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八月に書いた短編

少し先の未来の話 1

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 季節は随分と流れ、空は薄灰色の雲が立ち込め、雪が舞う空模様へと変わっていた。
 明日はユーリの誕生日。その前日にバイトを入れる僕もどうかと思ったけれど、人手が足りないと店長に頼まれればどうにも断れない。
 いつもはニ十三時までくらいなんだけど、忙しくて上がれずにいれば、時間はいつの間にか日付が変わる十五分前まで迫っていた。

「帰ったら流石に日付変わってる、よな」

 ロッカーからスマフォを取り出して、急いで着替えてお店を出る。

「あ」

 いつも通り外で待っていたユーリに、僕は「ユーリ」と声をかけて隣に並んだ。ユーリは左手をポケットに突っ込んだままで、手を繋ごうとしてこない。

「遅くなってごめん」
「んー? いいよ。俺も今来たとこだし」
「……そう」

 嘘つき。鼻のてっぺんも、耳も赤くなっている。
 でも指摘したところで否定するのはわかっていた。だから僕は、右手をユーリのポケットに突っ込んで、その冷え切っていた指先に、自分の指を絡ませた。

「冷たいよ」
「バイト終わったばっかで少し熱いし、ちょうどいい」
「なら、いいけど」

 黙々といつもの道を歩いていく。
 コンビニの明かりが見えてきたところで、僕は「ね」と絡めた指先に力を込めた。

「ちょっとコンビニ寄っていいかな」
「……」

 ユーリは多少嫌そうにしながらも「いいよ」とため息混じりに返してくれた。すぐ戻るから外で待ってるよう言いくるめて、目的のもの数点を買ってユーリの元に戻る。
 スマフォを取り出し時間を見れば、あと五分で日付が変わるところだ。

「ユーリ、こっち」
「ちょ、リヒト……!?」

 コンビニ袋を左手に、ユーリの腕を取って少し早足で目的の場所へと向かう。
 去年の春、あのボロアパートに帰る際、月明かりの下でユーリと話した道だ。

「リヒト、こんなとこ来てどうし……ッ」

 手を離し振り返って、僕はユーリの頬に冷たい缶を押しつけた。ユーリは一瞬、冷たさでビクリと身体を震わせた後、その意図がわかったのか「もう」と缶を受け取ってくれた。

「何、梅酒?」
「うん。二十歳、おめでとう。ワインもケーキもないけど」
「俺は別にいいよ。リヒトが祝ってくれるだけで」

 本当はきちんとプレゼントは買ってあるのだけど、今はまだ内緒にしておこう。
 缶を開ければ、プシュッと小気味のいい音がしてほんのりと梅の香りが鼻をくすぐった。

「梅酒か。あの日を思い出すね」
「あの日?」

 返事をしてからひと口だけ梅酒を飲んだ。途端に頭を殴られる感覚がして、少しだけ視界が回った。やっぱり僕は、アルコールにはとことん弱いらしい。

「アパートでシャワー借りた日。リヒトが酔って、俺に……好きって言ってくれた日」
「えー、と、ごめん、覚えてなくて」
「言ってたね。ま、酔ってたし仕方ないよ」

 次の日、頭やら腰やらが痛くて、あと確かユーリがご飯を買ってきてくれてて、泣きながら食べたっけな。
 そんなことを思い出しながらふた口目を飲んだあたりで、ユーリが「もう終わり」と僕から缶を取り上げた。

「おい、まだ……」
「だーめ。また覚えてないとか言われたら嫌だから。それに」

 ユーリが僕の左手にぶら下げられた袋に手を伸ばす。飲み終わったらしいからの缶を入れられ、代わりに中身をさぐられ、小さな箱をわざとらしく取り出された。

「これ、何? 俺用にしてはサイズ違くない?」

 にやりと笑うユーリがあまりにも愉しそうだったから、僕は「……るさい」と箱を引ったくった。

「い、いちいち、シーツとかタオルとか、洗うの面倒くさい、からっ。だから、僕に、つけたほうが、その、効率がいいってだけで」
「えー。俺はいいのに」
「僕が嫌なんだよっ」

 コンビニ袋に箱を突っ込んで、僕は「帰る!」と早足で歩き出す。ユーリが「うん」と嬉しそうな声を上げながら隣に並んで、僕の右手を握ってきた。
 どうやらお酒にめっぽう強いユーリは、飲みかけの僕の分まで飲みきって、家に着く頃にはカラの缶がふたつ、袋に入ったままになっていた。
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