荒雲勇男と英雄の娘たち

レバノン杉騒動

守護神ズワワ その２

「グウウゥ～」
　斧による一撃を弾はじくほどの力を持つビーが現れたことで、ズワワは顔をしかめ、鋭い牙の並んだ口を噛かみしめて唸うなった。
「イサオ、ハトゥアたちと一緒に切った木を持ってって。ズワワこいつはビーが何とかするから」
　巨大斧を再び右肩に担かつぎ、構え直したビーは静かにそう言った。
「グウウ～！　俺おでの育てた杉をよぐも切ぎっだな～！」
　ビーに合わせるかのように、怒いかりに震えるズワワも、右手に持った巨大斧を大上段に構えた。
「許ざんが～！」
　ズワワの咆哮ほうこうが山全体に木霊こだます。その気迫だけでも、勇男いさおは荒れ狂う洪水にさらされる感覚に襲われた。
「早く！」
「わ、分かった！」
　ビーの一喝いっかつで即座に振り返って走る勇男。
　巨大な金属同士がぶつかった重厚な撃音、それによって地面が罅割ひびわれ裂かれる音、衝撃のよって空気が押しやられる感覚を背中に受けながらも、勇男はハトゥアを見つけようと首を巡らせた。
「あっ！　いた！」
　土煙もだいぶ晴れてきていたので、勇男は難なくハトゥアを見つけることができた。
　幸運にも、ハトゥアはすでに意識を取り戻して上体を起こしていた。
「ハトゥアさん！　大丈夫か！　ビーがあいつを足止めしてくれてる！　今のうちに杉を――――――ハトゥアさん？」
　見つけられたのも束つかの間、勇男はハトゥアの異変に気付いた。
　ハトゥアは意識を取り戻していたものの、なぜか放心したようにビーとズワワの方を見つめている。
「なぜだ……なぜ奴が持っているんだ……」
　視線の先、振り下ろされた斧を受け止めたビーは、潰つぶされこそしていなかったが、脚がほとんど地面に埋まってしまっていた。
　だが、ハトゥアが本当に見ていたのは、ビーが受け止めていた、ズワワの持つ黄金の巨大斧だった。
「あれは……ビルガメス王がフワワ討伐とうばつの際に持っていた斧だ……」
「なっ！？」
　それを聞いた勇男も驚き斧を見た。
　丁度その時、ズワワの背後の土煙をかき分け、エーラが槍による突撃を敢行かんこうしていた。
「たあああ！」
　狙うはズワワの背中の中心。多少は外れたとしても胴体のどこかには当たる。
「もらったー！」
　エーラの膂力りょりょくによって突き出された、鋭い槍の穂先ほさきがズワワの背に命中する。
　鋼の槍は、ズワワの背中の肉に吸い込まれるように――――――――――先端から砕けていった。
「な―――」
　エーラが驚きの声を上げるよりも速く、ズワワは身体を捻ひねり、丸太のような左腕を振るった。
「ぐっ！」
　間一髪、ズワワの裏拳を小盾で防いだエーラだったが、勢いまでは殺しきれずに弾き飛ばされた。
「エーラ！」
　ビーが声を上げるも、エーラは地面を削りながら転がり、激しい土煙を立てて木々の陰に吸い込まれていった。
（ビー……それにエーラまで……）
　英雄の血を引く少女たちが、あまりにも簡単に圧倒される様を目にしながら、勇男は視界の端である現象を捉とらえていた。
　ビーが地面にめり込むほどの一撃を放った時、エーラの槍が飴細工あめざいくのように砕ける時、一瞬だが確かに光っていた。
　ズワワの持つ、黄金の巨大斧が。
「あの斧……」
　ハトゥアもそれを見ていたのか、震える唇くちびるから絞しぼり出すように呟つぶやいた。
「神光メラムが宿っている……」