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化生の群編
攻防
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左胸、鳩尾、下腹部、それぞれに鬼の鉤爪が深々と突き刺さった。
「ぐ、ぶっ!」
シロガネの口から血が溢れた。白いエプロンドレスにも、赤い染みがじわじわと拡がっていく。
「シロガネー!」
血まみれになったシロガネの姿を目の当たりにし、結城は思わず叫んだ。シロガネの肉体は、あくまで仮初で作ったものに過ぎない。多少傷付いたとしても問題ないが、もし『本体』が破壊されてしまった場合、シロガネ自身の死を意味することになる。
結城の脳裏にシロガネの『本体』が壊れるイメージが過ぎり、考えるよりも先に足を疾駆させた。
「ユウキ!」
アテナが止めようとしたが、その声は結城の耳には届かない。
(ゆうき! だめ! だめ!)
結城と融合状態にある媛寿も声をかけるが、結城の心は今や激昂と恐慌が半々の状態にあった。
鬼に対して、結城は真っ直ぐに走った。ほとんど衝動的な突進でありながら、剣と盾の構えには隙がない。剣は上げすぎず下げすぎず、いつでも充分な振りかぶりができる位置に、盾は左半身を覆い隠しつつ、やや正中線に近づけ、いつでも防御体制が取れるように。
アテナとの日々の鍛錬が、脳ではなく肉体の記憶として活きていた証左だった。
しかし、それでも鬼から見れば、考えなしの突貫でしかない。左の腕三本は結城に対し、余裕で対応できる状態にある。このまま攻められたところで、腕三本分の爪撃を見舞えばいいことだった。
鬼は結城の体をまるごと引き裂くべく、左の腕三本を大きく掲げた。
あと数歩も間合いが詰まれば、結城は原型も留めぬ肉塊に変わる。鬼が現出させた八つの眼は、結城がどんな動きを見せようとも、的確に捉えることができた。
まるでスローモーションに見える結城を眺めながら、鬼は来るべき瞬間を待ちわびた。
だが、不意に首筋に衝撃が当たり、鬼は結城から『眼』を逸らした。
見ると、日本刀の刃が首にめり込んでいた。とはいえ、鬼の強靭な肉体に対して、刃は1cmも斬り込めていない。
その刀を振るったのは、未だ鬼に串刺しにされているシロガネだった。腹部を鮮血に染められながらも、ほんのわずかな間隙を狙って鬼の首を取ろうとしたのだ。
「ガアアッ!」
鬼は忌々しげに腕を振るい、突き刺さっていたシロガネを弾き飛ばした。血飛沫を伴ってシロガネは宙を舞い、糸の切れた人形のように地面に落下した。
その様を見届けた鬼だったが、次の瞬間、手の先の感覚が途絶えた。正確には左側、一番上の腕の先の感覚がまるごと無くなった。
驚愕して振り返ると、左手の一つが、結城の振るったハルペーの斬撃で斬り落とされていた。シロガネを振り払っている間に、肉薄した結城は六本のうちの一つとはいえ、鬼の手を切り取ったのだ。
重心、体幹、全体重を揃えて振るわれた曲刀ハルペー。結城は半分以上怒りに囚われながらも、アテナから教わった片手剣術の基礎を忠実に守っていた。それが不死者をも葬る曲刀の切れ味と合わさり、鋼鉄の如き鬼の肉体を斬って見せた。
「アアアッ!」
今度は手一つを失った鬼が、激昂の声を上げて爪を振りかぶる。シロガネを突き刺した右三本の爪が、空気を裂いて結城に襲いかかった。
「ぐっ!」
結城はハルペーを振り抜いた体勢から、素早く体を引き戻し、アイアースの盾を前に出すように構え直した。
革が裂ける音と金属音が重なった独特の音が響き、鬼の爪は盾に命中した。だが、七枚分の牛の革が威力を殺し、青銅の部分に届く頃には攻撃力は半分以下になっていた。レプリカとはいえ、ヘファイストス謹製のアイアースの盾は、鬼神の力を防ぐに充分な防備を誇っていた。
「グゥアアッ!」
しかし、鬼も黙ってはいない。すかさず左二本の腕を振りかぶって第二波を放とうとする。
「うっ!」
結城は焦った。盾は右腕に押さえ込まれていて動かせない。このままでは防御体勢を取れないまま、左腕からの攻撃を受けることになる。
いま左腕の爪が閃こうとした直前、弧を描いて飛来する物体が二つあった。
少し離れた位置からマスクマンが放ったブーメランだった。二つはほぼ同じ軌道で飛び、衝突の間際にわずかにズレて、それぞれが鬼の左手に命中した。樫の木から削りだされた超硬質のブーメランは、鬼の手の甲に深々と食い込んだ。
鬼が振り下ろすはずだった腕は、一瞬だけ動きが止まった。
そこを結城は見逃さなかった。再び剣を構え直し、全身の力を載せるつもりで斬りつけた。今度は右側下段の手が落ちる。
「ガアッ!」
予想外の攻撃を立て続けに受けて、鬼は呻きながら一歩退がった。
ほんの一歩分ではあったが、結城との距離が開けたことを、アテナは見逃さなかった。脚力を最大にして地を蹴り、鬼に突進を試みる。
千夏もまた、アテナの意図を察し、追随するように駆け出した。
ここまでの攻防を見て、アテナはいくつかの重要な情報を得ていた。
鬼は一つの肉体に複数の視覚器官を有しているが、それらは完全に独立した意思を持っているわけではない。通常では考えられない広い視野と反応速度を持っていても、統括している頭部の意思に引き摺られてしまうと、索敵に大きな隙を作ってしまう。常に全方位をカバーして戦えるほど、優れた感知はできていないということ。
次に鬼の肉体が持つ防御力について。弱っていたとはいえ、シロガネの斬撃を首に受けてもほとんど斬れなかったのに対し、結城が振るったハルペーではあっさり手を斬り落とされた。
不死をも滅す力を持つハルペーのレプリカであるならば、鬼の鋼に勝る防御を突破し得る。
これだけ分かれば、強大な鬼神の攻略法など、知略の女神にとっては食事の献立を考えるより造作もない。
アテナは結城の背後手前まで来ると、すぐに右ステップで進路を変えた。
千夏は左ステップで方向転換し、アテナと千夏は鬼を左右から挟む配置に立った。
アテナが槍を持つ腕を引き絞り、千夏は金砕棒を大上段に構えた。
「ぐ、ぶっ!」
シロガネの口から血が溢れた。白いエプロンドレスにも、赤い染みがじわじわと拡がっていく。
「シロガネー!」
血まみれになったシロガネの姿を目の当たりにし、結城は思わず叫んだ。シロガネの肉体は、あくまで仮初で作ったものに過ぎない。多少傷付いたとしても問題ないが、もし『本体』が破壊されてしまった場合、シロガネ自身の死を意味することになる。
結城の脳裏にシロガネの『本体』が壊れるイメージが過ぎり、考えるよりも先に足を疾駆させた。
「ユウキ!」
アテナが止めようとしたが、その声は結城の耳には届かない。
(ゆうき! だめ! だめ!)
結城と融合状態にある媛寿も声をかけるが、結城の心は今や激昂と恐慌が半々の状態にあった。
鬼に対して、結城は真っ直ぐに走った。ほとんど衝動的な突進でありながら、剣と盾の構えには隙がない。剣は上げすぎず下げすぎず、いつでも充分な振りかぶりができる位置に、盾は左半身を覆い隠しつつ、やや正中線に近づけ、いつでも防御体制が取れるように。
アテナとの日々の鍛錬が、脳ではなく肉体の記憶として活きていた証左だった。
しかし、それでも鬼から見れば、考えなしの突貫でしかない。左の腕三本は結城に対し、余裕で対応できる状態にある。このまま攻められたところで、腕三本分の爪撃を見舞えばいいことだった。
鬼は結城の体をまるごと引き裂くべく、左の腕三本を大きく掲げた。
あと数歩も間合いが詰まれば、結城は原型も留めぬ肉塊に変わる。鬼が現出させた八つの眼は、結城がどんな動きを見せようとも、的確に捉えることができた。
まるでスローモーションに見える結城を眺めながら、鬼は来るべき瞬間を待ちわびた。
だが、不意に首筋に衝撃が当たり、鬼は結城から『眼』を逸らした。
見ると、日本刀の刃が首にめり込んでいた。とはいえ、鬼の強靭な肉体に対して、刃は1cmも斬り込めていない。
その刀を振るったのは、未だ鬼に串刺しにされているシロガネだった。腹部を鮮血に染められながらも、ほんのわずかな間隙を狙って鬼の首を取ろうとしたのだ。
「ガアアッ!」
鬼は忌々しげに腕を振るい、突き刺さっていたシロガネを弾き飛ばした。血飛沫を伴ってシロガネは宙を舞い、糸の切れた人形のように地面に落下した。
その様を見届けた鬼だったが、次の瞬間、手の先の感覚が途絶えた。正確には左側、一番上の腕の先の感覚がまるごと無くなった。
驚愕して振り返ると、左手の一つが、結城の振るったハルペーの斬撃で斬り落とされていた。シロガネを振り払っている間に、肉薄した結城は六本のうちの一つとはいえ、鬼の手を切り取ったのだ。
重心、体幹、全体重を揃えて振るわれた曲刀ハルペー。結城は半分以上怒りに囚われながらも、アテナから教わった片手剣術の基礎を忠実に守っていた。それが不死者をも葬る曲刀の切れ味と合わさり、鋼鉄の如き鬼の肉体を斬って見せた。
「アアアッ!」
今度は手一つを失った鬼が、激昂の声を上げて爪を振りかぶる。シロガネを突き刺した右三本の爪が、空気を裂いて結城に襲いかかった。
「ぐっ!」
結城はハルペーを振り抜いた体勢から、素早く体を引き戻し、アイアースの盾を前に出すように構え直した。
革が裂ける音と金属音が重なった独特の音が響き、鬼の爪は盾に命中した。だが、七枚分の牛の革が威力を殺し、青銅の部分に届く頃には攻撃力は半分以下になっていた。レプリカとはいえ、ヘファイストス謹製のアイアースの盾は、鬼神の力を防ぐに充分な防備を誇っていた。
「グゥアアッ!」
しかし、鬼も黙ってはいない。すかさず左二本の腕を振りかぶって第二波を放とうとする。
「うっ!」
結城は焦った。盾は右腕に押さえ込まれていて動かせない。このままでは防御体勢を取れないまま、左腕からの攻撃を受けることになる。
いま左腕の爪が閃こうとした直前、弧を描いて飛来する物体が二つあった。
少し離れた位置からマスクマンが放ったブーメランだった。二つはほぼ同じ軌道で飛び、衝突の間際にわずかにズレて、それぞれが鬼の左手に命中した。樫の木から削りだされた超硬質のブーメランは、鬼の手の甲に深々と食い込んだ。
鬼が振り下ろすはずだった腕は、一瞬だけ動きが止まった。
そこを結城は見逃さなかった。再び剣を構え直し、全身の力を載せるつもりで斬りつけた。今度は右側下段の手が落ちる。
「ガアッ!」
予想外の攻撃を立て続けに受けて、鬼は呻きながら一歩退がった。
ほんの一歩分ではあったが、結城との距離が開けたことを、アテナは見逃さなかった。脚力を最大にして地を蹴り、鬼に突進を試みる。
千夏もまた、アテナの意図を察し、追随するように駆け出した。
ここまでの攻防を見て、アテナはいくつかの重要な情報を得ていた。
鬼は一つの肉体に複数の視覚器官を有しているが、それらは完全に独立した意思を持っているわけではない。通常では考えられない広い視野と反応速度を持っていても、統括している頭部の意思に引き摺られてしまうと、索敵に大きな隙を作ってしまう。常に全方位をカバーして戦えるほど、優れた感知はできていないということ。
次に鬼の肉体が持つ防御力について。弱っていたとはいえ、シロガネの斬撃を首に受けてもほとんど斬れなかったのに対し、結城が振るったハルペーではあっさり手を斬り落とされた。
不死をも滅す力を持つハルペーのレプリカであるならば、鬼の鋼に勝る防御を突破し得る。
これだけ分かれば、強大な鬼神の攻略法など、知略の女神にとっては食事の献立を考えるより造作もない。
アテナは結城の背後手前まで来ると、すぐに右ステップで進路を変えた。
千夏は左ステップで方向転換し、アテナと千夏は鬼を左右から挟む配置に立った。
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