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豪宴客船編
キュウの取引
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「ユウキ! エンジュ! 無事ですか!」
触手をキックした後、ヒーロー着地で結城たちの前に現れたアテナは、まず二人の安否を確認した。
「だ、大丈夫ですけど、アテナ様いまどこから出てきたんですか?」
「船の側面に空けた穴からです」
「え?」
結城たちからは見えなかったが、クイーン・アグリッピーナ号の側面には人一人が余裕で通れそうな大穴が空けられていた。凶悪な気配を察知したアテナは、いち早く船外の様子を窺うために、船内の壁を突っ切ってショートカットしてきたのだ。
「急いで船外に出てみれば、名状しがたい生物が船を破壊しようとしていたので応戦した次第です。あっ、試合の方も問題はありません。もちろん私が優勝です、ユウキ」
誇らしげに胸を張るアテナ。いつものアテナの様子を見た結城は、先程までの危機的状況を忘れられそうな安堵の息を漏らした。
「はいは~い、アテナ様~。結城さんの前でカッコイイところ見せたいのは分かりますけど~、ちょ~っと代わっていただけますか~?」
いつの間にかアテナの横に移動したキュウが、しなをつくってアテナの肩にもたれかかる。
「キュウ、ユウキたちの守護については感謝しますが、ユウキにいかがわしい手出しをするようなら―――」
「その間コッチをお願いしますね~」
「ん?」
キュウがうきうきと結城の元へ歩き出す一方、アテナは後ろを振り返り、
「なっ!?」
巨大な触手が落ちてくる場面を目の当たりにした。
「くっ―――おおお!」
振り下ろされた触手に、掌底を突き上げて押し返すアテナ。
クラーケンを押しつけてきたキュウに文句を言ってやりたいところだったが、一撃でも船体に当たれば沈没は免れないため、アテナはクラーケンの相手に専念することにした。
「ではよろしく~。さぁ~結城さ~ん、さっきのお話の続きですよ~」
結城の前に立ったキュウは、両手と九本の尾を広げて妖しく微笑んだ。
「え? 続きって言いますと……」
「クラーケンは私が何とかしちゃいます~。で~も~、私はアテナ様みたいに神様ってわけじゃありませんので~、只っていうわけにはいかないんですよね~」
キュウほどの妖狐となれば、狐妖怪の最高位・天狐をも超える力を持ち、神に相当する器さえ有していた。そのため宇迦之御魂神をはじめとした神々から、しばしば神の座に上ることを打診もされている。
が、キュウは神の一柱になるつもりなどさらさら無く、それを固辞し続けていた。
神になれば与えられた権能に沿った行動が求められ、これまでより自由度が制限されてしまう。
逆に一妖狐であるうちは、悪行にならない範囲は好きな裁量で動くことができるので、多少の悪戯や取引も可能となる。
キュウが白面金毛九尾の狐として現世にあり続けている理由がここにあった。
「え、え~と……おいくらだったらいいでしょうか……」
「も~、結城さんもイケズですね~。そういうのじゃないですよ~」
キュウがフランチャイズ神社として祭神に収まっている金毛稲荷神宮は、地元ではご利益があるとされ、参拝客――気に入った客はキュウが時々『つまみ食い』している――が頻繁に出入りし、賽銭の入りも相当なものだった。
縁日などの出店―コネのある狐妖怪が店を出している―の売り上げも毎度かなりの好調である。
要は金銭面で困っていない。
「じゃ、じゃあ……魂差し出せ、とか?」
おそるおそるそう答えた結城に、キュウは少しきょとんとした顔をした。
「う~ん、そんな大それたものじゃなくってですね~」
音もなく結城に近付いたキュウは、耳元に口を寄せ、そっと呟いた。
「一晩だけ私にお付き合いしてくれればいいだけですよ」
「いっ!?」
他の誰にも聞こえない程度の小声でそう言われ、結城はいろんな意味で心臓を鷲掴みにされた気になった。
「キュウ! やはり何かユウキにいかがわしい行いを―――」
「よそ見してると危ないですよ~」
「くっ―――とおっ!」
結城たちの方をわずかに振り返ったアテナだが、キュウに指摘され、迫ってきた触手を手刀で水平に薙ぎ払う。
「別に痛い思いをするわけじゃありませんし~、苦しい思いをすることもありませんよ~。むしろ天にも昇るくらいキモチいいかもですし~」
キュウは扇を口元に当て、くすくすと愉快そうに笑う。
結城は引きつった顔のまま、まだ何も答えられないでいた。
キュウからのこの手の誘いは何度となくあったが、これまではアテナがいたこともあり、なんだかんだで有耶無耶になっていた。
しかし、今回は安易に断ることができない。断れば海の藻屑になりかねない。結城は現状さながらの背水の陣に立たされていた。
この状況でそんな取引を持ち出してくるキュウの豪胆さに、結城は初めて伝説の妖狐・九尾の狐の一端を見た気がした。
「見たところあのクラーケンは~、アテナ様でもちょ~っと難しそうですね~」
戦っているアテナにちらりと横目を向け、キュウは少し暗くした声で評した。
「で~も~、私ならあのクラーケンを調理できちゃいますよ~。どうします~?」
キュウは結城の顔を右から覗いたり左から覗いたりで、結城の心を揺さぶろうとしてくる。
アテナの力を疑っているわけではないが、オスタケリオンを取り込んで変貌したクラーケンが、いつ船体に致命的な一撃を見舞うか分からない。
結城の心理的防御は着々と崩されていっていた。
「こんがりとしたイカ焼きにしちゃいますよ~。お買い得ですよ~」
キュウが本気で戦っている場面は見たことがないにしても、結城はキュウの潜在能力が底なしであることを知っている。そして冗談を言ったり化かしたりはすれど、嘘はつかないということも。
マスクマンやシロガネが加わったとしても、クラーケンは倒せても、船が無事である保障はない。
クラーケンを退け、且つ船も無事に港に戻すという難題。
キュウならそれを飄々とやってのけてしまうかもしれないと、結城は妙な確信を持っていた。
そこを考えれば、キュウに一晩付き合う程度はわけはない。
「わ、分かりました。あの怪物を何とかしてくれるなら」
「ふっふ~ん」
結城の答えを聞いたキュウは、嬉しさを隠すことなくにんまりと破顔した。
「男の子の言葉に二言はありませんね~?」
「あ、ありません。大丈夫です……」
背筋を伸ばしてそう答えるも、カチコチに固まって赤面している結城。
キュウに一晩付き合うとなれば、果たして次の朝にはどうなってしまっていることか。少なくとも童貞は吹き飛び、想像を絶するやり口で弄ばれてしまうのだろうと結城は覚悟した。
「ふっふ~、契約成立。俄然やる気が出てきましたよ~」
キュウは左手を差し出すと、その前に扇を勢いよく広げた。
再び扇がたたまれると、キュウの左手にはいつの間にか小さな香炉が現れていた。
「むふふ~」
今度は右手の扇を手首で一回転させると、扇は瞬きする間に数枚の葉と短い香木へと変わっていた。
「それではまず下拵えですよ~」
キュウはその場に正座すると、香炉の蓋を開け、中に葉と香木を入れ、
「フッ」
小さく息を吹きかけた。
葉の端に火の粉が起こり、徐々に葉と香木を焦がし始める。
「……あの、それ何ですか?」
「ふっふっふ~、神宮で育ててる枇杷の葉と~、私特製の香木ですよ~」
ご機嫌な様子で香を焚き始めるキュウだが、結城にはその意図がまるで理解できない。てっきり手早くクラーケンを倒してしまうものと思っていたが、
「むっふっふ~。全然解らないって顔してますね~?」
「え!? いや、その……」
キュウに指摘され、結城は体をびくりと震わせる。覚獲の力よりキュウの方が心を見透かされている気がして、結城は少し慄いた。
そうこうしている間にも、香炉からはその容量に合わないほどの煙が溢れ、床の上を低く広く拡がっていった。
「この香煙には私の妖気も混ぜられているので~、いわば私の体の一部のように自在に操ることができるんですよ~」
どんどん辺りを埋め尽くしていく煙に右往左往する結城に、キュウはいつもの呑気さで説明する。
「だから目となり指となり、触れた人間の精気を吸い取ることも可能です」
「え!?」
一瞬獣の眼差しになったキュウを見て、結城は脳裏に冷たいものを感じた。
精気、つまり生命力を吸い取るということは、煙に触れているだけで、
「だ~いじょ~ぶですよ~。ちゃんと吸い取る相手は選べますから~」
結城の反応を愉しんでいるかのように、キュウは喜色満面な笑顔を見せる。
「この船に乗っている人間全員からそれなりの精気を集めて、私の妖力に変換します。二、三日は身動き取れなくなるでしょうが、命がなくなるよりはマシでしょう」
香炉からもうもうと湧き出る煙を見つめながら、またもキュウは獣の眼でにやりと口の端をつり上げた。
命は奪わないが、それに届く寸前までは追い詰めると宣言するキュウに、結城は闇が続く洞穴を見つめるような恐怖を感じていた。
しかし、だからこそ、キュウが大海の魔物を超える存在であるのだと確信できる。
「お願いします、キュウ様」
伝説にして最強の妖狐に、結城はこの場を託した。九尾の狐に不可能はないと信じて。
「ふっふっふ~、お任せですよ~」
その信頼に、キュウはいつもの軽い調子で応えた。
「おおおお!」
両腕で受け止めた極太の触手を、アテナは力の限り押し返した。
(くっ! やはり船上では全力が出せない)
アテナが全開の膂力を出してしまえば、クイーン・アグリッピーナ号の方が耐え切れずに崩壊してしまう恐れがある。
加えて楠二郎との激戦も尾を引いている。
全力が出せない上に、疲弊まで重なっているアテナが、クラーケンの触手を凌ぎ切っているのは、非常に巧みな力学的・武術的な受け技と返し技による賜物だった。
だが、それもどこまで保つのかと、アテナは冷たい汗をかいていた。
クラーケンはまだ単調な攻撃しかしてこないが、複数の触手で攻撃されれば、全てをアテナだけでは捌けなくなる。必ず一つは船体に命中するだろう。
結城の元にいち早く駆けつけたはいいが、急いだために槍と神盾まで取りに行けなかったことを、アテナは少し悔やんでいた。
(せめて何か武器があれば……)
「あてなさま、これつかって!」
「ん?」
不意に聞こえた媛寿の声に、アテナは後ろを振り返った。
触手をキックした後、ヒーロー着地で結城たちの前に現れたアテナは、まず二人の安否を確認した。
「だ、大丈夫ですけど、アテナ様いまどこから出てきたんですか?」
「船の側面に空けた穴からです」
「え?」
結城たちからは見えなかったが、クイーン・アグリッピーナ号の側面には人一人が余裕で通れそうな大穴が空けられていた。凶悪な気配を察知したアテナは、いち早く船外の様子を窺うために、船内の壁を突っ切ってショートカットしてきたのだ。
「急いで船外に出てみれば、名状しがたい生物が船を破壊しようとしていたので応戦した次第です。あっ、試合の方も問題はありません。もちろん私が優勝です、ユウキ」
誇らしげに胸を張るアテナ。いつものアテナの様子を見た結城は、先程までの危機的状況を忘れられそうな安堵の息を漏らした。
「はいは~い、アテナ様~。結城さんの前でカッコイイところ見せたいのは分かりますけど~、ちょ~っと代わっていただけますか~?」
いつの間にかアテナの横に移動したキュウが、しなをつくってアテナの肩にもたれかかる。
「キュウ、ユウキたちの守護については感謝しますが、ユウキにいかがわしい手出しをするようなら―――」
「その間コッチをお願いしますね~」
「ん?」
キュウがうきうきと結城の元へ歩き出す一方、アテナは後ろを振り返り、
「なっ!?」
巨大な触手が落ちてくる場面を目の当たりにした。
「くっ―――おおお!」
振り下ろされた触手に、掌底を突き上げて押し返すアテナ。
クラーケンを押しつけてきたキュウに文句を言ってやりたいところだったが、一撃でも船体に当たれば沈没は免れないため、アテナはクラーケンの相手に専念することにした。
「ではよろしく~。さぁ~結城さ~ん、さっきのお話の続きですよ~」
結城の前に立ったキュウは、両手と九本の尾を広げて妖しく微笑んだ。
「え? 続きって言いますと……」
「クラーケンは私が何とかしちゃいます~。で~も~、私はアテナ様みたいに神様ってわけじゃありませんので~、只っていうわけにはいかないんですよね~」
キュウほどの妖狐となれば、狐妖怪の最高位・天狐をも超える力を持ち、神に相当する器さえ有していた。そのため宇迦之御魂神をはじめとした神々から、しばしば神の座に上ることを打診もされている。
が、キュウは神の一柱になるつもりなどさらさら無く、それを固辞し続けていた。
神になれば与えられた権能に沿った行動が求められ、これまでより自由度が制限されてしまう。
逆に一妖狐であるうちは、悪行にならない範囲は好きな裁量で動くことができるので、多少の悪戯や取引も可能となる。
キュウが白面金毛九尾の狐として現世にあり続けている理由がここにあった。
「え、え~と……おいくらだったらいいでしょうか……」
「も~、結城さんもイケズですね~。そういうのじゃないですよ~」
キュウがフランチャイズ神社として祭神に収まっている金毛稲荷神宮は、地元ではご利益があるとされ、参拝客――気に入った客はキュウが時々『つまみ食い』している――が頻繁に出入りし、賽銭の入りも相当なものだった。
縁日などの出店―コネのある狐妖怪が店を出している―の売り上げも毎度かなりの好調である。
要は金銭面で困っていない。
「じゃ、じゃあ……魂差し出せ、とか?」
おそるおそるそう答えた結城に、キュウは少しきょとんとした顔をした。
「う~ん、そんな大それたものじゃなくってですね~」
音もなく結城に近付いたキュウは、耳元に口を寄せ、そっと呟いた。
「一晩だけ私にお付き合いしてくれればいいだけですよ」
「いっ!?」
他の誰にも聞こえない程度の小声でそう言われ、結城はいろんな意味で心臓を鷲掴みにされた気になった。
「キュウ! やはり何かユウキにいかがわしい行いを―――」
「よそ見してると危ないですよ~」
「くっ―――とおっ!」
結城たちの方をわずかに振り返ったアテナだが、キュウに指摘され、迫ってきた触手を手刀で水平に薙ぎ払う。
「別に痛い思いをするわけじゃありませんし~、苦しい思いをすることもありませんよ~。むしろ天にも昇るくらいキモチいいかもですし~」
キュウは扇を口元に当て、くすくすと愉快そうに笑う。
結城は引きつった顔のまま、まだ何も答えられないでいた。
キュウからのこの手の誘いは何度となくあったが、これまではアテナがいたこともあり、なんだかんだで有耶無耶になっていた。
しかし、今回は安易に断ることができない。断れば海の藻屑になりかねない。結城は現状さながらの背水の陣に立たされていた。
この状況でそんな取引を持ち出してくるキュウの豪胆さに、結城は初めて伝説の妖狐・九尾の狐の一端を見た気がした。
「見たところあのクラーケンは~、アテナ様でもちょ~っと難しそうですね~」
戦っているアテナにちらりと横目を向け、キュウは少し暗くした声で評した。
「で~も~、私ならあのクラーケンを調理できちゃいますよ~。どうします~?」
キュウは結城の顔を右から覗いたり左から覗いたりで、結城の心を揺さぶろうとしてくる。
アテナの力を疑っているわけではないが、オスタケリオンを取り込んで変貌したクラーケンが、いつ船体に致命的な一撃を見舞うか分からない。
結城の心理的防御は着々と崩されていっていた。
「こんがりとしたイカ焼きにしちゃいますよ~。お買い得ですよ~」
キュウが本気で戦っている場面は見たことがないにしても、結城はキュウの潜在能力が底なしであることを知っている。そして冗談を言ったり化かしたりはすれど、嘘はつかないということも。
マスクマンやシロガネが加わったとしても、クラーケンは倒せても、船が無事である保障はない。
クラーケンを退け、且つ船も無事に港に戻すという難題。
キュウならそれを飄々とやってのけてしまうかもしれないと、結城は妙な確信を持っていた。
そこを考えれば、キュウに一晩付き合う程度はわけはない。
「わ、分かりました。あの怪物を何とかしてくれるなら」
「ふっふ~ん」
結城の答えを聞いたキュウは、嬉しさを隠すことなくにんまりと破顔した。
「男の子の言葉に二言はありませんね~?」
「あ、ありません。大丈夫です……」
背筋を伸ばしてそう答えるも、カチコチに固まって赤面している結城。
キュウに一晩付き合うとなれば、果たして次の朝にはどうなってしまっていることか。少なくとも童貞は吹き飛び、想像を絶するやり口で弄ばれてしまうのだろうと結城は覚悟した。
「ふっふ~、契約成立。俄然やる気が出てきましたよ~」
キュウは左手を差し出すと、その前に扇を勢いよく広げた。
再び扇がたたまれると、キュウの左手にはいつの間にか小さな香炉が現れていた。
「むふふ~」
今度は右手の扇を手首で一回転させると、扇は瞬きする間に数枚の葉と短い香木へと変わっていた。
「それではまず下拵えですよ~」
キュウはその場に正座すると、香炉の蓋を開け、中に葉と香木を入れ、
「フッ」
小さく息を吹きかけた。
葉の端に火の粉が起こり、徐々に葉と香木を焦がし始める。
「……あの、それ何ですか?」
「ふっふっふ~、神宮で育ててる枇杷の葉と~、私特製の香木ですよ~」
ご機嫌な様子で香を焚き始めるキュウだが、結城にはその意図がまるで理解できない。てっきり手早くクラーケンを倒してしまうものと思っていたが、
「むっふっふ~。全然解らないって顔してますね~?」
「え!? いや、その……」
キュウに指摘され、結城は体をびくりと震わせる。覚獲の力よりキュウの方が心を見透かされている気がして、結城は少し慄いた。
そうこうしている間にも、香炉からはその容量に合わないほどの煙が溢れ、床の上を低く広く拡がっていった。
「この香煙には私の妖気も混ぜられているので~、いわば私の体の一部のように自在に操ることができるんですよ~」
どんどん辺りを埋め尽くしていく煙に右往左往する結城に、キュウはいつもの呑気さで説明する。
「だから目となり指となり、触れた人間の精気を吸い取ることも可能です」
「え!?」
一瞬獣の眼差しになったキュウを見て、結城は脳裏に冷たいものを感じた。
精気、つまり生命力を吸い取るということは、煙に触れているだけで、
「だ~いじょ~ぶですよ~。ちゃんと吸い取る相手は選べますから~」
結城の反応を愉しんでいるかのように、キュウは喜色満面な笑顔を見せる。
「この船に乗っている人間全員からそれなりの精気を集めて、私の妖力に変換します。二、三日は身動き取れなくなるでしょうが、命がなくなるよりはマシでしょう」
香炉からもうもうと湧き出る煙を見つめながら、またもキュウは獣の眼でにやりと口の端をつり上げた。
命は奪わないが、それに届く寸前までは追い詰めると宣言するキュウに、結城は闇が続く洞穴を見つめるような恐怖を感じていた。
しかし、だからこそ、キュウが大海の魔物を超える存在であるのだと確信できる。
「お願いします、キュウ様」
伝説にして最強の妖狐に、結城はこの場を託した。九尾の狐に不可能はないと信じて。
「ふっふっふ~、お任せですよ~」
その信頼に、キュウはいつもの軽い調子で応えた。
「おおおお!」
両腕で受け止めた極太の触手を、アテナは力の限り押し返した。
(くっ! やはり船上では全力が出せない)
アテナが全開の膂力を出してしまえば、クイーン・アグリッピーナ号の方が耐え切れずに崩壊してしまう恐れがある。
加えて楠二郎との激戦も尾を引いている。
全力が出せない上に、疲弊まで重なっているアテナが、クラーケンの触手を凌ぎ切っているのは、非常に巧みな力学的・武術的な受け技と返し技による賜物だった。
だが、それもどこまで保つのかと、アテナは冷たい汗をかいていた。
クラーケンはまだ単調な攻撃しかしてこないが、複数の触手で攻撃されれば、全てをアテナだけでは捌けなくなる。必ず一つは船体に命中するだろう。
結城の元にいち早く駆けつけたはいいが、急いだために槍と神盾まで取りに行けなかったことを、アテナは少し悔やんでいた。
(せめて何か武器があれば……)
「あてなさま、これつかって!」
「ん?」
不意に聞こえた媛寿の声に、アテナは後ろを振り返った。
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