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竜の恩讐編

凶襲 その1

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「ひぐっ……イ、イヤァ……もう……許して……」
 部屋の中央に置かれたベッドの上で、女は何度も体を揺さぶられていた。
「へへ、初めての割にはイイ具合だなぁオイ」
 女におおかぶさっている男は、すでに涙さえ流せなくなった女の顔を見ながら腰を振る。
「もうチョイ顔引けよ。イイ撮れねぇだろ」
「コイツはまた再生数アガるぞ」
 ベッドの周りでは二人の男がカメラを構えて撮影を行っている。
 女は何とか顔だけは腕で隠そうとするが、
「ツレねぇな。それじゃ動画がオモシロくねぇだろ。その顔が見たいってヤツ多いんだからよ」
 腕を強引に離され、カメラのファインダーに泣きはらした顔をアップで映された。
「あ~あ。これでコイツもう外歩けねぇな」
「イんじゃね? どうせ再生数ノビなくなったらヤク打って売っトバすし」
 撮影係の二人の男は、舌なめずりしながらベッドの上の光景を撮り続ける。
 ベッドだけしか置かれていない殺風景な部屋で、体をもてあそばれ続ける女は、いよいよ抵抗する気力もなくなってきていた。
「んじゃそろそろフィニッシュ――――」
 そう言いかけた時、部屋の外から強烈な破裂音が聞こえ、男は動きを止めた。
「何だ?」

 十分じゅっぷんほど前。
「あっ、来た来た」
 リムジンの後部座席でくつろいでいた千春ちはるは、サイドミラーに映った冷凍トラックを見ていそいそとドアを開けた。
 千春が車外に出ると、続いて薄紫を基調としたゴシックドレスの少女もまたリムジンを降りる。
 車間距離を空けて停車した冷凍トラックの助手席からは、ぴったりとした黒のパンツスーツに身を包んだルーシーが降りてきた。
「おまたせ。ヴィクトリアがどの武器にするか、なかなか決まらなくって」
「今回は、なるべく、殺さない、ように、する、って、要望。むずか、しい、から」
 トラックの運転席からは、白衣を着た研究者風の女が現れた。
 ミニフレームのメガネとアップにした髪が、いかにも女医か研究者のような印象を与えるが、それ以上に奇怪な容貌が目を引く。
 左のこめかみから右頬にかけての大きな手術痕。黒と金で分かれた髪色。そして青と緑のオッドアイ。
 まるで人体を継ぎ足されたような造形が、ヴィクトリアという女の最大の特徴だった。
「そっ。ヴィクトリアの言う通り、今回は殺さないようにするってことで。でも多少は壊してもいいみたいだから、その時は修理ヨロシク、ヴィクトリア」
「O、K」
わたしはいつも通り後始末がメインってことでいいの?」
「人数多いからルーシーもちょっと手伝って。一人も逃がしたくないし」
「相手が可愛い女の子じゃないと、今ひとつ気乗りしないんだけど」
千秋ちあきは警察とか呼ばれないように結界ヨロシク。ここちょっと人通りが多いから」
「そのえき、闇の盟約に誓って全うしよう」
 千秋と呼ばれた小柄な少女は、悩ましげに右眼の眼帯を手で覆ってこたえた。
「ってことで、殺さなかったらあとは何でもいいから」
「O、K」
「それじゃ、早く済ませましょ」
 その場につどった三人は、千秋の中二病発言を特に反応することはしない。
「千秋、お願い」
「……」
 少し釈然としない目で千春を見た後、千秋は正面にある三階建てのテナントビルに相対した。目をつむり、右手をかざしながら何かをつぶやき始める。
「……、……、……、……オン!」
 最後に気合が込められると、千秋の右手を中心にゆったりした風のようなものがひろがった。
「時を刻む針が一周りするまでは、何人なんぴともこの静寂を破れない」
「一時間は大丈夫ってことね。余裕余裕」
 千春は得物を包んだ袋で肩を軽く叩きながらビルを見上げた。
 その後ろでは、ヴィクトリアが長方形のケースのふたを開けていた。
 中にはオートマチック式のショットガンが収められているが、なぜかトリガーやグリップはなく、銃床ストックに円形の接続機コネクターらしき改造が施されている。
 ヴィクトリアは右袖をまくり上げると、ひじに程近い部分にあるリング状の接続機コネクターいじり、右腕を取り外した・・・・・
 その欠けた右腕に、ショットガンの接続機コネクターをあてがう。
「キ、キヒャヒャヒャヒャ! さぁ、カチコミといこうかぁ! 来るヤツは腕でも脚でも内臓でもミンチにしてやんぜぇ!」
 ショットガンを右腕に接続したヴィクトリアは、それまでとは打って変わって過激な性格へと変貌した。
「ミンチはいいけど直すのはヴィクトリアだからね?」
「あとあんまり血や肉片で汚しすぎないように。始末が余計大変になるから」
「キヒャヒャ! 分かってる分かってる! じゃあ、ドーンと行こうやぁ!」
 結界を張っている千秋を外に残し、三人はテナントビルへと入っていった。

「ん?」
 テナントビル三階にあるプロシオン・ローター映像製作所のドアがノックされ、ドアの前にいた男はまゆを寄せた。
 ドアの横にはインターホンがあるはずだが、それを使わずにノックして呼びつけてくる客を不審に思ったためだ。
「んだよ、インターホン使えよ」
 しつこくノックを繰り返す相手に悪態を吐きながら、男はドアノブに手をかけた。
「誰だよ、このク――――ソ」
 ドアを開けた男は、腹部に突きつけられたショットガンの銃口に言葉を失った。
 そして間を置くことなく銃口が火を噴き、男は後方へ吹き飛ばされた。
「あ……が……な、なん――――――ぎゃああああ!」
 起き上がろうとした男は、自身の腹部を見た途端に悲鳴を上げた。
「あ……あぁ……ああああ~!」
「キヒャヒャ! そのまま寝といた方がいいぞぉ~、キヒャ。でないと内臓がぜ~んぶこぼれっちゃうから~」
 血の海となった腹部を見て恐慌きょうこう状態になった男を前に、ヴィクトリアは哄笑こうしょうしながら忠告した。
「さっきから何騒いでやがん――――だ、誰だテメェ! そこで何やっ――――」
 奥の部屋から出てきた仲間が言い終わる前に、またもショットガンの銃声がとどろき、仲間の顔を散弾が襲った。
「ぎゃあああ! あああああ!」
「キヒャヒャヒャ! 粒と火薬は減らしてあるから安心しろ! 代わりに気絶できないけどなぁ!」
「何だ何だ!?」
「キヒャヒャ!」
 次々と様子を見に来る者たちに対し、ヴィクトリアはショットガンの洗礼を浴びせていった。

「何の音だよ。いま撮影してっから静かにしとけっつったろが」
 ベッドの上にいた男は、不意に聞こえた破裂音から始まった騒ぎに苛立いらだちをおぼえた。
「ったく。もうちっとでフィニッシュいくトコだってのに」
 男が部屋のドアまで歩いていこうとした矢先、ドアは外から開かれた。
「あん? 誰だてめぇ?」
 部屋に入ってきたのは、黒のパンツスーツを着た美女、ルーシーだった。
 ルーシーは室内を軽く見渡すと、男のことなど眼中にないようにベッドへ歩き出した。
「おい! 聞いてんのかてめぇ! 誰だって言ってん――――」
「あなたに用はない」
 ルーシーが男の横を通り抜けると、男の胸には細身のナイフを思わせる針が刺さっていた。
「お……こ……おぼ……」
 男は膝をつくと、目を見開いて両手でのどを押さえた。
「ど、どうなってんだ!?」
「て、てめぇ! いったい何――――」
 撮影係だった二人もまた、ルーシーが放った針で胸を刺された。
「あ……お……」
「お……おふぉ……」
「心肺機能が落ちて呼吸困難になってるから、あまり動かない方がいいわよ。窒息まではしないけど、しばらく溺れる気分を味わってればいいわ」
 まともに呼吸できずに苦悶する三人を置いて、ルーシーは靴を脱いでベッドに上がった。
「可愛い女の子はいないと思ってたけど、これはなかなか……」
 ベッドの上でなぶられ続け、放心状態になっている女のあごを軽く持ち上げ、ルーシーはつぶさに観察する。
「年の頃は二十一か二十二……顔もスタイルもイイ感じね。もう少し髪を長くした方がわたし好みになりそう」
 ルーシーは女の顔を正面に向け、焦点の定まっていない目に自身の目を合わせた。
「さぁ、わたしの目を見て」
「っ!?」
 ルーシーの目が妖しく光ると、女の体が大きく跳ねた。
「あ……あぁ……」
「『魅了』の能力ちからを応用して快感を増幅させたわ。これで痛みですら快楽に変わる」
 言い知れぬ快楽に身悶えする女に対し、ルーシーはスーツを脱ぎながら能力を説明した。
「千春、こっちは三人動けなくしたわ。わたしは少しこのたのしませてもらうわよ」
「あとはアタマを叩くだけだからいいけど、ほどほどにね」
「ほんの少しだけよ。続きは仕事が終わったらお持ち帰りしてじっくりと」
 スーツを脱いで下着も取り払ったルーシーは、女になまめかしく身を寄せた。
「あなたはどっちの快楽でイっちゃうかしらね」
 ルーシーの右手が女の下腹部へと伸び、首筋にはルーシーの異常に発達した剣歯が突き立てられた。
「あっ! ああぁ……」
 血を吸われる快感に、女の体はベッドを激しく揺らすほどに震えた。

「それじゃあ仕上げに行きますか」
 いまだに鳴り響く銃声と叫び声をBGMに、千春は一番奥の部屋へゆったり歩いていった。
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