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豪宴客船編
探索者たち その2
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クイーン・アグリッピーナ号の廊下を、シロガネは可能な限り速く移動していた。幸い、ほとんどの乗客が格闘大会を観戦しているためか、人気は極端に少ない。
昼間に船内を歩き回り、シロガネはある一画に、ほとんど密閉状態の部屋を見つけていた。おそらく専用のエレベーターで入らなければならないであろうその部屋こそが、通常兵器を陳列している場所なのだろう。
エレベーターもしくは入室用の通路までは見つけられなかったが、近くまで行ければ壁を斬り崩して侵入するくらいはできるだろうと、シロガネは算段をつけていた。
船内で怪しまれないために、愛用の胴田貫と大剣は部屋に置いてきてしまったので、手持ちの暗器だけで遂行しなければならないのが難点ではあるが。
(両手が、ちょっと、さみしい)
いつも依頼の際は携えている二振りが手元にないことに、シロガネは一抹の寂しさを抱えつつ先を急いだ。
「!、?」
疾走中のシロガネは、突如として右の壁に発生した大きな亀裂を目の端で捉えた。
一瞬で放射状に拡がったその亀裂に、シロガネは反射的に横っ跳びで距離を取る。
次の瞬間には、壁を粉砕して石の拳が現れていた。打点は見事、避ける前のシロガネがいた位置に届いていた。
「!、!」
壁の破片を両腕で防ぎつつ、シロガネは廊下に着地した。
腕を下ろして見ると、壁に空いた大穴から、中肉中背の男が一人歩み出てきた。シロガネはオークション会場にいなかったので知る由もないが、拳で壁を破壊したその男は、会場で司会を務めていた頼鉄だった。
「ほぉ~、今のを避けるとは」
だが、頼鉄の上半身は岩石のように硬質化し、口からは鋭い剣歯が二本伸びていた。さながらそれは、石の獣といった姿だった。
「ただの『ネズミ』じゃないみたいだねぇ。これは愉しめそうだ」
シロガネの姿を目視した頼鉄は、長い舌で剣歯をべろりと舐めて破顔した。
「頼鉄は『ネズミ』と接触したか―――ん?」
モニター越しにシロガネと頼鉄の邂逅を見ていたオスタケリオンは、小さな警報音を聞き、その警報が指し示す部屋に映像を切り替えた。
薄暗い倉庫のような場所を、二つの人影が移動している。
「薬物保管庫か。今回は随分と探りを入れてくる輩が多いな―――む? これは……」
オスタケリオンはさらにパネルキーを叩き、モニターの映像に特殊なフィルターをかけた。サーモグラフィーに似た映像に切り替わり、移動している人物のシルエットがくっきりと表れた。
(この耳の形……エルフか。もう一人は……何だ?)
一人は特徴的な尖った耳からエルフと判断できたが、もう一人の異様に大きな楕円形の面貌には、オスタケリオンも思い当たる種族がいなかった。
(まぁいい。エルフは高く売れる。船内で余計な物色を働いた者は、一切の権利を剥奪して捕らえることができるからな)
オスタケリオンはモニター上に『IMPRINTING SYSTEM』というプログラムを起動し、設定を施していく。
(エルフについては捕獲。もう一人は……殺せ)
全ての設定が完了すると、オスタケリオンはエンターキーを押した。高速でプログラムが走り出し、船内の無線LANを伝って『それ』が目を覚ました。
シトローネは前を歩くマスクマンをじっと見つめながら後に続いていた。
マスクマンに先導されるがままに歩いてくれば、本当に隠されていた貨物室に辿り着いたのだ。
その事実に驚きつつ、しかしシトローネは目の前にいる精霊が何者なのか分からず、ますます怪訝な心持ちになる一方だった。
本来、エルフ族は精霊との契約によって力を発揮する精霊魔法を得意としている。
だが、シトローネは精霊魔法があまり得意でなかった代わりに、なぜかルーン文字に秘められた力を理解し、行使することができた。とはいえ、現代においては精霊魔法もルーンも、それほど活躍の場が多いわけでもなく、エルフの間でも魔法の得手不得手はそれほど重要な意味もなくなっていた。
精霊魔法が得意でないとしても、シトローネも全く使えないわけではなく、精霊のレベルを測るという基礎技能は修得していた。
ただ、だからこそシトローネはマスクマンに対して困惑していた。読めないのだ。
正確に言えば、精霊としての『格』を測定しようとしても、『不明』という解答しか出せない状態だった。強いのか弱いのかも判断できなければ、何を司る精霊なのかも特定できない。
つまりは正真正銘、マスクマンは『謎の精霊』としか言えない存在なのだ。
それは、精霊と深い関わりのあるエルフ族にとって、由々しき事態でもあった。エルフ族ですら知り得ない、未知の精霊に遭遇しているということだからだ。
「……BΩ3←(……さっきからどうしたんだ?)」
「っ!? 何がダ?」
「IΘ1→(俺のこと随分ジィ~っと見てるからな)」
「べ、別に見ていたわけじゃなイ。ただ、お前が何の精霊なのかと思っテ……」
「SΞ5←SY。M☆2↑RR(そういやバーで会った時にハッキリ言わなかったな。俺は雨と雲の精霊だ)」
あっさりと自身が司るものを口にしたマスクマンだが、シトローネはその言葉に納得していなかった。
「……それ、嘘だろウ」
「LΣ?(嘘?)」
「本当に雨や霧の精霊なら、エルフが分からないなんてあり得なイ。お前はもっと違うものを司っていた精霊じゃないのカ?」
「A~、FΠ7→US(あ~、エルフにはその辺分かるんだな)」
納得しきれないシトローネとは対照的に、マスクマンは妙に納得した様子で、『どうしたものかな』と顎に手を当てて思案していた。
だが、重たい金属音の足音が室内に響き、マスクマンとシトローネは足音がした方に身構えた。互いに背中合わせとなって。
「NΦ。OΓ4→GO(そうか。ただの飾りじゃなくて、こういう警備を置いてたか)」
「えっ?」
マスクマンの言葉の意味を理解できなかったシトローネだが、すぐにその意味を察するところとなった。
互い違いに構えた二人の正面には、それぞれ一体ずつ、計二体の全身甲冑が姿を現した。
「キキキ、少し華奢だが中々の上玉。これは当たりだったな」
特徴的な笑い方でにじり寄ってくる頼鉄に対し、シロガネは何ら構えを取らない状態で立っていた。
「キキッ、抵抗する気はないか。まぁ、おとなしくしていれば、お前も気持ちよくなれるからな。船が引き返すところまでだが」
舌なめずりをしながら一歩一歩近付いてくる頼鉄を、無表情に見つめているシロガネ。
その距離が、あと四歩分となったところで、シロガネは少し身を屈め、左手でスカートの端を掴んだ。そしてゆっくりとスカートを持ち上げていく。
「キキキ、いい心掛けだ。サービスしてくれるなら、こっちもそれなりにサービスしてやるからなぁ」
下卑た目でシロガネの脚が露になっていく様を見る頼鉄。
だが、太腿にさしかかるところで、シロガネの右手が素早く動いた。
ガーターベルトにセットしていたコンバットナイフを抜き、間合いを詰めて頼鉄の腹部を横薙ぎに斬り裂いた――――――はずだった。
「!、?」
廊下に響いたのは金属が鉱物に弾かれる音。そしてシロガネが手に感じ取ったのは、岩石の凶悪な硬度だった。
「っらぁ!」
「っ、!」
斬撃の無効化に虚を突かれたシロガネは、頼鉄が放ったフロントキックに反応できずに直撃してしまった。
「ぐ! う……」
勢いそのまま壁に激突して呻くシロガネ。それを見ながら、頼鉄はシロガネが斬った箇所を、いや斬れなかった箇所を撫で擦っていた。
「キキキ、残念だったな。普通の人間なら、いまの一撃で臓物を撒き散らしているだろうが、この身体に刃物は通用しない」
腹部を押さえて呻くシロガネを見下ろしながら、頼鉄は自信と好色に満ちた笑みを浮かべた。
昼間に船内を歩き回り、シロガネはある一画に、ほとんど密閉状態の部屋を見つけていた。おそらく専用のエレベーターで入らなければならないであろうその部屋こそが、通常兵器を陳列している場所なのだろう。
エレベーターもしくは入室用の通路までは見つけられなかったが、近くまで行ければ壁を斬り崩して侵入するくらいはできるだろうと、シロガネは算段をつけていた。
船内で怪しまれないために、愛用の胴田貫と大剣は部屋に置いてきてしまったので、手持ちの暗器だけで遂行しなければならないのが難点ではあるが。
(両手が、ちょっと、さみしい)
いつも依頼の際は携えている二振りが手元にないことに、シロガネは一抹の寂しさを抱えつつ先を急いだ。
「!、?」
疾走中のシロガネは、突如として右の壁に発生した大きな亀裂を目の端で捉えた。
一瞬で放射状に拡がったその亀裂に、シロガネは反射的に横っ跳びで距離を取る。
次の瞬間には、壁を粉砕して石の拳が現れていた。打点は見事、避ける前のシロガネがいた位置に届いていた。
「!、!」
壁の破片を両腕で防ぎつつ、シロガネは廊下に着地した。
腕を下ろして見ると、壁に空いた大穴から、中肉中背の男が一人歩み出てきた。シロガネはオークション会場にいなかったので知る由もないが、拳で壁を破壊したその男は、会場で司会を務めていた頼鉄だった。
「ほぉ~、今のを避けるとは」
だが、頼鉄の上半身は岩石のように硬質化し、口からは鋭い剣歯が二本伸びていた。さながらそれは、石の獣といった姿だった。
「ただの『ネズミ』じゃないみたいだねぇ。これは愉しめそうだ」
シロガネの姿を目視した頼鉄は、長い舌で剣歯をべろりと舐めて破顔した。
「頼鉄は『ネズミ』と接触したか―――ん?」
モニター越しにシロガネと頼鉄の邂逅を見ていたオスタケリオンは、小さな警報音を聞き、その警報が指し示す部屋に映像を切り替えた。
薄暗い倉庫のような場所を、二つの人影が移動している。
「薬物保管庫か。今回は随分と探りを入れてくる輩が多いな―――む? これは……」
オスタケリオンはさらにパネルキーを叩き、モニターの映像に特殊なフィルターをかけた。サーモグラフィーに似た映像に切り替わり、移動している人物のシルエットがくっきりと表れた。
(この耳の形……エルフか。もう一人は……何だ?)
一人は特徴的な尖った耳からエルフと判断できたが、もう一人の異様に大きな楕円形の面貌には、オスタケリオンも思い当たる種族がいなかった。
(まぁいい。エルフは高く売れる。船内で余計な物色を働いた者は、一切の権利を剥奪して捕らえることができるからな)
オスタケリオンはモニター上に『IMPRINTING SYSTEM』というプログラムを起動し、設定を施していく。
(エルフについては捕獲。もう一人は……殺せ)
全ての設定が完了すると、オスタケリオンはエンターキーを押した。高速でプログラムが走り出し、船内の無線LANを伝って『それ』が目を覚ました。
シトローネは前を歩くマスクマンをじっと見つめながら後に続いていた。
マスクマンに先導されるがままに歩いてくれば、本当に隠されていた貨物室に辿り着いたのだ。
その事実に驚きつつ、しかしシトローネは目の前にいる精霊が何者なのか分からず、ますます怪訝な心持ちになる一方だった。
本来、エルフ族は精霊との契約によって力を発揮する精霊魔法を得意としている。
だが、シトローネは精霊魔法があまり得意でなかった代わりに、なぜかルーン文字に秘められた力を理解し、行使することができた。とはいえ、現代においては精霊魔法もルーンも、それほど活躍の場が多いわけでもなく、エルフの間でも魔法の得手不得手はそれほど重要な意味もなくなっていた。
精霊魔法が得意でないとしても、シトローネも全く使えないわけではなく、精霊のレベルを測るという基礎技能は修得していた。
ただ、だからこそシトローネはマスクマンに対して困惑していた。読めないのだ。
正確に言えば、精霊としての『格』を測定しようとしても、『不明』という解答しか出せない状態だった。強いのか弱いのかも判断できなければ、何を司る精霊なのかも特定できない。
つまりは正真正銘、マスクマンは『謎の精霊』としか言えない存在なのだ。
それは、精霊と深い関わりのあるエルフ族にとって、由々しき事態でもあった。エルフ族ですら知り得ない、未知の精霊に遭遇しているということだからだ。
「……BΩ3←(……さっきからどうしたんだ?)」
「っ!? 何がダ?」
「IΘ1→(俺のこと随分ジィ~っと見てるからな)」
「べ、別に見ていたわけじゃなイ。ただ、お前が何の精霊なのかと思っテ……」
「SΞ5←SY。M☆2↑RR(そういやバーで会った時にハッキリ言わなかったな。俺は雨と雲の精霊だ)」
あっさりと自身が司るものを口にしたマスクマンだが、シトローネはその言葉に納得していなかった。
「……それ、嘘だろウ」
「LΣ?(嘘?)」
「本当に雨や霧の精霊なら、エルフが分からないなんてあり得なイ。お前はもっと違うものを司っていた精霊じゃないのカ?」
「A~、FΠ7→US(あ~、エルフにはその辺分かるんだな)」
納得しきれないシトローネとは対照的に、マスクマンは妙に納得した様子で、『どうしたものかな』と顎に手を当てて思案していた。
だが、重たい金属音の足音が室内に響き、マスクマンとシトローネは足音がした方に身構えた。互いに背中合わせとなって。
「NΦ。OΓ4→GO(そうか。ただの飾りじゃなくて、こういう警備を置いてたか)」
「えっ?」
マスクマンの言葉の意味を理解できなかったシトローネだが、すぐにその意味を察するところとなった。
互い違いに構えた二人の正面には、それぞれ一体ずつ、計二体の全身甲冑が姿を現した。
「キキキ、少し華奢だが中々の上玉。これは当たりだったな」
特徴的な笑い方でにじり寄ってくる頼鉄に対し、シロガネは何ら構えを取らない状態で立っていた。
「キキッ、抵抗する気はないか。まぁ、おとなしくしていれば、お前も気持ちよくなれるからな。船が引き返すところまでだが」
舌なめずりをしながら一歩一歩近付いてくる頼鉄を、無表情に見つめているシロガネ。
その距離が、あと四歩分となったところで、シロガネは少し身を屈め、左手でスカートの端を掴んだ。そしてゆっくりとスカートを持ち上げていく。
「キキキ、いい心掛けだ。サービスしてくれるなら、こっちもそれなりにサービスしてやるからなぁ」
下卑た目でシロガネの脚が露になっていく様を見る頼鉄。
だが、太腿にさしかかるところで、シロガネの右手が素早く動いた。
ガーターベルトにセットしていたコンバットナイフを抜き、間合いを詰めて頼鉄の腹部を横薙ぎに斬り裂いた――――――はずだった。
「!、?」
廊下に響いたのは金属が鉱物に弾かれる音。そしてシロガネが手に感じ取ったのは、岩石の凶悪な硬度だった。
「っらぁ!」
「っ、!」
斬撃の無効化に虚を突かれたシロガネは、頼鉄が放ったフロントキックに反応できずに直撃してしまった。
「ぐ! う……」
勢いそのまま壁に激突して呻くシロガネ。それを見ながら、頼鉄はシロガネが斬った箇所を、いや斬れなかった箇所を撫で擦っていた。
「キキキ、残念だったな。普通の人間なら、いまの一撃で臓物を撒き散らしているだろうが、この身体に刃物は通用しない」
腹部を押さえて呻くシロガネを見下ろしながら、頼鉄は自信と好色に満ちた笑みを浮かべた。
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