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化生の群編

切断

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 鬼の複眼が左右を睨み、アテナと千夏ちなつの攻撃態勢を捕捉する。
 アテナの槍の穂先が空を裂き、千夏の金砕棒かなさいぼうが打ち下ろされるのはほぼ同時だった。
 本来なら、左右同時攻撃を捌くのは容易ではない。だが、複眼によって索敵範囲を拡張した鬼神にとって、それは児戯にも等しいことだった。
 左側の腕で槍の柄を掴んで止め、右側の腕を盾代わりに金砕棒を受けきった。
 戦女神と鬼の子孫の同時攻撃を、まさに達人級の反応で防いで見せたのだ。
 だが、アテナも千夏も攻撃を受けきられたことに何ら動揺していない。
 むしろ、それは想定の範囲内のこと。本番はここからだった。
 アテナは神盾アイギスから手を離し、掴まれた槍を両手で持つと、そのまま大きくぐるぐると捻りだした。槍の柄は回転しながら他の複腕を巻き込み、アテナが動きを止める頃には鬼の左側の腕は槍の柄に絡め取られ、一切動かせなくなっていた。
 千夏も金棒を腕の関節を縫うように当てると、同じように金棒そのもので右側の腕全てを絡め取った。
 左右から長物の武器を使った腕固めをかけられ、鬼は攻撃手段を封じられてしまった。
 ただし、それはあくまで一時的な抑制にしかならない。鬼の膂力をもってすれば、ものの数秒で拘束を解くことができる。アテナと千夏はあえなく弾き飛ばされる運命だった。
 しかし、二人にとってはその数秒を稼ぐだけで充分だった。
 腕の動きを封じられ、いまや立ち尽くすしかない鬼の前に、ハルペーを両手で構えた結城ゆうきが立ちはだかった。
 アテナと千夏は気付いていた。シロガネの斬撃でも斬れなかった鬼の肉体も、不死殺しのハルペーならいとも簡単に斬ることができた。
 ならば、致命的な一撃を与えることができれば、ハルペーは確実に鬼を倒せる。ただ、結城がまともに戦っていたのでは、いずれ競り負けてしまう。
 そこでアテナと千夏、二人は陽動としてあえて大雑把な攻撃を仕掛け、鬼を押さえつけることによって隙を作ることにしたのだ。結城が鬼に引導を渡す、その決定的な瞬間を与えるために。
 結城はハルペーの刀身を横に倒した構えを取った。振るうは右薙ぎ。狙うは右の首筋。
 ほんの少し先にある剣の軌道を見据え、結城は真っ直ぐ駆け出した。防御も回避も考える必要は一切ない。己がやるべきことはただ一つ。鬼の首を刈り取ること。
 曲刀を握る結城の手に力がこもる。
「ガアアアッ!」
「くっ!」
「うおっ!」
 だが鬼もまた、黙って首を刈られるのを待ってはいない。最大限の力を発揮し、複腕の筋肉を膨張させる。血管が浮き出て、肉と骨が軋みを上げる。アテナと千夏の拘束を、得物もろともに排除すべく、恐るべき膂力が発せられていた。
 このまま拘束が解かれれば、結城は鬼の迎撃を真正面から受けることになる。アイアースの盾を捨ててしまった状態では、何ら防ぐ術なく挽肉と化してしまう。
 そうはさせじとアテナと千夏も鬼の膂力に抵抗するが、多くの怨嗟を内包する鬼神の力は並ではない。現代では大幅にパワーダウンしたアテナと、鬼族とはいえ人の血が入っている千夏にとって、純粋な鬼神の力は抑えるのも厄介なものだった。
(こ、これは……ヤバい……か!?)
(せめてあと一秒……いえ……0.5秒だけでも!)
 千夏とアテナの拘束が限界にさしかかりそうだった時、マスクマンが腰に携えていた石斧を投擲した。重心を回転軸にして飛ぶ石斧は結城の横を通り抜け、鬼の顔面左目に命中した。
「ギャアッ!」
 鋭い黒曜石の刃が鬼の目元に食い込んだ。鋼の刃さえ通さない鬼の肉体も、さすがに目だけは守りが薄い。石斧が激突したことで、鬼は短い悲鳴を上げた。
 しかし、鬼はまだ諦めていなかった。拘束を外すことができないなら、諸共に振り回してしまえばいい。アテナと千夏を腕にしがみつかせたままで、鬼は自ら回転して突撃してくる結城を振り払おうと考えた。
 結城が肉薄するタイミングを狙って、体幹を中心に大回転を試みようと脚に力を注ぐ。
 だが、鬼はそのタイミングを逸した。動き出そうとした途端、首に何かが巻きついていることに気付いたからだ。
 鬼に確認する余裕はなかったが、首には細いワイヤーが巻きつき、張力によって締め上げていた。ワイヤーの端を握っていたのは、鬼に投げ飛ばされたシロガネの右手だった。首への斬撃とは別に、小さなおもりを括りつけたワイヤーを巻きつかせていたのだ。
 これで鬼は完全に、結城の一太刀を避ける間を失った。
 絶好の距離で地を蹴り、結城は鬼の首の高さまで上がった。
 全身の回転を腕から柄、刀身に伝え、内側に沿った刃に力が加わる。
 不死をも葬る曲刀ハルペーが、鬼の首に生じたわずかな切り傷に重なり、一筋の光となって閃いた。
 右薙ぎの斬撃を振りぬき、着地する結城。
 鬼は曲刀が一閃してから微動だにしない。やがて鬼の頭が後ろ向きに傾いた。
 鈍い音を立てて落下したのは、牙を剥きだした恐ろしい形相のまま固まった、鬼の首だった。
 頭部を失った体からは自然と力が抜け、前のめりに倒れ掛かってきた。
「ゆうき、あぶない!」
「うわっ!」
 結城から分離して肩車状態で現れた媛寿えんじゅが、結城の頭を後ろに引っ張った。バランスを崩して数歩後退したのが幸いして、結城は鬼の下敷きにならずに済んだ。
「あ、あぶなかった~。ありがとう、媛寿」
「ふひゅ~」
 媛寿は憔悴したと言わんばかりに、結城の頭頂に顔を預けた。結城が制止を振り切って突撃した時は、さすがに結城の身が危ないと感じ、生きた心地がしなかったからだ。実際に、運気を可能な限り上げていなければ、鬼の爪で細切れにされていたかもしれない。
 とはいえ、怨嗟の呪詛で造られた鬼は沈黙した。どれだけ凶悪な鬼神でも、首を刎ねられてしまってはどうしようもない。
 結城をはじめとした皆は、緊張感を解いて息を吐いた。
 だが、首を無くして横たわる鬼の体を見つめながら、朱月灯恵あかつきともえが薄く微笑んでいたことに、その時は誰も気付いていなかった。
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