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竜の恩讐編

幕間 ピオニーアの行方

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「僕が憶えているのはここまでなんです」
 金毛稲荷神宮こんもういなりじんぐうの一室で三年前の出来事を語っていた結城ゆうきは、不意にそう言ってくくった。
「……では、ピオニーアなる者のその後の安否は?」
 最初に口を開いたアテナに対し、結城は首を横に振った。
「僕が次に気付いた時には、アパートで布団ふとんに寝かされていて……その時、媛寿えんじゅが……ピオニーアさんは……亡くなったって……」
 傷の痛みよりも、当時の記憶がこたえたのか、結城は背を曲げて顔を伏せた。
「では、結城さんもそのピオニーアという方の最後は見届けていない、と?」
 おうぎを口元に当て、目を細めながら問うキュウ。
「……媛寿が嘘を言うはずありません。それに、媛寿のあの時の顔は……」
 ピオニーアの訃報ふほうを伝えた時の媛寿の表情を、結城は今でも鮮明に憶えている。
 それまで見たこともないほどつらく、涙を流しながらピオニーアの死を伝えた媛寿の様子を、結城は忘れられないでいた。
「TΛ1、YΔ4→SG(じゃあ今回、お前がラナン・キュラスあいつに刺されたのは)」
「ピオニーアって、人の、うらみ?」
 マスクマンとシロガネの疑問に、結城は傷のある部分に手をえ、
「そう……だろうね……」
 少し歯切れの悪い答え方をした。
 ラナン・キュラスからげられた事実は、結城もにわかには信じがたく、また、みだりに広めて良い内容でもなかったからだ。
「それで? お前、どうするつもりだよ?」
 まゆ苛立いらだたしげにひそながら、千夏ちなつが先をかした。
「……カメーリアさん、僕はあと、どれくらいつんですか?」
 結城にそう聞かれ、カメーリアは少々迷うように口を震わせたが、
「一週間が、限界ですわね……最長で」
 ようやくその場の全員が聞き取れる程度の声で答えた。
「それなら充分です。明後日あさってまで、充分……」
 結城の言う『明後日』を疑問に思う面々。
 意を決した結城は、これからの行動を皆に淡々と話し出した。

 信州某所の山奥にもうけられた洞穴ほらあなの中で、播海繋鴎はるみけいおうは一人たたずんでいた。
 浮かない顔をしているのは、冬の近付いた山の寒気のせいではない。
 三年前にたんを発した一連の出来事を、仕方がないとはいえ、一人の青年の命で決着させなければならない、その後ろめたさからだった。
 それでも全ての帳尻を合わせようと思うなら、一人の青年の命で済めば安いのも事実。
 二十八家にじゅうはっけの一つ、播海家はるみけ当主として、裏の外交を安定させる責務がある。
 そこをかんがみれば、小林結城という青年一人を犠牲にすることは、この先の日本と天秤てんびんけてあまりにも軽い――――――はずだった。
 頭で割り切っていながらも、この場所に来てしまったのは、その後ろめたさが小林結城に対してではなく、ピオニーアに対していだくものだったからだ。
「こんなことになるのを知ってて見過ごした。オレは死んだら地獄に落ちるだろうな」
 ひとちた繋鴎のスマートフォンに着信が入った。
 連絡を取ってきた相手の番号を確認すると、画面をタップし応答する。
「どうした? 『ナラカ』と連絡はつかなかったのか? 何!? 理由は? 何だと!? いや、次はオレが直接交渉する」
 通話を切った繋鴎は、苦々しいような、あるいは悲しいような視線を、洞穴の奥へと向けた。
ことはオレや君が思っていたよりも、ずっととんでもない方向に進んでるみたいだぜ、ピオニーア」

 雨が上がり、暗雲がまばらになってきても、まだ夜の暗さは続いている。
 媛寿とクロランが金毛稲荷神宮こんもういなりじんぐうに帰り着いてなお、朝日が昇るにはかなりの時間があった。
「媛寿? どうしたの?」
 拝殿の前で足を止めてしまった媛寿を、クロランは不思議に思い振り返った。
 これから伝言を届けてきたむねを、結城にしらせることになるのだが、媛寿にとってはこの先に起こりえることも、結城に会うことでさえ、重苦しい心持ちだった。
 拝殿へと上がる前に、媛寿は自身の両掌りょうてのひらを見つめた。
 三年前の時の掌を、今でも明確に思い出せる。
 赤く染まり、鮮血がしたたっていた、掌を。
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