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化生の群編
撤退戦
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「あてなさまっ!」
絶望的な状況に現れたアテナを見て、媛寿はパッと顔を明るくした。まさに救いの女神の登場だった。
「このようなことになった経緯は後で問い質します。まずはユウキを安全な場所まで運びますよ」
斑模様の怪物を弾き飛ばした辺りを警戒しながら、槍と神盾を構えるアテナ。案の定、怪物は首を振りながら起き上がってきた。
(思ったよりも頑丈ですね。あまり手加減はしなかったはずですが……)
アテナの神盾の殴打を受けたにも関わらず、怪物はそれほどダメージを負ったようには見えなかった。それどころか、突如として現れたアテナを敵と捉え、異形の爪を鳴らして牙を剥きだした。
一方のアテナは怪物が臨戦態勢に入ったことを認めると、ちらりと結城と媛寿に目を向けた。
(ここで長時間の戦闘は避けるべきですね)
「マスクマン! ユウキとエンジュを連れてここを離れなさい!」
そう言うが早いか、アテナが叫ぶと同時に怪物は爪を振り上げて突進してきた。すかさずアテナは盾で防御する。
「OΨ!(おうよ)」
アテナの指示に応え、藪の中から現れたマスクマンは、結城と媛寿を素早く小脇に抱えると逆方向に駆け出した。
「グウゥ……」
赤い斑の怪物はすぐにでも追いかけたかったが、アテナの盾に押さえ込まれてしまい、身動きが取れない。
怪物は目線を一瞬だけ林に向けた。すると空間が歪み、青い斑模様の怪物が現れた。結城たちを逃がすまいと、代わりの追跡者を寄越したのだ。
「ガアァ!」
青い斑の怪物は腰を落とすと、マスクマンが走り去っていった方向へ全力のダッシュを試みた。その脚力と走力をもってすれば、あるいは結城と媛寿を連れたマスクマンに追いつけたかもしれない。
しかし、それは適わなかった。駆け出した瞬間に、鋼糸の繋がった短剣が四本、胴体に突き刺さったからだ。
「ギャアアッ!」
相対速度で深々と刺さったナイフの痛みで、怪物は完全に走行のバランスを失い、地面に派手に転倒した。
さらに、すぐに立ち上がろうとした怪物の顔面を、翻ったロングスカートから伸びた脚が蹴り上げる。右手に鋼糸、左手に大剣、口に日本刀を咥えた白衣のメイド、シロガネだった。
「シロガネ、ユウキたちは?」
「ふぉふ、はひひょうふ」
刀身を咥えているので、やや呂律がおかしくなっているシロガネ。だが、それなりに付き合いが長いので、アテナもシロガネの言わんとしていることは受け取れた。
「では撤退します」
「ひょう、はひ」
シロガネは後方に少し距離を取ると、右手の鋼糸を引っ張り、自らの体を軸に大きく回転した。鋼糸の先にあるナイフで串刺しにされていた青い斑の怪物が、シロガネの回転に伴って振り回される。
強力な遠心力を負荷された怪物は、アテナのすぐ後ろまで迫っていた。未だ赤い斑の怪物とせめぎ合っていたアテナは、衝突の寸前にあっさりと力を緩め、飛んできた青い怪物を回避した。その先には、アテナとの拮抗が崩された赤い怪物の姿があった。
次の瞬間には、シロガネに振り回された青い怪物が、赤い怪物に見事に激突した。二体の怪物はもつれ合いながら、藪や木々をなぎ倒していった。
敵の状態を見届けることなく、アテナとシロガネはその場を離れようとした。が、敵をみすみす逃がすまいと、怪物たちも即座に追いすがってくる。
「シロガネ!」
「りょう、かい」
アテナは右手に携えていた槍の穂先を閃かせる。シロガネも咥えていた日本刀を手に持ち直し、大剣とともに回転した。どちらの刃も、斬ったのは森の木々だった。
切断された樹木が倒れ込んだのは、アテナとシロガネに向かってきていた怪物たちの目の前だった。何本もの木が折り重なり、地響きが静かな森にこだまする。
倒木を力任せに払いのけた怪物たちだったが、その時にはもうアテナたちの姿は見えなくなっていた。
獲物を取り逃した獣の如く、二体の怪物は森に咆哮を轟かせた。
社に残った般若面は、奥にある壁の窪みに手を伸ばした。
社の奥の壁は天然の岩壁をそのまま使っているので、無骨な岩肌が露になっている。その壁の中点となる部分には、人の頭がすっぽり入ってしまいそうな窪みが空いている。
窪みの中に安置されていた、一抱えはある陶製の瓶。般若面はその瓶を取り出し、大事そうに両腕で抱きしめた。
社は媛寿が行った砲撃で半壊していた。直撃を免れ、瓶が破壊されなかったのは、般若面にとって僥倖だった。すぐ近くまで控えている大業のために、その瓶はどうしても必要なのだ。
瓶を窪みに戻し、般若面は面紐を解いた。外した面を左手に持ち、決意に満ちた眼差しを瓶に向ける。
成すべき大願のために、人の道を踏み外すことも厭わない。
いつか胸に灯った意志を再確認し、心を般若に変えた者は歯を食いしばった。
絶望的な状況に現れたアテナを見て、媛寿はパッと顔を明るくした。まさに救いの女神の登場だった。
「このようなことになった経緯は後で問い質します。まずはユウキを安全な場所まで運びますよ」
斑模様の怪物を弾き飛ばした辺りを警戒しながら、槍と神盾を構えるアテナ。案の定、怪物は首を振りながら起き上がってきた。
(思ったよりも頑丈ですね。あまり手加減はしなかったはずですが……)
アテナの神盾の殴打を受けたにも関わらず、怪物はそれほどダメージを負ったようには見えなかった。それどころか、突如として現れたアテナを敵と捉え、異形の爪を鳴らして牙を剥きだした。
一方のアテナは怪物が臨戦態勢に入ったことを認めると、ちらりと結城と媛寿に目を向けた。
(ここで長時間の戦闘は避けるべきですね)
「マスクマン! ユウキとエンジュを連れてここを離れなさい!」
そう言うが早いか、アテナが叫ぶと同時に怪物は爪を振り上げて突進してきた。すかさずアテナは盾で防御する。
「OΨ!(おうよ)」
アテナの指示に応え、藪の中から現れたマスクマンは、結城と媛寿を素早く小脇に抱えると逆方向に駆け出した。
「グウゥ……」
赤い斑の怪物はすぐにでも追いかけたかったが、アテナの盾に押さえ込まれてしまい、身動きが取れない。
怪物は目線を一瞬だけ林に向けた。すると空間が歪み、青い斑模様の怪物が現れた。結城たちを逃がすまいと、代わりの追跡者を寄越したのだ。
「ガアァ!」
青い斑の怪物は腰を落とすと、マスクマンが走り去っていった方向へ全力のダッシュを試みた。その脚力と走力をもってすれば、あるいは結城と媛寿を連れたマスクマンに追いつけたかもしれない。
しかし、それは適わなかった。駆け出した瞬間に、鋼糸の繋がった短剣が四本、胴体に突き刺さったからだ。
「ギャアアッ!」
相対速度で深々と刺さったナイフの痛みで、怪物は完全に走行のバランスを失い、地面に派手に転倒した。
さらに、すぐに立ち上がろうとした怪物の顔面を、翻ったロングスカートから伸びた脚が蹴り上げる。右手に鋼糸、左手に大剣、口に日本刀を咥えた白衣のメイド、シロガネだった。
「シロガネ、ユウキたちは?」
「ふぉふ、はひひょうふ」
刀身を咥えているので、やや呂律がおかしくなっているシロガネ。だが、それなりに付き合いが長いので、アテナもシロガネの言わんとしていることは受け取れた。
「では撤退します」
「ひょう、はひ」
シロガネは後方に少し距離を取ると、右手の鋼糸を引っ張り、自らの体を軸に大きく回転した。鋼糸の先にあるナイフで串刺しにされていた青い斑の怪物が、シロガネの回転に伴って振り回される。
強力な遠心力を負荷された怪物は、アテナのすぐ後ろまで迫っていた。未だ赤い斑の怪物とせめぎ合っていたアテナは、衝突の寸前にあっさりと力を緩め、飛んできた青い怪物を回避した。その先には、アテナとの拮抗が崩された赤い怪物の姿があった。
次の瞬間には、シロガネに振り回された青い怪物が、赤い怪物に見事に激突した。二体の怪物はもつれ合いながら、藪や木々をなぎ倒していった。
敵の状態を見届けることなく、アテナとシロガネはその場を離れようとした。が、敵をみすみす逃がすまいと、怪物たちも即座に追いすがってくる。
「シロガネ!」
「りょう、かい」
アテナは右手に携えていた槍の穂先を閃かせる。シロガネも咥えていた日本刀を手に持ち直し、大剣とともに回転した。どちらの刃も、斬ったのは森の木々だった。
切断された樹木が倒れ込んだのは、アテナとシロガネに向かってきていた怪物たちの目の前だった。何本もの木が折り重なり、地響きが静かな森にこだまする。
倒木を力任せに払いのけた怪物たちだったが、その時にはもうアテナたちの姿は見えなくなっていた。
獲物を取り逃した獣の如く、二体の怪物は森に咆哮を轟かせた。
社に残った般若面は、奥にある壁の窪みに手を伸ばした。
社の奥の壁は天然の岩壁をそのまま使っているので、無骨な岩肌が露になっている。その壁の中点となる部分には、人の頭がすっぽり入ってしまいそうな窪みが空いている。
窪みの中に安置されていた、一抱えはある陶製の瓶。般若面はその瓶を取り出し、大事そうに両腕で抱きしめた。
社は媛寿が行った砲撃で半壊していた。直撃を免れ、瓶が破壊されなかったのは、般若面にとって僥倖だった。すぐ近くまで控えている大業のために、その瓶はどうしても必要なのだ。
瓶を窪みに戻し、般若面は面紐を解いた。外した面を左手に持ち、決意に満ちた眼差しを瓶に向ける。
成すべき大願のために、人の道を踏み外すことも厭わない。
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