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レバノン杉騒動
外交問題 その5
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「東の山の……杉?」
勇男は東の方向に顔を向けた。城壁の上に来ているとはいえ、今は夜なので、もちろん東の方角は真っ暗で何も見えないが。
「杉が欲しいって言われるのが、ウルク国にとってそんなにマズいことになるのか?」
「他のことであれば応えることはできた。だが東の山の杉だけは、軽々に承諾することはできんのだ」
ハトゥアは葡萄酒が入った瓶を取ると、中身を一口飲んだ。
「杉、か……そういえばウルク国って昔、杉で何かあったって聞いたような」
エーラが思い出すように空を仰いでいると、
「二千年以上前だ。ウルク国は、その東の山の杉を採ったことがある」
葡萄酒の瓶を置いたハトゥアがそう答えた。
「二千年以上って……あ、けど採ったことがあるっていうなら、また採ることができるんじゃ―――」
「おいそれと採ることができないから、我々も頭を悩ませている」
勇男の言わんとしたことを、ハトゥアは苦々しげな声で否定した。
「採ることができないって……じゃあその二千年前はどうやったんだ?」
「二千年前はウルク国の民だけではない。ビルガメス王がいたからこそ、杉が採れたのだ」
ハトゥアは一瞬、勇男の膝で眠るビーに目を向けてから話を続けた。
「かつて良質な木材を求めて東の山に入った木こりたちが、山の守護神の妨害に遭い、ビルガメス王に陳情した。それを聞き届けたビルガメス王は、無二の親友エンキドゥとともに山へ分け入り、その守護神を討ち取った。木こりたちは安心して杉を採れるようになり、ウルク国は良質な木材を手に入れることができた」
「へぇ~、ギルガメ―――あ~、いやいや、ビルガメス王がねぇ。じゃあそれでめでたしめでたし?」
「……杉の木は乱獲されたためにほぼ全滅してしまった。それに、エンリル神が定めた正統な守護神を殺めてしまったことは、行き過ぎた行為だったのではないかと、現在では省みられている」
「全滅……って! じゃあ杉はもう無いってことか!?」
「いや、ある」
慌てふためきそうになった勇男に、ハトゥアは事もなげに告げた。
「全滅したのは二千年以上前のこと。これまでの時間で山には新しい杉が生い茂っている。杉自体はある」
「何だ、あるんじゃん。だったらスパルタークって国が欲しいって言ってる分だけ採って送ってやれば―――」
「新しくなったのは杉だけではないのだ、イサオ殿」
ハトゥアは葡萄酒の瓶を取り、再び一口飲んだ。
「元通りになった東の山を、また新しい守護神が守っている。それも以前より強いかもしれない者が」
「へ? 誰?」
ハトゥアもまた勇男と同じように、遥か東にあるであろう、今は闇に包まれた山の方を見た。
「守護神フワワの息子、ズワワだ」
勇男は東の方向に顔を向けた。城壁の上に来ているとはいえ、今は夜なので、もちろん東の方角は真っ暗で何も見えないが。
「杉が欲しいって言われるのが、ウルク国にとってそんなにマズいことになるのか?」
「他のことであれば応えることはできた。だが東の山の杉だけは、軽々に承諾することはできんのだ」
ハトゥアは葡萄酒が入った瓶を取ると、中身を一口飲んだ。
「杉、か……そういえばウルク国って昔、杉で何かあったって聞いたような」
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「二千年以上前だ。ウルク国は、その東の山の杉を採ったことがある」
葡萄酒の瓶を置いたハトゥアがそう答えた。
「二千年以上って……あ、けど採ったことがあるっていうなら、また採ることができるんじゃ―――」
「おいそれと採ることができないから、我々も頭を悩ませている」
勇男の言わんとしたことを、ハトゥアは苦々しげな声で否定した。
「採ることができないって……じゃあその二千年前はどうやったんだ?」
「二千年前はウルク国の民だけではない。ビルガメス王がいたからこそ、杉が採れたのだ」
ハトゥアは一瞬、勇男の膝で眠るビーに目を向けてから話を続けた。
「かつて良質な木材を求めて東の山に入った木こりたちが、山の守護神の妨害に遭い、ビルガメス王に陳情した。それを聞き届けたビルガメス王は、無二の親友エンキドゥとともに山へ分け入り、その守護神を討ち取った。木こりたちは安心して杉を採れるようになり、ウルク国は良質な木材を手に入れることができた」
「へぇ~、ギルガメ―――あ~、いやいや、ビルガメス王がねぇ。じゃあそれでめでたしめでたし?」
「……杉の木は乱獲されたためにほぼ全滅してしまった。それに、エンリル神が定めた正統な守護神を殺めてしまったことは、行き過ぎた行為だったのではないかと、現在では省みられている」
「全滅……って! じゃあ杉はもう無いってことか!?」
「いや、ある」
慌てふためきそうになった勇男に、ハトゥアは事もなげに告げた。
「全滅したのは二千年以上前のこと。これまでの時間で山には新しい杉が生い茂っている。杉自体はある」
「何だ、あるんじゃん。だったらスパルタークって国が欲しいって言ってる分だけ採って送ってやれば―――」
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「元通りになった東の山を、また新しい守護神が守っている。それも以前より強いかもしれない者が」
「へ? 誰?」
ハトゥアもまた勇男と同じように、遥か東にあるであろう、今は闇に包まれた山の方を見た。
「守護神フワワの息子、ズワワだ」
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