395 / 404
竜の恩讐編
鬼と姫と女神と・・・ その13
しおりを挟む
「く―――」
アテナの左腕に異様な感覚が走った。痛みはないが、肉体を断裂された感触だけが伝わってくる。
日本刀による鋭い斬撃が、痛覚をも追い越したダメージを見舞ってきたのだ。
アテナは焦りから罠に飛び込んだことを歯噛みした。
天坂千春は、これまで戦ってきた相手とはまるで違うと、アテナ自身が知っていたはずだったからだ。
だが、幸いにもアテナの左腕は切断までには至っていなかった。
アテナ愛用の手甲が斬撃を鈍らせ、決定的なダメージまでは防いだ。
深手には違いないが、まだ戦いを継続できる状態は保っていた。
「―――おおお!」
足払いからさらに切り返し、アテナは槍を右に振るった。
「くお!」
返ってきた槍の穂先は、宙に跳んでいた千春の右脹脛を斬りつけた。
アテナは左腕を深く斬られ、千春は右脹脛を割られた。
互いに予想外の傷を負ってしまい、二人はバランスを崩して倒れこんだ。
「はあ……はあ……はあ……」
「痛っつつ……あそこからあたしの脚を切りにくるなんて……女神サマもやるわね……」
静かに血を流す脹脛を見つめながら、千春はアテナの戦いぶりを賞賛した。
「手甲諸共に私の腕を斬ったその武練……この現代において幾人とも在りはしないでしょう……しかし……それでも!」
アテナは槍を杖代わりにして立ち上がった。
「ユウキの元へ行かせるわけにはいきません!」
「あはは……面白い……だったら―――余計にその面子へし折りってやりたくなる!」
脹脛からの出血をものともせず、千春もまた立ち上がる。
「止めてみせます! アマサカチハル!」
「ぐうの音も出ないくらいに降してやる! 女神アテナ!」
とはいえ、千春も脹脛を切られたことは浅い傷とは言えない。
利き足でなかっただけ僥倖だが、機動力は確実に落ちている。
アテナと戦いながら結城を仕留めるのは難しくなったと思われたが、
(そうだ、いい方法がある)
名案が浮かんだ千春は、アテナに気付かれないように口角を上げた。
近くで何かが落下する音が聞こえてから、結城はその方向をぼんやりと見つめていた。
カメーリアが処方した麻酔のせいなのか、それとも肉体を蝕む『毒』のせいなのか、結城は周りへの反応が薄くなっている。
(いよいよ、なのかな……)
刺客が山頂まで辿り着くのが先か、『毒』によって命を落とすのが先か。
どちらにしても結城は自身の命運が尽きかけていることを感じ取っていた。
(僕は……)
結城の中で、死別した人々の姿が浮かんでは消えていく。その良し悪しに関わらず。
(ピオニーアさんに……会えるのかな……)
最後にピオニーアの姿が浮かび、結城は再び重くなってきた目蓋を閉じようとした。
もう少しで完全に視界が閉ざされるという時、近くの林が掻き分けられる音がした。
とうとう刺客が来たのかと目を開いていった結城だったが、視界に入ってきた人物を見て目を疑った。
背を曲げて息せき切るその姿は、ブレザーの制服こそ着ていたが、プラチナブロンドの髪と端正な顔は、記憶にある人物と瓜二つだった。
「ピオニーア……さん?」
すでに感覚が喪失した脚で立ち上がり、結城はその人物の名前を呼んだ。
「ハア……ハア……ち……違う……私は……ピオニーアじゃ……ない」
呼吸が回復してきたその人物は、途切れ途切れの言葉で否定した。
やがて結城に真っ直ぐ向き直り、縋るような目で問い質す。
「答えて……お前は……知ってたの?」
アテナの左腕に異様な感覚が走った。痛みはないが、肉体を断裂された感触だけが伝わってくる。
日本刀による鋭い斬撃が、痛覚をも追い越したダメージを見舞ってきたのだ。
アテナは焦りから罠に飛び込んだことを歯噛みした。
天坂千春は、これまで戦ってきた相手とはまるで違うと、アテナ自身が知っていたはずだったからだ。
だが、幸いにもアテナの左腕は切断までには至っていなかった。
アテナ愛用の手甲が斬撃を鈍らせ、決定的なダメージまでは防いだ。
深手には違いないが、まだ戦いを継続できる状態は保っていた。
「―――おおお!」
足払いからさらに切り返し、アテナは槍を右に振るった。
「くお!」
返ってきた槍の穂先は、宙に跳んでいた千春の右脹脛を斬りつけた。
アテナは左腕を深く斬られ、千春は右脹脛を割られた。
互いに予想外の傷を負ってしまい、二人はバランスを崩して倒れこんだ。
「はあ……はあ……はあ……」
「痛っつつ……あそこからあたしの脚を切りにくるなんて……女神サマもやるわね……」
静かに血を流す脹脛を見つめながら、千春はアテナの戦いぶりを賞賛した。
「手甲諸共に私の腕を斬ったその武練……この現代において幾人とも在りはしないでしょう……しかし……それでも!」
アテナは槍を杖代わりにして立ち上がった。
「ユウキの元へ行かせるわけにはいきません!」
「あはは……面白い……だったら―――余計にその面子へし折りってやりたくなる!」
脹脛からの出血をものともせず、千春もまた立ち上がる。
「止めてみせます! アマサカチハル!」
「ぐうの音も出ないくらいに降してやる! 女神アテナ!」
とはいえ、千春も脹脛を切られたことは浅い傷とは言えない。
利き足でなかっただけ僥倖だが、機動力は確実に落ちている。
アテナと戦いながら結城を仕留めるのは難しくなったと思われたが、
(そうだ、いい方法がある)
名案が浮かんだ千春は、アテナに気付かれないように口角を上げた。
近くで何かが落下する音が聞こえてから、結城はその方向をぼんやりと見つめていた。
カメーリアが処方した麻酔のせいなのか、それとも肉体を蝕む『毒』のせいなのか、結城は周りへの反応が薄くなっている。
(いよいよ、なのかな……)
刺客が山頂まで辿り着くのが先か、『毒』によって命を落とすのが先か。
どちらにしても結城は自身の命運が尽きかけていることを感じ取っていた。
(僕は……)
結城の中で、死別した人々の姿が浮かんでは消えていく。その良し悪しに関わらず。
(ピオニーアさんに……会えるのかな……)
最後にピオニーアの姿が浮かび、結城は再び重くなってきた目蓋を閉じようとした。
もう少しで完全に視界が閉ざされるという時、近くの林が掻き分けられる音がした。
とうとう刺客が来たのかと目を開いていった結城だったが、視界に入ってきた人物を見て目を疑った。
背を曲げて息せき切るその姿は、ブレザーの制服こそ着ていたが、プラチナブロンドの髪と端正な顔は、記憶にある人物と瓜二つだった。
「ピオニーア……さん?」
すでに感覚が喪失した脚で立ち上がり、結城はその人物の名前を呼んだ。
「ハア……ハア……ち……違う……私は……ピオニーアじゃ……ない」
呼吸が回復してきたその人物は、途切れ途切れの言葉で否定した。
やがて結城に真っ直ぐ向き直り、縋るような目で問い質す。
「答えて……お前は……知ってたの?」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる