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第四部

勝てない理由

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 大学には変わらず二人で行って、学食前で昼に落ち合う。たまにユーリが休講で早くなることはあっても、大抵いつもそう過ごしていた。だから僕がユーリ以外と、特にアヤメさんといるとなれば、嫌でも注目を集める。

「こんにちは、リヒトさん」
「あ、どうも……」

 ユーリからの『今行くよ』に適当に返してから、スマフォをポケットに仕舞う。ここにアヤメさんが来るのは結構珍しい。いつもはカフェにいるからだ。

「パーティに来るんですってね」
「えぇ、まぁ、いつの間にやら決められていたそうで……」

 苦笑いしつつ返すと、アヤメさんは「そのようですね」と朗らかに笑った。正直、アヤメさんは裏が読めなくてよくわからない。悪い人ではないのだけれど、笑顔の裏で何を考えているのやら。

「それはそれとして、リヒトさんって今週の日曜日はお暇でしょうか? お手伝いを頼みたいのです」
「今週は……」
「どうせおうちにいてもユーリさんと情交してらっしゃるだけでしょう?」
「あの、言い方……」

 ポケットからまたスマフォを取り出して、スケジュールアプリを開く。計ったようになんの予定もない日曜日に、僕は一瞬、予定ありますよと答えようかとも考える。
 だけどユーリのお義姉さんになる人だ。そんな不誠実なことはしたくなくて、ため息混じりに「空いてますよ」と少しだけ嫌そうに返した。それを察しているはずなのに、アヤメさんは「ありがとうございます」と花が咲くような笑顔を向けてから、

「児童施設へのクリスマスボランティアが足りないので、今人手を集めておりますの」

と口の端を持ち上げた。それがあまりにもユーリと同じだったから、本当は義姉ではなく姉ではないのかと疑ったくらいだ。

「一旦ユーリにも話してから」
「リヒトごめん。ちょっと遅くなって……って、アヤメ?」

 走ってきたのか、息を切らし気味に来たユーリが、僕を、それからアヤメさんを見て首を傾げた。けれどアヤメさんの笑顔に感じるものでもあったのか、僕らの間に割って入り、僕の手を黙って握ってくれた。

「アヤメ、今日の用件は何」
「あら、そんなに警戒されると悲しくなってしまいますわ。わたくしはただ、ボランティアをお願いしたいだけです」
「ボランティア?」

 ユーリの目が怪しむように細められる。僕は背伸びをして「児童施設のクリスマスだって」と耳打ちする。

「駄目。そんな暇ない。リヒトは俺と過ごすって決まってるから」
「どうしてもですか? ユーリさんなら、やってくれると思ってたのですが……」

 そう言って、アヤメさんは目を伏せた。
 それは、僕もよく見る目と仕草だった。ユーリが本当に悲しかったり、困っている時に見せる、無意識の癖だ。そしてこの後にするのは、

「でしたら大丈夫ですわ。お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」

と隠すように無理やり笑う。だからだと思う、僕が「待って」と声をかけてしまったのは。

「やるよ。児童施設の、クリスマスボランティア」
「は? ちょっとリヒト」
「ユーリもやろうよ。することも特にないんだし、一日くらいいいだろう?」

 そう見上げれば、ユーリは「う」と視線を僕から外して、口元に手をやった。それからまた僕をちらりと見て「……いいよ」と小さく呟いた。
 アヤメさんの顔が一気に明るくなる。これもユーリと同じだ。それに内心苦笑いして、

「そういうことだから、よろしくお願いします」

とアヤメさんに小さく頭を下げた。アヤメさんは深々と頭を下げて「こちらこそ」と嬉しそうに笑う。
 僕はこの一族の、この笑顔にどうしても弱いらしい。まぁ、ユーリには言ってやらないけど。

「では、詳しいことは後でユーリさんに連絡を入れますね。当日、是非ともよろしくお願いしますわ」

 スキップでもしそうな勢いでカフェに行くアヤメさん。その背中が見えなくなってから、ユーリは「リヒト……」と何か言いたげな目で僕を見下ろしてきた。

「わかったから。謝るから」
「……はぁ」

 ユーリが僕のコートのフードに手をやり、おもむろに深く被せてきた。何、と言いかけ頭を上げたところに、触れるだけの軽い口づけを送られる。
 すぐに離れたユーリの目が、してやったり、というように笑っている。僕はそれを少し睨んで、それからこちらから指を絡めて、学食へと向かった。
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