159 / 404
化生の群編
切断
しおりを挟む
鬼の複眼が左右を睨み、アテナと千夏の攻撃態勢を捕捉する。
アテナの槍の穂先が空を裂き、千夏の金砕棒が打ち下ろされるのはほぼ同時だった。
本来なら、左右同時攻撃を捌くのは容易ではない。だが、複眼によって索敵範囲を拡張した鬼神にとって、それは児戯にも等しいことだった。
左側の腕で槍の柄を掴んで止め、右側の腕を盾代わりに金砕棒を受けきった。
戦女神と鬼の子孫の同時攻撃を、まさに達人級の反応で防いで見せたのだ。
だが、アテナも千夏も攻撃を受けきられたことに何ら動揺していない。
むしろ、それは想定の範囲内のこと。本番はここからだった。
アテナは神盾から手を離し、掴まれた槍を両手で持つと、そのまま大きくぐるぐると捻りだした。槍の柄は回転しながら他の複腕を巻き込み、アテナが動きを止める頃には鬼の左側の腕は槍の柄に絡め取られ、一切動かせなくなっていた。
千夏も金棒を腕の関節を縫うように当てると、同じように金棒そのもので右側の腕全てを絡め取った。
左右から長物の武器を使った腕固めをかけられ、鬼は攻撃手段を封じられてしまった。
ただし、それはあくまで一時的な抑制にしかならない。鬼の膂力をもってすれば、ものの数秒で拘束を解くことができる。アテナと千夏はあえなく弾き飛ばされる運命だった。
しかし、二人にとってはその数秒を稼ぐだけで充分だった。
腕の動きを封じられ、いまや立ち尽くすしかない鬼の前に、ハルペーを両手で構えた結城が立ちはだかった。
アテナと千夏は気付いていた。シロガネの斬撃でも斬れなかった鬼の肉体も、不死殺しのハルペーならいとも簡単に斬ることができた。
ならば、致命的な一撃を与えることができれば、ハルペーは確実に鬼を倒せる。ただ、結城がまともに戦っていたのでは、いずれ競り負けてしまう。
そこでアテナと千夏、二人は陽動としてあえて大雑把な攻撃を仕掛け、鬼を押さえつけることによって隙を作ることにしたのだ。結城が鬼に引導を渡す、その決定的な瞬間を与えるために。
結城はハルペーの刀身を横に倒した構えを取った。振るうは右薙ぎ。狙うは右の首筋。
ほんの少し先にある剣の軌道を見据え、結城は真っ直ぐ駆け出した。防御も回避も考える必要は一切ない。己がやるべきことはただ一つ。鬼の首を刈り取ること。
曲刀を握る結城の手に力がこもる。
「ガアアアッ!」
「くっ!」
「うおっ!」
だが鬼もまた、黙って首を刈られるのを待ってはいない。最大限の力を発揮し、複腕の筋肉を膨張させる。血管が浮き出て、肉と骨が軋みを上げる。アテナと千夏の拘束を、得物もろともに排除すべく、恐るべき膂力が発せられていた。
このまま拘束が解かれれば、結城は鬼の迎撃を真正面から受けることになる。アイアースの盾を捨ててしまった状態では、何ら防ぐ術なく挽肉と化してしまう。
そうはさせじとアテナと千夏も鬼の膂力に抵抗するが、多くの怨嗟を内包する鬼神の力は並ではない。現代では大幅にパワーダウンしたアテナと、鬼族とはいえ人の血が入っている千夏にとって、純粋な鬼神の力は抑えるのも厄介なものだった。
(こ、これは……ヤバい……か!?)
(せめてあと一秒……いえ……0.5秒だけでも!)
千夏とアテナの拘束が限界にさしかかりそうだった時、マスクマンが腰に携えていた石斧を投擲した。重心を回転軸にして飛ぶ石斧は結城の横を通り抜け、鬼の顔面左目に命中した。
「ギャアッ!」
鋭い黒曜石の刃が鬼の目元に食い込んだ。鋼の刃さえ通さない鬼の肉体も、さすがに目だけは守りが薄い。石斧が激突したことで、鬼は短い悲鳴を上げた。
しかし、鬼はまだ諦めていなかった。拘束を外すことができないなら、諸共に振り回してしまえばいい。アテナと千夏を腕にしがみつかせたままで、鬼は自ら回転して突撃してくる結城を振り払おうと考えた。
結城が肉薄するタイミングを狙って、体幹を中心に大回転を試みようと脚に力を注ぐ。
だが、鬼はそのタイミングを逸した。動き出そうとした途端、首に何かが巻きついていることに気付いたからだ。
鬼に確認する余裕はなかったが、首には細いワイヤーが巻きつき、張力によって締め上げていた。ワイヤーの端を握っていたのは、鬼に投げ飛ばされたシロガネの右手だった。首への斬撃とは別に、小さな錘を括りつけたワイヤーを巻きつかせていたのだ。
これで鬼は完全に、結城の一太刀を避ける間を失った。
絶好の距離で地を蹴り、結城は鬼の首の高さまで上がった。
全身の回転を腕から柄、刀身に伝え、内側に沿った刃に力が加わる。
不死をも葬る曲刀ハルペーが、鬼の首に生じたわずかな切り傷に重なり、一筋の光となって閃いた。
右薙ぎの斬撃を振りぬき、着地する結城。
鬼は曲刀が一閃してから微動だにしない。やがて鬼の頭が後ろ向きに傾いた。
鈍い音を立てて落下したのは、牙を剥きだした恐ろしい形相のまま固まった、鬼の首だった。
頭部を失った体からは自然と力が抜け、前のめりに倒れ掛かってきた。
「ゆうき、あぶない!」
「うわっ!」
結城から分離して肩車状態で現れた媛寿が、結城の頭を後ろに引っ張った。バランスを崩して数歩後退したのが幸いして、結城は鬼の下敷きにならずに済んだ。
「あ、あぶなかった~。ありがとう、媛寿」
「ふひゅ~」
媛寿は憔悴したと言わんばかりに、結城の頭頂に顔を預けた。結城が制止を振り切って突撃した時は、さすがに結城の身が危ないと感じ、生きた心地がしなかったからだ。実際に、運気を可能な限り上げていなければ、鬼の爪で細切れにされていたかもしれない。
とはいえ、怨嗟の呪詛で造られた鬼は沈黙した。どれだけ凶悪な鬼神でも、首を刎ねられてしまってはどうしようもない。
結城をはじめとした皆は、緊張感を解いて息を吐いた。
だが、首を無くして横たわる鬼の体を見つめながら、朱月灯恵が薄く微笑んでいたことに、その時は誰も気付いていなかった。
アテナの槍の穂先が空を裂き、千夏の金砕棒が打ち下ろされるのはほぼ同時だった。
本来なら、左右同時攻撃を捌くのは容易ではない。だが、複眼によって索敵範囲を拡張した鬼神にとって、それは児戯にも等しいことだった。
左側の腕で槍の柄を掴んで止め、右側の腕を盾代わりに金砕棒を受けきった。
戦女神と鬼の子孫の同時攻撃を、まさに達人級の反応で防いで見せたのだ。
だが、アテナも千夏も攻撃を受けきられたことに何ら動揺していない。
むしろ、それは想定の範囲内のこと。本番はここからだった。
アテナは神盾から手を離し、掴まれた槍を両手で持つと、そのまま大きくぐるぐると捻りだした。槍の柄は回転しながら他の複腕を巻き込み、アテナが動きを止める頃には鬼の左側の腕は槍の柄に絡め取られ、一切動かせなくなっていた。
千夏も金棒を腕の関節を縫うように当てると、同じように金棒そのもので右側の腕全てを絡め取った。
左右から長物の武器を使った腕固めをかけられ、鬼は攻撃手段を封じられてしまった。
ただし、それはあくまで一時的な抑制にしかならない。鬼の膂力をもってすれば、ものの数秒で拘束を解くことができる。アテナと千夏はあえなく弾き飛ばされる運命だった。
しかし、二人にとってはその数秒を稼ぐだけで充分だった。
腕の動きを封じられ、いまや立ち尽くすしかない鬼の前に、ハルペーを両手で構えた結城が立ちはだかった。
アテナと千夏は気付いていた。シロガネの斬撃でも斬れなかった鬼の肉体も、不死殺しのハルペーならいとも簡単に斬ることができた。
ならば、致命的な一撃を与えることができれば、ハルペーは確実に鬼を倒せる。ただ、結城がまともに戦っていたのでは、いずれ競り負けてしまう。
そこでアテナと千夏、二人は陽動としてあえて大雑把な攻撃を仕掛け、鬼を押さえつけることによって隙を作ることにしたのだ。結城が鬼に引導を渡す、その決定的な瞬間を与えるために。
結城はハルペーの刀身を横に倒した構えを取った。振るうは右薙ぎ。狙うは右の首筋。
ほんの少し先にある剣の軌道を見据え、結城は真っ直ぐ駆け出した。防御も回避も考える必要は一切ない。己がやるべきことはただ一つ。鬼の首を刈り取ること。
曲刀を握る結城の手に力がこもる。
「ガアアアッ!」
「くっ!」
「うおっ!」
だが鬼もまた、黙って首を刈られるのを待ってはいない。最大限の力を発揮し、複腕の筋肉を膨張させる。血管が浮き出て、肉と骨が軋みを上げる。アテナと千夏の拘束を、得物もろともに排除すべく、恐るべき膂力が発せられていた。
このまま拘束が解かれれば、結城は鬼の迎撃を真正面から受けることになる。アイアースの盾を捨ててしまった状態では、何ら防ぐ術なく挽肉と化してしまう。
そうはさせじとアテナと千夏も鬼の膂力に抵抗するが、多くの怨嗟を内包する鬼神の力は並ではない。現代では大幅にパワーダウンしたアテナと、鬼族とはいえ人の血が入っている千夏にとって、純粋な鬼神の力は抑えるのも厄介なものだった。
(こ、これは……ヤバい……か!?)
(せめてあと一秒……いえ……0.5秒だけでも!)
千夏とアテナの拘束が限界にさしかかりそうだった時、マスクマンが腰に携えていた石斧を投擲した。重心を回転軸にして飛ぶ石斧は結城の横を通り抜け、鬼の顔面左目に命中した。
「ギャアッ!」
鋭い黒曜石の刃が鬼の目元に食い込んだ。鋼の刃さえ通さない鬼の肉体も、さすがに目だけは守りが薄い。石斧が激突したことで、鬼は短い悲鳴を上げた。
しかし、鬼はまだ諦めていなかった。拘束を外すことができないなら、諸共に振り回してしまえばいい。アテナと千夏を腕にしがみつかせたままで、鬼は自ら回転して突撃してくる結城を振り払おうと考えた。
結城が肉薄するタイミングを狙って、体幹を中心に大回転を試みようと脚に力を注ぐ。
だが、鬼はそのタイミングを逸した。動き出そうとした途端、首に何かが巻きついていることに気付いたからだ。
鬼に確認する余裕はなかったが、首には細いワイヤーが巻きつき、張力によって締め上げていた。ワイヤーの端を握っていたのは、鬼に投げ飛ばされたシロガネの右手だった。首への斬撃とは別に、小さな錘を括りつけたワイヤーを巻きつかせていたのだ。
これで鬼は完全に、結城の一太刀を避ける間を失った。
絶好の距離で地を蹴り、結城は鬼の首の高さまで上がった。
全身の回転を腕から柄、刀身に伝え、内側に沿った刃に力が加わる。
不死をも葬る曲刀ハルペーが、鬼の首に生じたわずかな切り傷に重なり、一筋の光となって閃いた。
右薙ぎの斬撃を振りぬき、着地する結城。
鬼は曲刀が一閃してから微動だにしない。やがて鬼の頭が後ろ向きに傾いた。
鈍い音を立てて落下したのは、牙を剥きだした恐ろしい形相のまま固まった、鬼の首だった。
頭部を失った体からは自然と力が抜け、前のめりに倒れ掛かってきた。
「ゆうき、あぶない!」
「うわっ!」
結城から分離して肩車状態で現れた媛寿が、結城の頭を後ろに引っ張った。バランスを崩して数歩後退したのが幸いして、結城は鬼の下敷きにならずに済んだ。
「あ、あぶなかった~。ありがとう、媛寿」
「ふひゅ~」
媛寿は憔悴したと言わんばかりに、結城の頭頂に顔を預けた。結城が制止を振り切って突撃した時は、さすがに結城の身が危ないと感じ、生きた心地がしなかったからだ。実際に、運気を可能な限り上げていなければ、鬼の爪で細切れにされていたかもしれない。
とはいえ、怨嗟の呪詛で造られた鬼は沈黙した。どれだけ凶悪な鬼神でも、首を刎ねられてしまってはどうしようもない。
結城をはじめとした皆は、緊張感を解いて息を吐いた。
だが、首を無くして横たわる鬼の体を見つめながら、朱月灯恵が薄く微笑んでいたことに、その時は誰も気付いていなかった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる