上 下
145 / 404
化生の群編

撤退戦

しおりを挟む
「あてなさまっ!」
 絶望的な状況に現れたアテナを見て、媛寿えんじゅはパッと顔を明るくした。まさに救いの女神の登場だった。
「このようなことになった経緯は後で問い質します。まずはユウキを安全な場所まで運びますよ」
 まだら模様の怪物を弾き飛ばした辺りを警戒しながら、槍と神盾アイギスを構えるアテナ。案の定、怪物は首を振りながら起き上がってきた。
(思ったよりも頑丈ですね。あまり手加減はしなかったはずですが……)
 アテナの神盾の殴打を受けたにも関わらず、怪物はそれほどダメージを負ったようには見えなかった。それどころか、突如として現れたアテナを敵と捉え、異形の爪を鳴らして牙を剥きだした。
 一方のアテナは怪物が臨戦態勢に入ったことを認めると、ちらりと結城ゆうきと媛寿に目を向けた。
(ここで長時間の戦闘は避けるべきですね)
「マスクマン! ユウキとエンジュを連れてここを離れなさい!」
 そう言うが早いか、アテナが叫ぶと同時に怪物は爪を振り上げて突進してきた。すかさずアテナは盾で防御する。
「OΨ!(おうよ)」
 アテナの指示に応え、藪の中から現れたマスクマンは、結城と媛寿を素早く小脇に抱えると逆方向に駆け出した。
「グウゥ……」
 赤い斑の怪物はすぐにでも追いかけたかったが、アテナの盾に押さえ込まれてしまい、身動きが取れない。
 怪物は目線を一瞬だけ林に向けた。すると空間が歪み、青い斑模様の怪物が現れた。結城たちを逃がすまいと、代わりの追跡者を寄越したのだ。
「ガアァ!」
 青い斑の怪物は腰を落とすと、マスクマンが走り去っていった方向へ全力のダッシュを試みた。その脚力と走力をもってすれば、あるいは結城と媛寿を連れたマスクマンに追いつけたかもしれない。
 しかし、それは適わなかった。駆け出した瞬間に、鋼糸の繋がった短剣が四本、胴体に突き刺さったからだ。
「ギャアアッ!」
 相対速度で深々と刺さったナイフの痛みで、怪物は完全に走行のバランスを失い、地面に派手に転倒した。
 さらに、すぐに立ち上がろうとした怪物の顔面を、翻ったロングスカートから伸びた脚が蹴り上げる。右手に鋼糸、左手に大剣ツヴァイヘンダー、口に日本刀を咥えた白衣のメイド、シロガネだった。
「シロガネ、ユウキたちは?」
ふぉふもうはひひょうふだいじょうぶ
 刀身を咥えているので、やや呂律がおかしくなっているシロガネ。だが、それなりに付き合いが長いので、アテナもシロガネの言わんとしていることは受け取れた。
「では撤退します」
ひょうりょうはひかい
 シロガネは後方に少し距離を取ると、右手の鋼糸を引っ張り、自らの体を軸に大きく回転した。鋼糸の先にあるナイフで串刺しにされていた青い斑の怪物が、シロガネの回転に伴って振り回される。
 強力な遠心力を負荷された怪物は、アテナのすぐ後ろまで迫っていた。未だ赤い斑の怪物とせめぎ合っていたアテナは、衝突の寸前にあっさりと力を緩め、飛んできた青い怪物を回避した。その先には、アテナとの拮抗が崩された赤い怪物の姿があった。
 次の瞬間には、シロガネに振り回された青い怪物が、赤い怪物に見事に激突した。二体の怪物はもつれ合いながら、藪や木々をなぎ倒していった。
 敵の状態を見届けることなく、アテナとシロガネはその場を離れようとした。が、敵をみすみす逃がすまいと、怪物たちも即座に追いすがってくる。
「シロガネ!」
「りょう、かい」
 アテナは右手に携えていた槍の穂先を閃かせる。シロガネも咥えていた日本刀を手に持ち直し、大剣とともに回転した。どちらの刃も、斬ったのは森の木々だった。
 切断された樹木が倒れ込んだのは、アテナとシロガネに向かってきていた怪物たちの目の前だった。何本もの木が折り重なり、地響きが静かな森にこだまする。
 倒木を力任せに払いのけた怪物たちだったが、その時にはもうアテナたちの姿は見えなくなっていた。
 獲物を取り逃した獣の如く、二体の怪物は森に咆哮を轟かせた。

 やしろに残った般若面はんにゃめんは、奥にある壁の窪みに手を伸ばした。
 社の奥の壁は天然の岩壁をそのまま使っているので、無骨な岩肌が露になっている。その壁の中点となる部分には、人の頭がすっぽり入ってしまいそうな窪みが空いている。
 窪みの中に安置されていた、一抱えはある陶製のかめ。般若面はその瓶を取り出し、大事そうに両腕で抱きしめた。
 社は媛寿が行った砲撃で半壊していた。直撃を免れ、瓶が破壊されなかったのは、般若面にとって僥倖だった。すぐ近くまで控えている大業のために、その瓶はどうしても必要なのだ。
 瓶を窪みに戻し、般若面は面紐を解いた。外した面を左手に持ち、決意に満ちた眼差しを瓶に向ける。
 成すべき大願のために、人の道を踏み外すことも厭わない。
 いつか胸に灯った意志を再確認し、心を般若に変えた者は歯を食いしばった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

処理中です...