上 下
129 / 169
六月に書いた短編

ゴールデンウィーク4

しおりを挟む
 やっぱ気を使うのは疲れるなぁ、リヒトは頑張ってるなぁ、なんて思いながら帰路につく。隣を歩くリヒトが、バイトを勝手に決めたことやら、今日の文句やら言うのを聞き流しながら歩けば、もう目の前にはマンションだ。

「聞いてないだろ」
「聞いてるよ。リヒトは何言っても可愛いなぁって思ってる」
「それを聞いてないって言うんだ」

 リヒトは少し早足でエレベーターへ先に乗り込んで、階数のボタンを押した。俺が乗り込むより先に扉が閉まって、階数のランプが上がっていくのを眺める。

「あー。ほんと可愛い」

 つい顔がにやけてしまう。他の住人に見られたら怪しい人に違いない。
 顔の筋肉を総動員して、緩んだ頬を引き締まらせる。リヒトが使ったエレベーターとは反対のエレベーターが降りてきて、中にいた住人が軽く会釈をしながら出ていった。
 それに俺も会釈を返してから乗り込んで、階数のボタンを押す。
 独特の浮遊感と、しばらくの後、扉が開いた。
 家の前に座り込むリヒトが見えて、あれ、鍵なかったっけと頭を捻る。

「鍵は? 失くしちゃった?」

 別にそれくらいどうとでもなるから、別に失くそうがなんだろうがいいんだけど。

「そんなんじゃない」

 俺もリヒトの前に座って「ん?」とリヒトが好きな甘い声色で首を傾げてやる。

「……お前、僕に甘すぎ」
「んー、だって甘やかしたいし。好きだし。リヒトのためならなんだって叶えてあげたいし」

 全部本音だ。リヒトは知ってると思ってたんだけど、まだ足りなかったのだろうか。ならもっとグズグズに甘やかさないと、なんて考える俺を余所に、リヒトは「僕ばっかり」と抱えた両足に頭を埋めた。

「僕ばっかり怒って、拗ねて、年上なのに……。馬鹿みたいだ……」
「年上かぁ。俺は気にしてないよ?」
「あのなぁ……」

 とりあえず、いくら五月といってもまだ夜は冷える。リヒトの身体が、そこらのやつより丈夫だといっても風邪を引かない保証はない。
 微かに冷えたリヒトの手を取って立ち上がらせ、一緒に家の中へと入る。適当に電気をつけてからリヒトをソファに座らせて、湯張りのスイッチを入れた。

「コーヒーは流石にあれだし、ホットカルピスでも飲む?」
「うん……」

 カップふたつにカルピスの原液、それからポットのお湯を入れてスプーンで混ぜる。それをテーブルに置いてから、俺もリヒトの隣へと座った。

「リヒトは、根がすごい真面目だから、きっと色々考えてると思うんだけど」
「まぁ、うん」
「そもそも俺らって、四百歳近く離れてたわけでしょ」
「そう聞くと大人げない爺さんでごめん……」
「逆だよ、逆」

 カップに息を吹きかけてから、ゆっくりとひと口飲んだ。うん、濃いめの、リヒトが好きな味に出来てる。

「一、ニ歳差くらい、誤差だよ。あの時に比べたら」
「……そう、かな」
「そういうもんだって。ま、オレも前世むかしは思ってたよ。リヒトに並びたい、子供に扱われたくないって」

 感情が希薄だった彼に、なんとか自分を見てほしくて、背伸びしたり駆け足になってみたりしたけれど。

「でも、もしそれで好きになってもらっても、ずっと背伸びしたままなのは嫌だなーって思ってさ。どう足掻いても縮まらないなら、その時のオレを好きになってほしいなって思ったんだよね」
「……僕も」
「ん?」

 肩が少し重くなる。頭を預けるその仕草は、リヒトが甘えたい時にする癖だ。つい嬉しさが込み上げてきて、頬が緩むのを抑えられない。

「背伸びせずに、今のままで、いいのかな」
「うん、もちろん。もっと俺に甘えて? 頼って?」
「……ユーリも」
「ん?」

 もぞ、とリヒトの頭が動いて、上目遣いで俺を見上げてきた。

「甘えてよ。頼りないかも、しれないけど」

 リヒトは本当にわかってない。
 俺はこれでも十分甘えてる。リヒトは俺が何をしても大抵受け入れてくれるし、許してくれるし、最後には笑ってくれる。それをわかった上でリヒトに触れるのだから、これ以上の甘えはないのだけど。
 でも、折角リヒトがこう言ってくれてるし。なら思う存分甘えさせて頂こうと、俺はリヒトの腰を支えてやりながらソファに押し倒した。

「へ?」
「じゃ、早速で悪いんだけど、リヒトを味あわせてよ」
「や……、せめてお風呂に……」

 湯張りはとうの昔に終わっていて、今は保温をしている頃だろう。そんなの把握済みだ。

「汗流すのもったいないよ。ね、全部、俺にちょうだい?」

 絡めた指先に、音を立てながら軽く口付けをする。頬を染めたリヒトの「……この変態が」と悪態をつくのを合図に、俺はリヒトの口を塞いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

サッカー少年の性教育

てつじん
BL
小学6年生のサッカー少年、蹴翔(シュート)くん。 コーチに体を悪戯されて、それを聞いたお父さんは身をもってシュートくんに性教育をしてあげちゃいます。

篠突く雨の止むころに

楽川楽
BL
キーワード:『幼馴染』『過保護』『ライバル』 上記のキーワードを元に、美形×平凡好きを増やそう!!という勝手な思いを乗せたTwitter企画『#美平Only企画』の作品。 家族のいない大原壱の、唯一の支えである幼馴染、本宮光司に彼女ができた…? 他人の口からその事実を知ってしまった壱は、幼馴染離れをしようとするのだが。 みたいな話ですm(_ _)m もっともっと美平が増えますように…!

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...