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第四部

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「お二人とも、一体、どこで、何を、してらしたんですか?」

 ディナーをするレストランへ向かう途中。
 エレベーターから降りた僕たちを、腕組みして仁王立ちするアヤメさんが出迎えてくれた。顔は笑っているけれど、その背中から滲み出るオーラは明らかにドス黒い。
 まぁ、怒るのも仕方ない。折角セットしてくれた髪型は少し崩れてしまったし、立派なスーツだって濡らしてしまったし。ユーリなんかは、僕にジャケットを貸してくれたから更に酷いことになっている。

「えと、屋上で空気を吸ってて……。その、汚してごめんなさい」

 素直に頭を下げる僕とは反対に、ユーリは渡されたタオルを僕に押し当てながら、

「俺がああいうの嫌いなの知ってるでしょ」

とあっけらかんと言ってみせた。流石にその言い方は、と思ってユーリの手からタオルを奪い取れば、少しムッとした顔のユーリと視線が合った。

「その言い方はないだろ」
「……わかった。ごめん、アヤメ」

 今度は僕がユーリの身体をタオルで軽く拭いてやる。ちょっと濡れすぎたかも、と頭を悩ませていると、アヤメさんが「もう」と呆れたように笑った。

「服ぐらい別に汚れても構いませんわ。けれど、リヒトさんが風邪を引かれたら悲しいのです」
「なんで……?」
「それは、リヒトさんがユーリさんの大切な人だからですよ。ほら、ちょっと手直ししますからこちらへ」
「あ、う、うん……」

 戸惑う僕を手招きして、アヤメさんが部屋に入っていく。そこで言われた通り手直しした僕とユーリは、アヤメさんと連れ立ってレストランへと向かった。



 ユーリのご両親は、二人とも普通に黒髪だった。ではなぜ息子二人が金髪碧眼かといえば、どうやら祖父がそうらしく、それが遺伝したのだろうと朗らかに話してくれた。

「それにしても、本当に理人さんは、お人形さんみたいなお顔をしてらっしゃるのね」
「あ、ありがとうございます」

 お上品に笑うお母様が僕の顔をまじまじと見て、それから何かに気づいたように「あら」と目を見開いた。

「理人さん、その目……」
「え!? あ、あぁ、これはですね」

 最近特に触れられなくて安心していたけれど、そう、僕の目は瞳が微かに金色がかっている。角度と光の当たり方によっては、金に光り輝いて見えるらしい。
 誤魔化す? それとも生まれつきですって言う? 変に思われないかな。どう言うのが正解か迷い、口をパクパクさせていると、ユーリは「綺麗でしょ」とナイフとフォークをテーブルに置いた。

「夜空に浮かぶ月みたいで。どんなに暗くて絶望の中にいても、俺を照らしてくれるんだよ。本当、この目に見つめられるとたまんなくなる」
「ユ、ユーリ……っ」

 ユーリは自然な動作で肘をついて僕をちらりと見る。僕の隣で聞くアヤメさんは肩を震わせているし、その隣に座るルノさんは深いため息をついているしで、なんともいたたまれない。

「あらあら。本当に優利は理人さんが大事なのねぇ。この子がこんなに執着するなんてことあったかしら。ねぇ、あなた?」

 お母様がお父様へと話を振る。お父様は「ふむ……」と軽く鼻を鳴らして、それから煽っていたワイングラスをテーブルに戻した。

「確かに理人さんは良い人だろう。反対はしない、が、それと神宮のお嬢さんとの縁談の話は別だ」

 その言葉に、ユーリの眉がぴくりと動いた。

「は……?」

 不機嫌なユーリを物ともせず、お父様は「お前は」と話を続ける。

「有志家の次男だ。なら子を残し、継いでいくのが役目だ。理人さんとの関係は続けていい。だが神宮のお嬢さんとの結婚はしてもらう」
「役目って」
「ユーリ、いいから」

 ギリ、と歯軋りするユーリを宥める僕も、正直心穏やかではいられない。
 言っている意味はわかるし、その通りだとも思う。むしろ側にいてもいいって理解してくれたのだし、喜ぶべき、じゃないか。
 なのに、胸が痛む。

「父さん、お待ちください。子ならわたしとアヤメの間でもうければ良い話です。アヤメもそれで納得しております。アヤメ」
「はい、もちろんでごさいます。ですから」

 助け舟を出してくれたルノさんとアヤメさんを一瞥して、お父様は「それはそれだ」とあしらった。流石一代で家を大きくしたやり手だけあって、その圧は並じゃない。

「親父、本気なんだな」

 見た目には落ち着きを取り戻したユーリが、下から睨みつけるようにお父様を見る。何も言わないそれを肯定と受け取ったユーリが「なら」と僕の手を取った。

「勘当でもなんでもすればいい」
「へ!? ちょっとユーリ、何言って」
「俺はもう欲しいものを手に入れた。この先の、俺が望む幸せのための障害になるなら、別に勘当されたって構いやしないよ」

 案の定お母様は卒倒寸前だし、ルノさんはこめかみを押さえてため息をついているし、アヤメさんはお母様に寄り添っている。

「優利、本気で言っているのか」
「そっちが本気なんだ。なら俺だって本気だよ」
「だから待てって、僕の話を聞い」
「リヒト、帰ろう。いるだけ無駄だよ」
「ちょ、ちょっと」

 手を引かれて無理やり立たされ、僕は一瞬足がもたついた。その際に見えたお父様の淋しそうな顔が見えて、このままじゃ駄目だと思った。だから。

「待て……って、言ってる!」

 僕は手元にあったコップを掴んで、ユーリに向かって水をぶっ掛けた。
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