叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
41 / 86

41話 魔物の出現

しおりを挟む

 突然の悲鳴に、皆が声のした方に目をやる。

 しかしここからでは何が起こっているのか分からない。森の入口辺りから悲鳴は聞こえていて、それは今も続いている。

 只事ではない。何かが起こっている。それは明白なのだが、森の入口から離れた場所にあるここでは、何が起こっているのか見当もつかなかった。

 だけどここで大人しく座っている訳にはいかない。慌ただしい悲鳴があちこちから聞こえだし、騒然とした雰囲気は徐々に広がりつつあって、更に人々が何かに逃げるようにバタバタと走っている。

 テーブルにいた王女も他の貴婦人達も、何事かと席を立つ。シオンも立とうとしたが、左脚に思うように力が入らずにすぐに上手く立てない。

 慌ててジョエルが駆けつけ、シオンに手を貸し支えるが、そのせいで皆よりも出遅れてしまった。

 何とかテーブルから離れて、皆が逃げている方向へと向かおうとするが、一体何に追われているのかと確認しようと森の入口の方を見て驚いた。

 
「なに……あれ……」


 遠目に見えたのは得体の知れないモノ。大きな体躯で獣のように全身茶色の毛に覆われている。熊のような出で立ちだが、顔は梟のように見える。それが二足歩行でズンズンとこちらに向かってきていたのだ。
 
 魔物だ。この広場に魔物が入り込んだのだ。


「な、なんで……!」


 王都にほど近いこの森には魔物はいないはずだ。だからこの森で狩猟大会は毎年行われている。これまでに魔物が出たと言う話も聞いた事がない。
 だから結界も然程強いものではなく、この森に出没する獣に合わせて強度は低めなのだ。

 だが魔物であれば張られた結界等すぐに破ってしまう。なぜ魔物がこの森に現れたのかは分からないが、人々が集まる場所へ餌を求めてやって来たのだろう。
 
 初めて巨大な魔物を見たシオンは、その恐ろしい姿にガタガタと震えだす。只でさえ出遅れているし足も上手く動かないのに、こんな所で立ち止まって良い訳が無いが……
 

「お嬢様! 早く逃げましょう!」

「わ、分かっているわ……」


 足を動かそうとするも、なかなか前に進まない。ジョエルはそんなシオンの腰を差支え、何とか引きずるようにして前に進んでいく。冷静に見えてジョエルも焦っていた。魔物を見たのはジョエルも初めてだったのだ。
 だがここで自分が狼狽えていてはいけない。その思いから何とかシオンを支え逃げようとしていた。

 その頃、公爵家の馬車の中で眠っていたメリエルは外の騒がしい声にようやく目を覚ました。
 
 辺りをキョロキョロ見て、まだ自分が馬車の中にいるのを知った。そして布団代わりに膝掛けが掛けられているのを見て、あのまま眠ってしまった事を酷く後悔した。

 すぐに馬車から降りて辺りを見渡すが、何故か人々は何かに逃げているように走っている。一体シオンは何処にいるのだろうかと、首をキョロキョロさせてその行方を探す。

 しばらくそうしていて、ハッとする。遠目に美しい銀髪が見えた。金髪を持つ人は多いが銀髪はとても珍しいので、メリエルはそれがシオンだとすぐに気づいた。
 近くには金髪の人もいるし、ドレスは自分の貸出し手を加えた紫色のドレスだし、あれはシオンに間違いないと、メリエルは確信してそこまで駆けていく。

 
「お嬢様! 気をしっかり持ってください! 早く行きましょう!」

「えぇ、えぇジョエル! そうね、そうよね!」

「シオンお嬢様!」

「え?! メリエル?!」


 やっと来れたとでも言わんばかりに、メリエルはシオンとジョエルのそば迄たどり着いた。
 息を切らしながら、上手く歩けそうにないシオンを支えるジョエルとは反対側でシオンを支える。


「シオンお嬢様、大丈夫ですか? ところで、一体何が起こっているんです?」

「気づいてなかったのですか?! 魔物がこちらに向かってきているんですよ!」

「え?! 魔物?!」

「はい! ですから早く逃げないと!」

「そうですね! でも何処に……っ!」


 モタモタと三人で縺れるように逃げていくも、やはりなかなか進むことが出来ずにいる。その事に申し訳ない気持ちになっているのはシオンだった。


「ジョエル、メリエル! わたくしの事はいいから逃げてちょうだい!」

「お嬢様?! 何を言っているんですか!」

「私達だけで逃げられる訳ないじゃないですか!」
 
「でもこのままじゃ……!」


 さっきは遠目に見ていた魔物が、かなり近くまで来ている事に気づく。逃げ遅れているシオン達に当たりをつけたようで、アウルベアは狙いを定めたようにこちらに向かって来ていたのだ。

 一方リュシアンは、魔物が広場に出たと言う知らせを受けてすぐに広場へと踵を返し戻って行った。

 魔物討伐なら今大会で一番経験があるのはリュシアンだったし、そうで無くとも誰かに任せるなんて事はしない。今日は国王陛下も来られているのだ。忠実な家臣としても駆け付けなければならないと心得ているからだ。

 シオンもいるが……

 大丈夫だろうか。ちゃんと逃げられているだろうか。そばにいつも侍従がいるからきっとシオンは守られているはず。今日はメリエルの姿が見えなかった。ここには来ていないようで良かった。

 そんな事を考えながら大急ぎで馬を走らせる。
 
 リュシアンだけでなく他にも数人、魔物を討伐しようとする同士もやって来た。

 広場に到着すると、あちらこちらから悲鳴があがり、皆が逃げていく姿が見えた。
 そして遠目に見えた魔物が向かっている先に、メリエルの姿があるのを見つける。

 その時リュシアンの目に映っていたのは、メリエルの姿だけだったのだ。 

 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪で殺された悪役令嬢は精霊となって自分の姪を守護します 〜今更謝罪されても手遅れですわ〜

犬社護
ファンタジー
ルーテシア・フォンテンスは、《ニーナ・エクスランデ公爵令嬢毒殺未遂事件》の犯人として仕立て上げられ、王城地下の牢獄にて毒殺されてしまうが、目覚めたら精霊となって死んだ場所に佇んでいた。そこで自分の姪と名乗る女の子《チェルシー》と出会い、自身の置かれた状況を知る。 《十八年経過した世界》 《ルーテシアフォンテンスは第一級犯罪者》 《フォンテンス家の壊滅》 何故こんな事態となったのか、復讐心を抑えつつ姪から更に話を聞こうとしたものの、彼女は第一王子の誕生日パーティーに参加すべく、慌てて地上へと戻っていく。ルーテシアは自身を殺した犯人を探すべく、そのパーティーにこっそり参加することにしたものの、そこで事件に遭遇し姪を巻き込んでしまう。事件解決に向けて動き出すものの、その道中自分の身体に潜む力に少しずつ目覚めていき、本人もこの力を思う存分利用してやろうと思い、ルーテシアはどんどん強くなっていき、犯人側を追い詰めていく。 そんな危険精霊に狙われていることを一切知らない犯人側は、とある目的を達成すべく、水面下で策を張り巡らせていた。誰を敵に回したのか全てを察した時にはもう手遅れで……

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵
ファンタジー
 伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。  そんな王太子と聖女候補はルシアナが絶望感する様子を楽しみにしている様子。  けれども、今いるグレール王国には未来が無いと考えていたルシアナは追放を喜んだ。 「国外追放になって悔しいか?」 「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」  悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。  その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。  断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。 ※他サイトでも連載中です。  毎日18時頃の更新を予定しています。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

処理中です...