンを抱き締めた。急にそうされてシオンは凄く驚いたが、もちろん嫌ではなかった。それどころか、そうして貰えるのをずっと待っていたのだ。

 ギュッとシオンをキツく抱き締めるリュシアンの背中に手を回し、シオンもリュシアンを抱き締め返す。


「あぁ……やっとこうして君を抱き締めることができた。ずっとこうしたかったんだ」

「ん……私も……」

「本当に? 本当にそう思ってくれてる?」

「うん。本当だよ?」

「あぁ良かった……」


 リュシアンは嬉しくて、思わず腕に力を込めてしまいそうになるが、ひ弱なシオンの体を労らなければと、思いとどまる。
 でもやっぱり……


「口付けしても、いい?」

「えっ?」

「ダメ、かな……」

「えっと、どう答えたら良いのかな……えっとね、あのね、その……」

 
 言ってる途中でそれは遮られた。シオンの唇はリュシアンの唇に塞がれてしまったからだ。

 驚いたけれど、シオンは顔を逸らす事はしなかった。嫌じゃなかったからだ。

 優しく何度も唇を重ね、その柔らかさを確認するように啄んでいく。

 温かい唇に、シオンはうっとりしながらリュシアンに任せ続けた。でもやっぱりどう息を吸って良いのか分からずに苦しくなって下を向く。


「ごめん、我慢できなかった」

「ううん。ちょっと息継ぎが難しくて」

「ハハ、そっか。そっか……」

 
 もう一度ギュッとして、今までの時間を補うように、これまでのわだかまりを無くすように二人は抱き合い続けた。

 それを引き裂いたのは、来客を知らせるセヴランの声だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪で殺された悪役令嬢は精霊となって自分の姪を守護します 〜今更謝罪されても手遅れですわ〜

犬社護
ファンタジー
ルーテシア・フォンテンスは、《ニーナ・エクスランデ公爵令嬢毒殺未遂事件》の犯人として仕立て上げられ、王城地下の牢獄にて毒殺されてしまうが、目覚めたら精霊となって死んだ場所に佇んでいた。そこで自分の姪と名乗る女の子《チェルシー》と出会い、自身の置かれた状況を知る。 《十八年経過した世界》 《ルーテシアフォンテンスは第一級犯罪者》 《フォンテンス家の壊滅》 何故こんな事態となったのか、復讐心を抑えつつ姪から更に話を聞こうとしたものの、彼女は第一王子の誕生日パーティーに参加すべく、慌てて地上へと戻っていく。ルーテシアは自身を殺した犯人を探すべく、そのパーティーにこっそり参加することにしたものの、そこで事件に遭遇し姪を巻き込んでしまう。事件解決に向けて動き出すものの、その道中自分の身体に潜む力に少しずつ目覚めていき、本人もこの力を思う存分利用してやろうと思い、ルーテシアはどんどん強くなっていき、犯人側を追い詰めていく。 そんな危険精霊に狙われていることを一切知らない犯人側は、とある目的を達成すべく、水面下で策を張り巡らせていた。誰を敵に回したのか全てを察した時にはもう手遅れで……

悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】乙女ゲームの悪役令嬢である公爵令嬢カロリーナ・シュタールに転生した主人公。 だけど、元はといえば都会が苦手な港町生まれの田舎娘。しかも、まったくの生まれたての赤ん坊に転生してしまったため、公爵令嬢としての記憶も経験もなく、アイデンティティは完全に日本の田舎娘。 高慢で横暴で他を圧倒する美貌で学園に君臨する悪役令嬢……に、育つ訳もなく当たり障りのない〈ふつうの令嬢〉として、乙女ゲームの舞台であった王立学園へと進学。 ゲームでカロリーナが強引に婚約者にしていた第2王子とも「ちょっといい感じ」程度で特に進展はなし。当然、断罪イベントもなく、都会が苦手なので亡き母の遺してくれた辺境の領地に移住する日を夢見て過ごし、無事卒業。 ところが母の愛したミカン畑が、安く買い叩かれて廃業の危機!? 途方にくれたけど、目のまえには海。それも、天然の良港! 一念発起して、港湾開発と海上交易へと乗り出してゆく!! 乙女ゲームの世界を舞台に、原作ストーリー無視で商才を開花させるけど、恋はちょっと苦手。 なのに、グイグイくる軽薄男爵との軽い会話なら逆にいける! という不器用な主人公がおりなす、読み味軽快なサクセス&異世界恋愛ファンタジー! *女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.9.1-2)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます! *第17回ファンタジー小説大賞で奨励賞をいただきました!

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵
ファンタジー
 伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。  そんな王太子と聖女候補はルシアナが絶望感する様子を楽しみにしている様子。  けれども、今いるグレール王国には未来が無いと考えていたルシアナは追放を喜んだ。 「国外追放になって悔しいか?」 「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」  悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。  その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。  断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。 ※他サイトでも連載中です。  毎日18時頃の更新を予定しています。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

処理中です...