372 / 404
竜の恩讐編
伯爵の血を継ぐ者 その2
しおりを挟む
マスクマンの顔は木彫りの仮面なので、表情をほとんど窺い知ることはできないが、今のマスクマンは確実に顔をしかめたい心情だった。
マスクマンが黒曜石で作った手斧は、黒のスーツ姿の女、ルーシーの左腕を捉え、切断したはずだった。
切り離された左腕は、そのまま地面を転がり、やがて微動だにしない肉の塊と成り果てたはずだった。
だが、ルーシーはそれを拾い上げると、人形の関節を繋げる気安さで切断面を接ぎ、あっさりと元に戻してしまった。
「言ったでしょ? あなたじゃ妾を殺せないって」
ルーシーの左手は握っては開いてを繰り返し、完全に治癒したことを明確に証明している。
これまでも結城たちとともに、様々な怪物たちを相手取ってきたマスクマンでさえ、ルーシーのようなタイプは怖気を感じさせた。
「ねっ? 分かったら通してくれる? 妾たち、この山にいる小林結城にしか用がないから」
先程まで腕を切り落とされていたとは思えない笑顔でルーシーは説く。
それもまた薄気味悪かったが、マスクマンは申し出に受けるつもりは全くなかった。
「NΔ4→(断らせてもらおう)」
「……これでも妾、平和主義なんだけどな~。そもそもあの小林結城、放っておいても遠からず死んじゃうはずだけど? そこまで強情になって守る意味ある?」
「AΞ5←YG。TΛ1↓TD(別に結城を守ってるつもりはない。そもそも結城は、天逐山まで連れてきてほしいと言っただけだ)」
「なおさら戦う意味ないじゃない。なんで?」
「SΦ8↑AT(強いて言うなら八つ当たりだな)」
「……そう……じゃあ死ねとは言わないわ―――」
ルーシーは右手の指の間に三本の投擲用の針を挟み込むと、
「―――死なない程度に壊れて」
マスクマンに向けて投げ放った。
「!?」
マスクマンは横に跳んで針を回避した。
投擲武器を使うのはマスクマンも同じだが、弧状に飛ぶブーメランと違い、投げ針は的に直進してくる上に、投擲のモーションも小さい。
マスクマンほどの鋭敏な感覚がなければ、針が飛んできたということさえ気付かなかっただろう。
(DΘ8……BΣ!(厄介だな……だが!))
マスクマンは背中に装備していたブーメランに手をかけると、
(RΞ3↓!(引くわけにいくか!))
ルーシーに向かって抜き打つように投げ放った。
(背中からちょっと見えてたのはブーメランか)
夜を山中を弧を描いて飛ぶ物を、ルーシーの夜目は正確に捕捉していた。
(と、なれば―――)
死角に回り込んで迫り来るブーメランを、ルーシーはあえて避けてみせた。
そこへ避けることを見越していたマスクマンが、手斧を振り上げて突撃してくる。
ルーシーは牙を見せて微笑った。
(思ったとおり)
マスクマンの手斧が届く前に、ルーシーは地面を強く蹴り上げた。
人間を超えた力で蹴られた地面は、土石流のようにマスクマンに襲いかかり、突進の勢いを完全に殺した。
そこへルーシーが逆に攻撃を仕掛ける。
吸血鬼特有の鋭い牙が、マスクマンの肩口に噛みつこうと迫る。
「!」
マスクマンはとっさに左腕を前に出し、ルーシーに手首あたりを噛ませた。
牙は深々とマスクマンの手首に食い込むが、すかさずマスクマンは手斧を振りかぶり、ルーシーの左の鎖骨を目がけて打ち下ろした。
こちらも人間以上の力による一撃であり、斧の刃先は鎖骨を割り、肋骨を砕き、心臓にまで達していた。
決着がついたと確信したマスクマンだったが、
「!?」
噛み付いたままのルーシーの目元が笑う様を見て、またも得体の知れない怖気を感じた。
マスクマンが黒曜石で作った手斧は、黒のスーツ姿の女、ルーシーの左腕を捉え、切断したはずだった。
切り離された左腕は、そのまま地面を転がり、やがて微動だにしない肉の塊と成り果てたはずだった。
だが、ルーシーはそれを拾い上げると、人形の関節を繋げる気安さで切断面を接ぎ、あっさりと元に戻してしまった。
「言ったでしょ? あなたじゃ妾を殺せないって」
ルーシーの左手は握っては開いてを繰り返し、完全に治癒したことを明確に証明している。
これまでも結城たちとともに、様々な怪物たちを相手取ってきたマスクマンでさえ、ルーシーのようなタイプは怖気を感じさせた。
「ねっ? 分かったら通してくれる? 妾たち、この山にいる小林結城にしか用がないから」
先程まで腕を切り落とされていたとは思えない笑顔でルーシーは説く。
それもまた薄気味悪かったが、マスクマンは申し出に受けるつもりは全くなかった。
「NΔ4→(断らせてもらおう)」
「……これでも妾、平和主義なんだけどな~。そもそもあの小林結城、放っておいても遠からず死んじゃうはずだけど? そこまで強情になって守る意味ある?」
「AΞ5←YG。TΛ1↓TD(別に結城を守ってるつもりはない。そもそも結城は、天逐山まで連れてきてほしいと言っただけだ)」
「なおさら戦う意味ないじゃない。なんで?」
「SΦ8↑AT(強いて言うなら八つ当たりだな)」
「……そう……じゃあ死ねとは言わないわ―――」
ルーシーは右手の指の間に三本の投擲用の針を挟み込むと、
「―――死なない程度に壊れて」
マスクマンに向けて投げ放った。
「!?」
マスクマンは横に跳んで針を回避した。
投擲武器を使うのはマスクマンも同じだが、弧状に飛ぶブーメランと違い、投げ針は的に直進してくる上に、投擲のモーションも小さい。
マスクマンほどの鋭敏な感覚がなければ、針が飛んできたということさえ気付かなかっただろう。
(DΘ8……BΣ!(厄介だな……だが!))
マスクマンは背中に装備していたブーメランに手をかけると、
(RΞ3↓!(引くわけにいくか!))
ルーシーに向かって抜き打つように投げ放った。
(背中からちょっと見えてたのはブーメランか)
夜を山中を弧を描いて飛ぶ物を、ルーシーの夜目は正確に捕捉していた。
(と、なれば―――)
死角に回り込んで迫り来るブーメランを、ルーシーはあえて避けてみせた。
そこへ避けることを見越していたマスクマンが、手斧を振り上げて突撃してくる。
ルーシーは牙を見せて微笑った。
(思ったとおり)
マスクマンの手斧が届く前に、ルーシーは地面を強く蹴り上げた。
人間を超えた力で蹴られた地面は、土石流のようにマスクマンに襲いかかり、突進の勢いを完全に殺した。
そこへルーシーが逆に攻撃を仕掛ける。
吸血鬼特有の鋭い牙が、マスクマンの肩口に噛みつこうと迫る。
「!」
マスクマンはとっさに左腕を前に出し、ルーシーに手首あたりを噛ませた。
牙は深々とマスクマンの手首に食い込むが、すかさずマスクマンは手斧を振りかぶり、ルーシーの左の鎖骨を目がけて打ち下ろした。
こちらも人間以上の力による一撃であり、斧の刃先は鎖骨を割り、肋骨を砕き、心臓にまで達していた。
決着がついたと確信したマスクマンだったが、
「!?」
噛み付いたままのルーシーの目元が笑う様を見て、またも得体の知れない怖気を感じた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる