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六月に書いた短編
ゴールデンウィーク4
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やっぱ気を使うのは疲れるなぁ、リヒトは頑張ってるなぁ、なんて思いながら帰路につく。隣を歩くリヒトが、バイトを勝手に決めたことやら、今日の文句やら言うのを聞き流しながら歩けば、もう目の前にはマンションだ。
「聞いてないだろ」
「聞いてるよ。リヒトは何言っても可愛いなぁって思ってる」
「それを聞いてないって言うんだ」
リヒトは少し早足でエレベーターへ先に乗り込んで、階数のボタンを押した。俺が乗り込むより先に扉が閉まって、階数のランプが上がっていくのを眺める。
「あー。ほんと可愛い」
つい顔がにやけてしまう。他の住人に見られたら怪しい人に違いない。
顔の筋肉を総動員して、緩んだ頬を引き締まらせる。リヒトが使ったエレベーターとは反対のエレベーターが降りてきて、中にいた住人が軽く会釈をしながら出ていった。
それに俺も会釈を返してから乗り込んで、階数のボタンを押す。
独特の浮遊感と、しばらくの後、扉が開いた。
家の前に座り込むリヒトが見えて、あれ、鍵なかったっけと頭を捻る。
「鍵は? 失くしちゃった?」
別にそれくらいどうとでもなるから、別に失くそうがなんだろうがいいんだけど。
「そんなんじゃない」
俺もリヒトの前に座って「ん?」とリヒトが好きな甘い声色で首を傾げてやる。
「……お前、僕に甘すぎ」
「んー、だって甘やかしたいし。好きだし。リヒトのためならなんだって叶えてあげたいし」
全部本音だ。リヒトは知ってると思ってたんだけど、まだ足りなかったのだろうか。ならもっとグズグズに甘やかさないと、なんて考える俺を余所に、リヒトは「僕ばっかり」と抱えた両足に頭を埋めた。
「僕ばっかり怒って、拗ねて、年上なのに……。馬鹿みたいだ……」
「年上かぁ。俺は気にしてないよ?」
「あのなぁ……」
とりあえず、いくら五月といってもまだ夜は冷える。リヒトの身体が、そこらのやつより丈夫だといっても風邪を引かない保証はない。
微かに冷えたリヒトの手を取って立ち上がらせ、一緒に家の中へと入る。適当に電気をつけてからリヒトをソファに座らせて、湯張りのスイッチを入れた。
「コーヒーは流石にあれだし、ホットカルピスでも飲む?」
「うん……」
カップふたつにカルピスの原液、それからポットのお湯を入れてスプーンで混ぜる。それをテーブルに置いてから、俺もリヒトの隣へと座った。
「リヒトは、根がすごい真面目だから、きっと色々考えてると思うんだけど」
「まぁ、うん」
「そもそも俺らって、四百歳近く離れてたわけでしょ」
「そう聞くと大人げない爺さんでごめん……」
「逆だよ、逆」
カップに息を吹きかけてから、ゆっくりとひと口飲んだ。うん、濃いめの、リヒトが好きな味に出来てる。
「一、ニ歳差くらい、誤差だよ。あの時に比べたら」
「……そう、かな」
「そういうもんだって。ま、オレも前世は思ってたよ。リヒトに並びたい、子供に扱われたくないって」
感情が希薄だった彼に、なんとか自分を見てほしくて、背伸びしたり駆け足になってみたりしたけれど。
「でも、もしそれで好きになってもらっても、ずっと背伸びしたままなのは嫌だなーって思ってさ。どう足掻いても縮まらないなら、その時のオレを好きになってほしいなって思ったんだよね」
「……僕も」
「ん?」
肩が少し重くなる。頭を預けるその仕草は、リヒトが甘えたい時にする癖だ。つい嬉しさが込み上げてきて、頬が緩むのを抑えられない。
「背伸びせずに、今のままで、いいのかな」
「うん、もちろん。もっと俺に甘えて? 頼って?」
「……ユーリも」
「ん?」
もぞ、とリヒトの頭が動いて、上目遣いで俺を見上げてきた。
「甘えてよ。頼りないかも、しれないけど」
リヒトは本当にわかってない。
俺はこれでも十分甘えてる。リヒトは俺が何をしても大抵受け入れてくれるし、許してくれるし、最後には笑ってくれる。それをわかった上でリヒトに触れるのだから、これ以上の甘えはないのだけど。
でも、折角リヒトがこう言ってくれてるし。なら思う存分甘えさせて頂こうと、俺はリヒトの腰を支えてやりながらソファに押し倒した。
「へ?」
「じゃ、早速で悪いんだけど、リヒトを味あわせてよ」
「や……、せめてお風呂に……」
湯張りはとうの昔に終わっていて、今は保温をしている頃だろう。そんなの把握済みだ。
「汗流すのもったいないよ。ね、全部、俺にちょうだい?」
絡めた指先に、音を立てながら軽く口付けをする。頬を染めたリヒトの「……この変態が」と悪態をつくのを合図に、俺はリヒトの口を塞いだ。
「聞いてないだろ」
「聞いてるよ。リヒトは何言っても可愛いなぁって思ってる」
「それを聞いてないって言うんだ」
リヒトは少し早足でエレベーターへ先に乗り込んで、階数のボタンを押した。俺が乗り込むより先に扉が閉まって、階数のランプが上がっていくのを眺める。
「あー。ほんと可愛い」
つい顔がにやけてしまう。他の住人に見られたら怪しい人に違いない。
顔の筋肉を総動員して、緩んだ頬を引き締まらせる。リヒトが使ったエレベーターとは反対のエレベーターが降りてきて、中にいた住人が軽く会釈をしながら出ていった。
それに俺も会釈を返してから乗り込んで、階数のボタンを押す。
独特の浮遊感と、しばらくの後、扉が開いた。
家の前に座り込むリヒトが見えて、あれ、鍵なかったっけと頭を捻る。
「鍵は? 失くしちゃった?」
別にそれくらいどうとでもなるから、別に失くそうがなんだろうがいいんだけど。
「そんなんじゃない」
俺もリヒトの前に座って「ん?」とリヒトが好きな甘い声色で首を傾げてやる。
「……お前、僕に甘すぎ」
「んー、だって甘やかしたいし。好きだし。リヒトのためならなんだって叶えてあげたいし」
全部本音だ。リヒトは知ってると思ってたんだけど、まだ足りなかったのだろうか。ならもっとグズグズに甘やかさないと、なんて考える俺を余所に、リヒトは「僕ばっかり」と抱えた両足に頭を埋めた。
「僕ばっかり怒って、拗ねて、年上なのに……。馬鹿みたいだ……」
「年上かぁ。俺は気にしてないよ?」
「あのなぁ……」
とりあえず、いくら五月といってもまだ夜は冷える。リヒトの身体が、そこらのやつより丈夫だといっても風邪を引かない保証はない。
微かに冷えたリヒトの手を取って立ち上がらせ、一緒に家の中へと入る。適当に電気をつけてからリヒトをソファに座らせて、湯張りのスイッチを入れた。
「コーヒーは流石にあれだし、ホットカルピスでも飲む?」
「うん……」
カップふたつにカルピスの原液、それからポットのお湯を入れてスプーンで混ぜる。それをテーブルに置いてから、俺もリヒトの隣へと座った。
「リヒトは、根がすごい真面目だから、きっと色々考えてると思うんだけど」
「まぁ、うん」
「そもそも俺らって、四百歳近く離れてたわけでしょ」
「そう聞くと大人げない爺さんでごめん……」
「逆だよ、逆」
カップに息を吹きかけてから、ゆっくりとひと口飲んだ。うん、濃いめの、リヒトが好きな味に出来てる。
「一、ニ歳差くらい、誤差だよ。あの時に比べたら」
「……そう、かな」
「そういうもんだって。ま、オレも前世は思ってたよ。リヒトに並びたい、子供に扱われたくないって」
感情が希薄だった彼に、なんとか自分を見てほしくて、背伸びしたり駆け足になってみたりしたけれど。
「でも、もしそれで好きになってもらっても、ずっと背伸びしたままなのは嫌だなーって思ってさ。どう足掻いても縮まらないなら、その時のオレを好きになってほしいなって思ったんだよね」
「……僕も」
「ん?」
肩が少し重くなる。頭を預けるその仕草は、リヒトが甘えたい時にする癖だ。つい嬉しさが込み上げてきて、頬が緩むのを抑えられない。
「背伸びせずに、今のままで、いいのかな」
「うん、もちろん。もっと俺に甘えて? 頼って?」
「……ユーリも」
「ん?」
もぞ、とリヒトの頭が動いて、上目遣いで俺を見上げてきた。
「甘えてよ。頼りないかも、しれないけど」
リヒトは本当にわかってない。
俺はこれでも十分甘えてる。リヒトは俺が何をしても大抵受け入れてくれるし、許してくれるし、最後には笑ってくれる。それをわかった上でリヒトに触れるのだから、これ以上の甘えはないのだけど。
でも、折角リヒトがこう言ってくれてるし。なら思う存分甘えさせて頂こうと、俺はリヒトの腰を支えてやりながらソファに押し倒した。
「へ?」
「じゃ、早速で悪いんだけど、リヒトを味あわせてよ」
「や……、せめてお風呂に……」
湯張りはとうの昔に終わっていて、今は保温をしている頃だろう。そんなの把握済みだ。
「汗流すのもったいないよ。ね、全部、俺にちょうだい?」
絡めた指先に、音を立てながら軽く口付けをする。頬を染めたリヒトの「……この変態が」と悪態をつくのを合図に、俺はリヒトの口を塞いだ。
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