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第四部

左右で一対

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 この初夜みたいな空気はなんだろう。

 帰ってからお風呂に入って、手作り感も何もないコンビニ弁当を食べて、ソファでいつものようにくつろいで、さて寝るかと寝室へ入ったまではよかった。
 サイドテーブルに、ピアスの入った小箱と、それから痛そうな針のセットが置かれている。

「ユーリ、あれ、まさか」
「言ったよ? 穴開けさせてって」
「今日とは聞いてない」

 と抗議の声を上げたものの、今さらやめる気もないのは明らかだ。仕方なくベッドの端に座って「するの?」とユーリを見上げた。

「シたら穴開ける時間なくなるよ?」
「盛るな。お前は発情期の犬か猫か」
「リヒト限定の、ね」

 屈んだユーリが僕の頭に鼻をなすりつけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。ユーリと同じものを使っているのだし、なんの面白味もないと思うのだけど、ユーリはこれをするのが好きだ。
 頭から耳元に移動して、ユーリがまた鼻を擦りつけてくる。唇が触れるたび口から「んぅ……」と甘い声が漏れるのが、なんだか期待してるみたいで恥ずかしい。

「ん……ちょ、っと、するなら早くしろよ」
「しばらく耳は可愛がれないし、今のうちに堪能しとこうと思って」
「堪能ってお前……っ」

 ちゅ、ちゅく、と音が響くたびに、ぞくぞくと身体が震える。ユーリのシャツを皺が出来るくらいに掴んで耐えていると、やっと満足したのか、ユーリは最後にリップ音を立てて唇を離してくれた。

「じゃ、開けよっか。床に座ってくれる?」
「う、うん」

 おずおずと座り、開けやすいように髪を少し上げてやる。ユーリが喜々として準備しているのに「ね」と邪魔にならない程度に声をかける。

「右って言ってたけど、左は?」
「左は俺。リヒトの開けたら自分で開けるから大丈夫だよ」

 なんだ、やけに左右に固執するような言い方だ。

「……左右に意味ってないよな?」
「ん? あー、ないよ?」
「あるんだな?」

 ユーリが準備で手が塞がっているのをいいことに、僕はベッドに放り投げておいたスマフォに手を伸ばした。少し慌てたユーリが「駄目だって」と止めようとしたけれど、それに構わず『ピアス 左右 意味』と入力して検索をかける。
 出てきた意味に、思わず僕は「おい」とユーリをジト目で見つめる。

「これ、左が守るほうで右が守られるほうってある」

 検索結果の映る画面をずいと突き出して「ほら」と丁寧に指でも示してやる。ユーリは不満そうに口を尖らせ、

「合ってるでしょ。リヒトは俺が守るんだから」
「前に言っただろ。僕にもお前を守らせろ」
「それは嬉しいですけど、今この場に於いては却下です」

と何喰わぬ顔をして針を取り出した。
 ユーリはどうも、自分の感情優先になると前世むかしの口調に戻る時がある。そして僕も、このユーリには素直になれない感情のほうが大きくなってしまう。
 その針をとりあえず仕舞うよう促して、僕はユーリの左耳に手を伸ばした。ふにふにした耳たぶの感触が思ったよりも気持ちがいい。

「二人で左につけるのは? なんで僕だけ右なんだ」
「いや、これピアスですよ。なんで二人揃って左につけなきゃいけないんですか」
「二人で左につけちゃいけない決まりなんてない」
「ピアスは左右で一対って決まってるでしょう?」

 耳たぶを触る僕の手を取って、ユーリが指先に口づける。そのまま舌を這わせ、ぴちゃ、とわざと音を立てて口を離した。

「お、前……っ」
「これだけでそんな表情かおする人が、ベッドの上で俺より優位に立てるとでも思ってるんですか? わかったら大人しく右に開けられてください」
「決め、つけるな……!」
「……へぇ」

 ユーリの綺麗な顔が明らかに引きつった。眉がぴくぴくと動いて、僕を見下ろす目からは光が消えている。けれど僕だって折れるわけにいかず、怯まずに睨み返してやった。

「じゃあ勝負しましょうよ」
「勝負?」
「制限時間までリヒトが我慢出来たらリヒトの勝ち。大人しく俺が右につけます」
「制限時間?」

 ユーリは無言で立ち上がって、僕を軽く持ち上げるとベッドへと放った。痛くはないけれど、代わりにスプリングが激しく軋んだ音がした。すぐに身体を起こして、ベタ座りをしたままユーリを見上げる。

「お、おい……」

 さっき放り投げた僕のスマフォをユーリが手に取る。何かしら操作したかと思うと「はい」と僕がしたように画面を突きつけてきた。五分のタイマーがセットされていた。

「あんまり長いとつける時間なくなるんで、これで」
「なんだ、これだけ? 舐められ――」

 ベッドに乗り上げたユーリが、僕の言葉を攫うように唇を重ねた。少し離れたユーリが「リヒト」と見える位置にスマフォを置いた。タイマーは動き出している。

「優しくされると思ったら、大間違いですよ」

 髪を掻き上げたユーリがやけに妖艶に見えて、僕はそれに魅入ってしまった。
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