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苛立ち
しおりを挟む話が終わると、私は用が済んだとばかりに転移陣ですぐに領地に帰ってきた。国王からは
「素っ気ない!」
とグチグチ文句を言われてしまったたが、私のいない間に邸にエヴェリーナ嬢がいること自体が落ち着かないのだ。
自室に着いて着替えをしてからすぐにサラサの元へ足を運ぼうとしたところでエヴェリーナ嬢に会う。
どうやら私が帰ってくるのを待っていたようで、自室を出た所で待ち伏せされていたのだ。
「ヴィルヘルム様、おかえりなさいませ」
「……エヴェリーナ嬢。ここでの生活には飽きた頃だろう。そろそろ王都の御自宅に帰られるが良い」
「いえ! いいえ! そんな事はありません! わたくしはこの邸が気に入っております!」
「気に入って頂けたとしても、貴女には帰って頂きたく思っている。婚約の話は受け入れられないのでな」
「どうしてなのですか?! わたくしはアンジェリーヌだと何度もお伝えしているではありませんか! お願い致します! 信じてくださいませ!」
「クロティルド王女殿下にお会いしてきた」
「えっ!」
「貴女の事は聞いてきた。この婚約の話に何か思惑があるかと思ってね。ウルキアガ伯爵家の情報を探らせていたのだが、それに構うあまり貴女の情報は疎かにしてしまった」
「ち、違います! わたくしはクロティルド王女殿下が言われたように何もしてはおりません!」
「王女殿下が何と言ったか分かっている、と言うことだね?」
「そ、そうではありませんが、その……わ、わたくしは濡れ衣を着せられたのでございます! クロティルド王女殿下の持ち物を盗んだとして、苛められもしました! ですがわたくしはそんな事はしておりません!」
「息をするように嘘を吐く、か……いや、そうでなかったとしても、私は誰とも婚姻を結ぶつもりはない。早々に帰り支度をして頂けないか。貴女達がいると、この邸の者は通常に働けなくなってしまう」
「あの侍女に何か言われたのですね?! やっぱり大袈裟に落ちただけだったのだわ!」
「大袈裟に落ちた?」
「わざと階段から落ちて自分に目を向けられるようにしたのです! それもあの侍女の策略です!」
「サラサが階段から落ちたのか?!」
階段から落ちたとはどういう事だ?! サラサは無事なのか?!
どうなっているのかが気になって、すぐにその場を離れようとしたが、それはエヴェリーナ嬢に阻まれてしまう。
逸る気持ちを抑えられないのに、立ちはだかり私の胸に寄り添おうとするエヴェリーナ嬢には、流石に苛立ちしか覚えなかった。
「こんな事はやめて貰えないか、エヴェリーナ嬢」
「わ、わたくしはアンジェリーヌです! ヴィルヘルム様が愛してくださったアンジェリーヌなんです!」
「そんな事は今はどうでも良い! とにかく私はサラサの元に……」
「いいえ! わたくし達は今こうやって再び会うことができたのです! わたくしを見てくださいませ! ヴィルヘルム様はわたくしへの罪を気になさっているんでしょう? ですがわたくしはヴィルヘルム様に罪は問いません! そう申し上げたではありませんか!」
「ハ、ハ……罪だと? 迎えに行けなかった事が罪だと?」
「そ、うです。ヴィルヘルム様が迎えに来てくださらなかったから、わたくしはこうやって生まれ変わってまで会いに……」
「そんな些細な事を貴女は罪だとでも言いたいのか……?」
「え……些細……?」
「では教えてやろう。私の本当の罪を……」
「ほ、本当の罪……?」
少し怯んだエヴェリーナ嬢を肩を掴んで引き剥がし、ギロリと睨み付けながら言い放つ。
「私は愛した人を殺したのだ……この手でな! 剣を深々とその胸に突き刺して……! 誰よりも愛した、ただ一人のその人を!!」
「ひっ!」
「罰なら受けている! 私が生き続けているのがその証拠だ! それでも罪は消えない! 決して許される事ではないからだ!」
「あ、あ、あぁ……っ!」
「それでも私を許すと言うのか?! 言ってみろ!!」
「そ、それ、は……」
「出ていけ! 私を謀ろうとした事は必ず償わせるぞ!」
「い、いや、いやぁぁっ!!」
私を恐ろしいモノでも見るような目で見て、エヴェリーナ嬢はガタガタと震えながら、侍女に支えられ覚束ない足取りで逃げるようにこの場を走り去った。
ため息がこぼれ落ちる。
女性をあんなふうに怖がらせてしまうとは、私も落ちぶれたものだな。しかし、サラサが階段から落ちたと言うのに駆けつける事を阻まれてしまって、私は冷静さを欠いてしまったようだ。
とにかくサラサの無事を確認しなければ!
急いでサラサの部屋へ向かうと、丁度部屋からヘレンが出てたところで、私を見つけると慌てて駆け寄ってきた。
「あ、ご主人様! おかえりなさいませ!」
「ヘレン、サラサが階段から落ちたと聞いた。大丈夫なのか?」
「その……サラサちゃんはエヴェリーナ様に肩を突かれたようで、それで落ちてしまったようなのです」
「何?! エヴェリーナ嬢がそうしたのか?!」
自分が突き落とした癖に、大袈裟に落ちたとはなんと酷い言い種だ……! とんでもない女だな。この邸に迎え入れるのではなかった!
図らずともこの邸に立ち入らせてしまった事を後悔するも、それよりも今はサラサが心配だ。
「はい。丁度お医者様が来られたところで、その現場を目撃されていたんです。ご主人様、以前サラサちゃんの為にお医者様を呼んでくださっていたでしょう? ですから今診てもらっているところなんですが……」
「それでどうした?! サラサは無事なんだな?!」
「頭を打ったみたいで……だからか、その……うわ言のように何かを言っているのですが、それが何の事を言ってるのかさっぱり分からなくて……夢でも見てるのかも知れませんが、殆どが辛そうに言ってるので、聞いているこっちも辛くなってしまって……」
「分かった。医師は傍についてくれているんだな?」
「はい」
どうなっているのかは分からないが、私は出てきたばかりのヘレンと共にサラサの部屋へ入っていった。
ベッドに横たわるサラサを見て、私は驚いて立ち尽くしてしまった。
それはサラサの髪色が深紅だったからだ。
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