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九月に書いた短編

さみしい。1

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 珍しく、その喧嘩は長期戦へと突入した。
 ことの始まりは、僕の就職先についてで、なるべくユーリの負担になりたくない僕と、僕を目の届くところに置きたいユーリで、意見が真っ向から対立したこと。

 朝の挨拶やご飯、夜は一緒には寝るものの、この冷戦状態が一週間を迎えた頃。先日、ユーリのご両親が帰国してるとかで、滞在先の別荘だかホテルだか(真剣に聞いてなかった)に行ってしまった。

「今日で三日目……」

 実のところ、ユーリから毎日連絡はきている。
 一日目の夜に『ごめんね』から始まって『ご飯食べた?』『風邪引いてない?』『早く帰ろうか?』『好きだよ』などなど、しょっちゅうスマフォが鳴るくらいだ。
 どうせ家に隠しカメラを仕掛けているのだし、そんなのをいちいち確認しなくても……と思わなくもないが、存外、嬉しいと思う自分がいるのも否定出来ない。
 そこで素直に『僕も好き』なんて言えるくらい可愛げがあればいいのに、変なプライドが邪魔ばかりして、結局のところ既読無視みたいになっている。

「ユーリ……」

 五日目の夜。
 いつ帰ってくるんだろう。ちゃんと聞けばよかった。今からでも連絡したら返してくれるかな。
 急に淋しくなった僕は、ユーリのシャツをクローゼットから引っ張り出して着込んだ。そのままベッドの上にこれでもかと服を散らかして、その上に寝転べば、次第に熱が上がっていくのが嫌でもわかった。

「ん、あっ、ぅん……っ」

 右手で胸の突起を摘んで、いつもユーリがしてくれるように、親指と人差し指でこりこりと弄る。勃ち上がり始めた自身に左手を添えれば「んん」と甘い声が口から漏れた。

「……んぁっ」

 あ、駄目だ。前を軽く触ってみたけど、こんなんじゃイけない。もう少し手を伸ばして、ひくつく窄みに指先をあてる。
 つぷ、とゆっくり入れれば、待ち望んでいた快楽に身体が小さく震えた。

「ぁ、ん、たりな、い……っ」

 背中を丸めて、少しでも奥に指が入るようにしてみるけれど、いまいち何かが足りない。そういえば、ユーリの指は僕よりも無骨で、ぐちゅぐちゅと中を掻き回されるだけで僕をぐずぐずにしてくれたことを思い出す。

「ゃ……ユーリっ、たりない、ユー、リ……」

 ぐちゃぐちゃに丸めたユーリの服に顔を埋めて、息を何度か吸う。そのたびに肺の中だけでなく、身体中にユーリの香りが満ちていくのに、この疼きが収まる気配はまるでない。

「ばか。はやくかえってこいよ……」

 ぐすぐすと鼻を啜りながら、頭を服をに埋もれさせ何も見えないようにする。そうして目を閉じれば、ユーリが隣にいるような気がして――

「あー……、えっと、ただいま?」
「……へ?」

 愛しい声がして、僕は慌てて服の山から顔を出した。
 パチリと電気のスイッチが鳴り、寝室に明かりが灯っていく。明るみの中、扉付近で気まずそうに立っている姿が目に入る。
 途端、僕はさっきまでの気持ちが嘘みたいに吹き飛んでしまって、枕を鷲掴みにすると、その間抜けな顔目掛けて思いきり投げつけた。

「っと」

 奴は難なく枕を受け止めてから、もう一度「ただいま」と穏やかに笑った。
 その笑顔があまりにも普段通り過ぎて、僕は恥ずかしさと居た堪れなさで、耳まで真っ赤になってしまう。

「な、何が、何が、ただいまだ! いけしゃあしゃあと、こっちの状況を察しろよ! もう早く出てけ! 出てってくれ!」
「ちょ、ちょっと、ごめんて。連絡なしに帰ってきたのは謝るから」
「そっちか!? そっちを謝るのか!? 馬鹿だろ、お前!」

 今度は服を投げつけてやろうとしたところで、奴が「ごめんね」とベッドに片膝をかけて身を乗り出してきた。そのまま背中に両手を回されて、あやされるように優しく撫でられる。

「ただいま、リヒト」
「……おかえり。別にまだ帰ってこなくてもよかったのに」
「それはごめんね。でも俺が淋しくて耐えられないからさ」

 少し身体を離したユーリが、まだ涙の残る僕の瞼に軽く口付けた。

「……なんだよ」
「ね、一人でシて気持ちよかった?」
「……」

 物足りないし、ユーリのがいい。なんて、まだ恥ずかしさの残る頭では到底言えそうにない。
 だから代わりに、僕からユーリの唇に自分のを重ねにいった。

「ん……っ」

 息が吸いたくなって少しだけ口を離した。
 けれど逃がす気のないユーリの手が、後ろから僕の頭を押さえつける。ユーリの舌が歯列、舌裏、上顎を這っていく。息すらも奪われるくらいに深いそれに、頭がぼんやりしてきた頃、やっとユーリは口を離してくれた。

「ユー、リ……っ」

 縋る僕を宥めて、ユーリが意地悪な笑みを浮かべた。

「リヒト、どんだけ俺の服出したの」
「……たぶん、ほとんど」

 少し体を離したユーリが、僕の着ていたシャツを剥ぎ取るように脱がせてきた。シャツに作った染みと透明な糸が伸びるのが、たまらなく恥ずかしい。

「ユーリ、ちょっと、寒い……」
「こっちを着せてあげるから」
「ん……っ」

 上半身を曝け出したユーリが、脱いだばかりの服を僕に着せてくれた。ひと際強いユーリの香りに、一瞬頭が殴られたような感覚に陥る。

「ぁ、ユーリ、の……」
「さて。これじゃ明日着る服ないね」
「ん……、あした……」

 身体が熱で浮かされたようにふわふわする中、ユーリの言う明日をふと考える。

「そ、明日」
「どこもいかなくて、いい……。ずっと、いえで……」

 そこまで朧げに口にしてから、僕は恥ずかしさからユーリの肩口に自分から顔を埋めにいった。ユーリが嬉しそうに笑う声がやけに耳に響いて、自分の熱が身体の中心に集まっていくのがわかる。

「いいよ。明日はずっと家にいよっか」
「……ん」

 甘えるようにユーリの背中に手を回せば、それを合図にして、ユーリは僕の身体をベッドにゆっくりと沈めた。
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