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41話 魔物の出現
しおりを挟む突然の悲鳴に、皆が声のした方に目をやる。
しかしここからでは何が起こっているのか分からない。森の入口辺りから悲鳴は聞こえていて、それは今も続いている。
只事ではない。何かが起こっている。それは明白なのだが、森の入口から離れた場所にあるここでは、何が起こっているのか見当もつかなかった。
だけどここで大人しく座っている訳にはいかない。慌ただしい悲鳴があちこちから聞こえだし、騒然とした雰囲気は徐々に広がりつつあって、更に人々が何かに逃げるようにバタバタと走っている。
テーブルにいた王女も他の貴婦人達も、何事かと席を立つ。シオンも立とうとしたが、左脚に思うように力が入らずにすぐに上手く立てない。
慌ててジョエルが駆けつけ、シオンに手を貸し支えるが、そのせいで皆よりも出遅れてしまった。
何とかテーブルから離れて、皆が逃げている方向へと向かおうとするが、一体何に追われているのかと確認しようと森の入口の方を見て驚いた。
「なに……あれ……」
遠目に見えたのは得体の知れないモノ。大きな体躯で獣のように全身茶色の毛に覆われている。熊のような出で立ちだが、顔は梟のように見える。それが二足歩行でズンズンとこちらに向かってきていたのだ。
魔物だ。この広場に魔物が入り込んだのだ。
「な、なんで……!」
王都にほど近いこの森には魔物はいないはずだ。だからこの森で狩猟大会は毎年行われている。これまでに魔物が出たと言う話も聞いた事がない。
だから結界も然程強いものではなく、この森に出没する獣に合わせて強度は低めなのだ。
だが魔物であれば張られた結界等すぐに破ってしまう。なぜ魔物がこの森に現れたのかは分からないが、人々が集まる場所へ餌を求めてやって来たのだろう。
初めて巨大な魔物を見たシオンは、その恐ろしい姿にガタガタと震えだす。只でさえ出遅れているし足も上手く動かないのに、こんな所で立ち止まって良い訳が無いが……
「お嬢様! 早く逃げましょう!」
「わ、分かっているわ……」
足を動かそうとするも、なかなか前に進まない。ジョエルはそんなシオンの腰を差支え、何とか引きずるようにして前に進んでいく。冷静に見えてジョエルも焦っていた。魔物を見たのはジョエルも初めてだったのだ。
だがここで自分が狼狽えていてはいけない。その思いから何とかシオンを支え逃げようとしていた。
その頃、公爵家の馬車の中で眠っていたメリエルは外の騒がしい声にようやく目を覚ました。
辺りをキョロキョロ見て、まだ自分が馬車の中にいるのを知った。そして布団代わりに膝掛けが掛けられているのを見て、あのまま眠ってしまった事を酷く後悔した。
すぐに馬車から降りて辺りを見渡すが、何故か人々は何かに逃げているように走っている。一体シオンは何処にいるのだろうかと、首をキョロキョロさせてその行方を探す。
しばらくそうしていて、ハッとする。遠目に美しい銀髪が見えた。金髪を持つ人は多いが銀髪はとても珍しいので、メリエルはそれがシオンだとすぐに気づいた。
近くには金髪の人もいるし、ドレスは自分の貸出し手を加えた紫色のドレスだし、あれはシオンに間違いないと、メリエルは確信してそこまで駆けていく。
「お嬢様! 気をしっかり持ってください! 早く行きましょう!」
「えぇ、えぇジョエル! そうね、そうよね!」
「シオンお嬢様!」
「え?! メリエル?!」
やっと来れたとでも言わんばかりに、メリエルはシオンとジョエルのそば迄たどり着いた。
息を切らしながら、上手く歩けそうにないシオンを支えるジョエルとは反対側でシオンを支える。
「シオンお嬢様、大丈夫ですか? ところで、一体何が起こっているんです?」
「気づいてなかったのですか?! 魔物がこちらに向かってきているんですよ!」
「え?! 魔物?!」
「はい! ですから早く逃げないと!」
「そうですね! でも何処に……っ!」
モタモタと三人で縺れるように逃げていくも、やはりなかなか進むことが出来ずにいる。その事に申し訳ない気持ちになっているのはシオンだった。
「ジョエル、メリエル! わたくしの事はいいから逃げてちょうだい!」
「お嬢様?! 何を言っているんですか!」
「私達だけで逃げられる訳ないじゃないですか!」
「でもこのままじゃ……!」
さっきは遠目に見ていた魔物が、かなり近くまで来ている事に気づく。逃げ遅れているシオン達に当たりをつけたようで、アウルベアは狙いを定めたようにこちらに向かって来ていたのだ。
一方リュシアンは、魔物が広場に出たと言う知らせを受けてすぐに広場へと踵を返し戻って行った。
魔物討伐なら今大会で一番経験があるのはリュシアンだったし、そうで無くとも誰かに任せるなんて事はしない。今日は国王陛下も来られているのだ。忠実な家臣としても駆け付けなければならないと心得ているからだ。
シオンもいるが……
大丈夫だろうか。ちゃんと逃げられているだろうか。そばにいつも侍従がいるからきっとシオンは守られているはず。今日はメリエルの姿が見えなかった。ここには来ていないようで良かった。
そんな事を考えながら大急ぎで馬を走らせる。
リュシアンだけでなく他にも数人、魔物を討伐しようとする同士もやって来た。
広場に到着すると、あちらこちらから悲鳴があがり、皆が逃げていく姿が見えた。
そして遠目に見えた魔物が向かっている先に、メリエルの姿があるのを見つける。
その時リュシアンの目に映っていたのは、メリエルの姿だけだったのだ。
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