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友宮の守護者編
群狼
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螺旋階段を上がりきった結城たちは、ダンスホールの壁に開いた大穴を通って中庭に出た。地下の拝殿が崩れてしまった今、地盤が緩んで屋敷も倒壊する可能性があったからだ。
「どうやらあの御神体は『龍脈』のすぐ横に据えられていたようだ。そうすることで大口真神の力がこの土地全体に及ぶようにしていたのだろう」
「御神体……」
佐権院の解釈を聞いた結城は、まだ岩がひしめき重々しい音を立てる大穴に目を向けた。
虎丸、もとい大口真神の御神体だった石柱は破壊され、地下空間とともに埋もれてしまった。
結城に一礼して消えていった狼神は、依頼を果たしてくれたことを感謝していたのだろうが、本当にこんな結果で良かったのだろうか。もしも、もっと早くに神降ろしの儀式を止められていれば、大口真神が消滅することもなかったのではないだろうか。
依頼は果たした。友宮里美を建御名方神の怨念から救うことができた。ただ、それは大口真神の犠牲によって成し遂げられたことだ。
物事が全て理想通りに運べるものではないと、結城は痛いほど知っている。これまでも、そういう事は度々あった。
それでも欲を言うならば、大口真神も助けたかったと、結城は心底思った。
(虎丸、ごめん。そして……ありがとう……)
依頼の真意を終ぞ知ることはなかったが、結城は自分たちを助けて消えていった狼神に対し、心からの感謝を送った。
「うぅっ!」
不意に耳に飛び込んできた呻き声に、結城は後ろを振り返った。
佐権院に抱えられた里美が、胸を押さえて苦しんでいた。
「どうして? 怨念はもう追い出したはずなのに」
「っ! しまった! まだ……」
佐権院が何か気付いたようだったが、里美が苦しみからひどく暴れだしたために言葉を継げなくなってしまう。
「あああぁ!」
絶叫が上がると同時に、里美の体から無数の光が飛び出した。
薄ぼんやりと揺らめく、人魂にも似た小さな光。それらは結城たちの周りの降り立つと、別の形を取り始めた。
四本の脚、振り上げられた尾、尖った耳、長く伸びた口先。どれもが犬科動物の特徴を示していた。
しかし、同じ犬科動物でも、虎丸とはかけ離れた印象を結城は感じていた。剥きだされ、涎を垂らし続ける牙。見開かれ血走った両眼。首周りを覆うように付着した血の跡。
それらは大口真神とは比べるべくもない、まさに犬の姿をした化け物たちだった。
「この娘の中に巣食っていた犬神はまだ消えていなかった。建御名方の怨念では、犬神を調伏することはできなかったんだ。むしろ、同じ負の力を持つ者同士で強化されてしまっている」
戦慄する佐権院を他所に、犬神たちはじっくりと距離を詰めてくる。邪悪に歪んだ口元は、明らかに結城たちを追い詰めることを愉しんでいた。
結城は目だけを動かして周りを見た。八方を完全に囲まれている。そして仲間たちも疲労は限界だった。自身も負傷している上に、木刀は地下に置いてきてしまって丸腰だった。
このままでは、凶暴な犬神たちに喰らいつかれるだけだ。
(どうする……どうする……)
考えを巡らせている間にも、犬神たちはにじり寄ってくる。
そして最も近付いていた犬神が、結城の腕の中にいる媛寿に目を付けた。裂けた口が笑みのように開かれる。弱りきった座敷童子に噛み付こうと、犬神の一体は地を蹴り跳んだ。
「くっ!」
何とか媛寿だけは庇おうと、結城は襲い来る犬神に背を向けた。次の瞬間には犬神の爪牙が結城の背に突き刺さるだろう。結城はその痛みを覚悟した。
「キャウン!」
だが覚悟した痛みは来ず、代わりに聞こえたのは犬特有の悲鳴と、硬い地面が砕かれる音だった。
その違和感から、結城は目を開けて振り返った。
最初に目に入ったのは、結城の胴回り以上の太さを持つ金棒だった。振り返った結城の鼻先に突き立つその金棒は、ものの見事に襲い掛かってきた犬神を押し潰していた。やがて潰れた犬神は細かな光となって霧散した。
「やっぱキュウ様のカンは当たるな~。間一髪だったぜ」
そう言いながら、金棒の持ち主は地面から金棒を引き抜き、肩に担ぎなおした。
「ち、千夏さん!?」
「よっ、結城。なんか面白いことになってんじゃん」
似つかわしくないサイズの金棒を軽々と扱う細身の巫女、天坂千夏はこれまた状況に似つかわしくない明るさで結城に挨拶した。
「どうやらあの御神体は『龍脈』のすぐ横に据えられていたようだ。そうすることで大口真神の力がこの土地全体に及ぶようにしていたのだろう」
「御神体……」
佐権院の解釈を聞いた結城は、まだ岩がひしめき重々しい音を立てる大穴に目を向けた。
虎丸、もとい大口真神の御神体だった石柱は破壊され、地下空間とともに埋もれてしまった。
結城に一礼して消えていった狼神は、依頼を果たしてくれたことを感謝していたのだろうが、本当にこんな結果で良かったのだろうか。もしも、もっと早くに神降ろしの儀式を止められていれば、大口真神が消滅することもなかったのではないだろうか。
依頼は果たした。友宮里美を建御名方神の怨念から救うことができた。ただ、それは大口真神の犠牲によって成し遂げられたことだ。
物事が全て理想通りに運べるものではないと、結城は痛いほど知っている。これまでも、そういう事は度々あった。
それでも欲を言うならば、大口真神も助けたかったと、結城は心底思った。
(虎丸、ごめん。そして……ありがとう……)
依頼の真意を終ぞ知ることはなかったが、結城は自分たちを助けて消えていった狼神に対し、心からの感謝を送った。
「うぅっ!」
不意に耳に飛び込んできた呻き声に、結城は後ろを振り返った。
佐権院に抱えられた里美が、胸を押さえて苦しんでいた。
「どうして? 怨念はもう追い出したはずなのに」
「っ! しまった! まだ……」
佐権院が何か気付いたようだったが、里美が苦しみからひどく暴れだしたために言葉を継げなくなってしまう。
「あああぁ!」
絶叫が上がると同時に、里美の体から無数の光が飛び出した。
薄ぼんやりと揺らめく、人魂にも似た小さな光。それらは結城たちの周りの降り立つと、別の形を取り始めた。
四本の脚、振り上げられた尾、尖った耳、長く伸びた口先。どれもが犬科動物の特徴を示していた。
しかし、同じ犬科動物でも、虎丸とはかけ離れた印象を結城は感じていた。剥きだされ、涎を垂らし続ける牙。見開かれ血走った両眼。首周りを覆うように付着した血の跡。
それらは大口真神とは比べるべくもない、まさに犬の姿をした化け物たちだった。
「この娘の中に巣食っていた犬神はまだ消えていなかった。建御名方の怨念では、犬神を調伏することはできなかったんだ。むしろ、同じ負の力を持つ者同士で強化されてしまっている」
戦慄する佐権院を他所に、犬神たちはじっくりと距離を詰めてくる。邪悪に歪んだ口元は、明らかに結城たちを追い詰めることを愉しんでいた。
結城は目だけを動かして周りを見た。八方を完全に囲まれている。そして仲間たちも疲労は限界だった。自身も負傷している上に、木刀は地下に置いてきてしまって丸腰だった。
このままでは、凶暴な犬神たちに喰らいつかれるだけだ。
(どうする……どうする……)
考えを巡らせている間にも、犬神たちはにじり寄ってくる。
そして最も近付いていた犬神が、結城の腕の中にいる媛寿に目を付けた。裂けた口が笑みのように開かれる。弱りきった座敷童子に噛み付こうと、犬神の一体は地を蹴り跳んだ。
「くっ!」
何とか媛寿だけは庇おうと、結城は襲い来る犬神に背を向けた。次の瞬間には犬神の爪牙が結城の背に突き刺さるだろう。結城はその痛みを覚悟した。
「キャウン!」
だが覚悟した痛みは来ず、代わりに聞こえたのは犬特有の悲鳴と、硬い地面が砕かれる音だった。
その違和感から、結城は目を開けて振り返った。
最初に目に入ったのは、結城の胴回り以上の太さを持つ金棒だった。振り返った結城の鼻先に突き立つその金棒は、ものの見事に襲い掛かってきた犬神を押し潰していた。やがて潰れた犬神は細かな光となって霧散した。
「やっぱキュウ様のカンは当たるな~。間一髪だったぜ」
そう言いながら、金棒の持ち主は地面から金棒を引き抜き、肩に担ぎなおした。
「ち、千夏さん!?」
「よっ、結城。なんか面白いことになってんじゃん」
似つかわしくないサイズの金棒を軽々と扱う細身の巫女、天坂千夏はこれまた状況に似つかわしくない明るさで結城に挨拶した。
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