慈愛と復讐の間

レクフル

文字の大きさ
上 下
61 / 79

犯した過ち

しおりを挟む

 薬草の花を胸に大切に抱えていても、今のウルスラには早く歩く事は叶わない。

 それでも一生懸命フラフラと歩き、なんとか王城を出る事ができた。

 襲ってくる魔物に騎士団は四苦八苦していた。

 それもそうだ。こんな事は想定外の事であり、魔物がこの世に存在する等、どこのおとぎ話だと笑っていた程だったのだ。

 ウルスラはこの状況を前にも見た事を思い出していた。その時、いつも自分は泣いていた。だからこうなった。これは自分の犯した罪なのだ。

 だから何とかしないと。でもどうすれば……

 魔物は人々を襲い、魔物同士でも争い合う。けれどウルスラの事は襲わない。ウルスラを避けるようにして他の目についた者を襲っていく。
 
 前にも見たけれど、やっぱりそれは恐ろしくって、自分がしてしまった事なんだろうけど、足がすくんで上手く前に進む事ができなくなってくる。

 ふと花を見ると、いつもボンヤリと光っている花は段々と消えていくように光を無くしてしまっていた。それにはウルスラは焦った。この花のお陰で歩けているのに、こんな所で倒れている場合じゃない。


「どうしたの? 久しぶりのお外で驚いたの? それとも魔物が怖いの?」


 まるで幼子に話しかけるように、ウルスラは花を気遣うように言う。
 花は更にグッタリと首を落とすように萎んでいく。
 明らかに力を無くしていそうな花に、ウルスラは優しく歌を歌った。そうすると花はいつも力を取り戻すように光ってくれるからだ。
 

 
夜の帳が静かに下りてく
星瞬き 銀の光が
降り注ぎゆく それは優しく
あなたを包む 愛しい人よ

静寂の中 小さな虫の
かすかに響く 子守唄のよに
森の梟 揺れる葉の
あなたを包む 愛しい人よ



 その歌声はゆっくりと広がっていく。下を向いていた花は徐々に上を向いて眩しく光りだす。

 こんな時に歌なんて歌って、こんな所に武装もしていない少女が花を抱えて何をしているんだと、ウルスラを見た騎士は不思議に思ってその様子を見ていたが、その歌はなんとも心地よく、ずっと聴いていたくなるような、心が洗われるようなそんな感じがして、こんな時なのに手を止めて見入ってしまった程だった。

 しかもその不思議な歌は、魔物の姿を元の人の姿に戻していったのだ。

 今まで襲いかかっていた魔物が急にその動きを止め、憑き物が落ちたように少しずつ体が変化して人へと戻っていく。
 それには対峙していた騎士達も何事かと驚いた。
 そして元に戻った人達は、なぜ自分がここにいるのか、何を今までしていたのかを全く覚えていなかったのだ。
 
 何が起こってそうなったのか。魔物になった事にも疑問は感じたが、魔物が元に戻った事にも疑問が残った。

 何か変わった事が起こったというのであれば、それは花を抱えた少女が歌を歌ったという事だった。

 ウルスラも魔物が人へと戻った様子を見て、自分が歌を歌えば良いのではないかと気がついた。

 それから王都の方へ歩きながら、ウルスラは歌を歌った。その歌を聴いた者達は魔物であれ人であれ、誰もがピタリと止まりその歌声に耳を傾ける。
 そしてその歌を、皆も口にしていったのだ。

 歌声は人から人へ伝染するように広がっていく。 

 ウルスラを中心として、歌は波紋のように広がっていき、一人、また一人と、その歌を口ずさんでいく。やがてそれは大きな歌声へとなっていき、王都中へと響いていった。

 歌は、魔物の対応に追われていたルーファスの元にも届いてきた。
 その歌を聴いてルーファスは驚きを隠せなかった。

 それは幼い頃、ルーファスがウルスラに教えた歌。ルーファスの母親が作った、ルーファスとヴァイスの為に作られた歌だった。この国の言葉ではなく、遠い国の言葉の歌だった。

 それがなぜこんなふうに、皆が口ずさむのか。
 

「ウルスラ……?」


 辺りを見渡し、ウルスラの存在を探す。この歌はウルスラだけに自分が教えた歌なのに、何故皆が知っているのか。この状況に戸惑いつつ、ルーファスはウルスラの姿を探しだす。

 気づけばいつしか魔物の姿はなくなっていた。人々は呆然と立ち尽くし、幸せそうな顔をして歌を歌っている。

 この歌を聴くと、心が暖かくなる。優しい気持ちになる。荒れていた心も、さっきまでフューリズを憎む気持ちに占領されていたのが嘘のように晴れて、ただずっとこの歌を聴いていたくなる。
 ルーファスはそんな思いを胸に、その場に佇んで目を閉じて歌を聴いていた。

 気づくといつしか歌はやんでいた。

 どれくらいそうしていたのか、それは自分にも分からなかった。気づけば辺りは静寂に包まれていて、皆が同じように呆然と立ち尽くした状態だった。
 幸せな気持ちが胸にあって、その余韻にずっと浸っていたいと、誰もが思っていたのだ。
 
 けれどルーファスは辺りを見てハッと気づく。

 暴動はなくなった。皆が冷静になっていて、さっきまでの争いはなんだったのかと思う程に状況は一変していた。

 しかし、見渡す限りの死体の数。怪我人も多く、倒れて動けない者も多かった。

 とにかく怪我人を助けないと。ルーファスが動き出すと、それに気づいたナギラスとリシャルトも動き出す。
 騎士達も、怪我や火傷を免れた人達も、さっきとは打って変わって救助に徹していく。

 ルーファスは、ここで負傷した人達を助けたい、助かればいいのにと思った。

 そう思った瞬間、身体中が淡い緑の光に包まれて、それが球状となり空に高く上がったと思ったら、弾け飛ぶようにして小さくなった光は分散されて広がって舞い落ちていったのだ。

 その光の粒に触れた人にあった傷は跡形もなく消えていく。
 そうして人々から傷や火傷を無くしていく事が出来たのだ。

 その様子を遠目で見ていたウルスラは、そっとその場を離れていった。

 涙を流してしまったせいで、また人を魔物へと変えてしまった。それは意図的では無かったとしても、多くの人々に恐ろしい記憶を残してしまった。
 そればかりか、亡くなった人達も大勢いる。

 それがウルスラには耐えられない事だった。

 自分がここにいては、また知らずに涙を流すかも知れない。さっきは無意識に泣いていた。それがこんな事になってしまった。
 
 ここにいてはいけない……

 こんなに多く人がいる場所に自分がいてはいけない……

 遠くにいるルーファスの姿を見て、後退るようにして離れていく。
 これ以上迷惑はかけられない。傍にいちゃいけない。


「ルー……ごめん、ね……ずっと傍にいるって言ったのに……約束、破っちゃう……」


 王都は落ち着いたとは言えまだ後処理が多く残っていて、騎士や兵士、住人ややって来た街や村の人達も、この現状に困惑しながら救助し、救護され、そして亡くなった人達を一ヶ所へ運ぶ等の作業に追われていた。

 そんな混沌の中、花を胸に抱えてウルスラは王都を後にした。
 
 愛しい人がいるこの場所は、自分のいる場所ではなかった。


「恩は返せたかな? 私、ルーの役に立てたかなぁ? もうあげられるもの、何も無くなっちゃったの……力も……赤ちゃんも……私にはもう……何も……無く……」


 花に向かって言ってる途中で、思わず涙がまた零れそうになった。

 すぐに上を向いて、潤んだ瞳から涙が出てこないようにする。

 ルーファスに贈った花を手離す事が出来なくて、
「贈った物を返して貰うとか、それはダメだよね?」
って独り言のように話し掛けて、しっかり胸に抱きしめたまま、ウルスラは森へと一人消えていった。

 ウルスラの事など知る由もなく、ルーファスは救護作業に追われ、落ち着いたところで報告をしに国王の元へと急ぐ。

 それにはナギラスとリシャルトも共に行くこととなった。
 
 ルーファスはどうしても確認しなければならない事があったのだ。

 王都を襲うように仕向けたのはフューリズだった。

 それならば、今まで一緒に部屋で暮らしていたのは一体誰だったのか。

 様々な可能性と思考を巡らせるが、それよりもフェルディナンに問い質す方が確実なのは明白だった。

 そうしてルーファスは知ることとなる。

 自分が犯してしまった過ちを……
  



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

婚約破棄まで死んでいます。

豆狸
恋愛
婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?

処理中です...