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第三部

無意識な君

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『ポリネシアンセックス』
 歩きスマフォをしつつ、タップしてその単語を調べてみる。

「へぇ、五日かけてやるセックスねぇ……」

 学食への入口に立つリヒトが、俺を見かけて手を上げてくる。それに軽く振ってから「ごめん」と横に並び、手を軽く握ってから指を絡ませた。

「ユ、ユーリ、ちょっとここでは……」
「大丈夫だって」

 絡ませた指に軽く口づけてから学食へ入る。どこの列もそれなりに混んでたから、仕方なく敷地内のコンビニでパンでも買うことにした。

「どれにする?」
「僕はツナかな。ユーリは?」
「あー、じゃクリームあんぱんとフランクフルトでも買おうかな」

 リヒトの手から、パンとコーヒーを引ったくるようにして、そのまま自分のと一緒にお会計を済ませる。思った通りリヒトが「ユーリ」と咎めるように呼んできたが、俺がやりたくてやっているのだ。今さら変えるつもりはない。
 中庭へ出て適当に座ってから、リヒトへパンとコーヒーを渡した。

「リヒト、身体はもういいの?」
「ぅえ!?」

 手にしたパンが手から転げ落ちる。それをギリギリで受け取めてリヒトにもう一度渡せば「ありがと」と頬をほんのり染めて、小さく呟いた。

「いいよ。あ」

 俺の手にツナがついてしまった。
 こっから学内のトイレって近かったっけと思い出していると、リヒトがおもむろに俺の手を取り、指先を口に含んだ。

「っ、リヒト……?」
「ん……」

 小さな舌先で指を舐められるたび、腰にぞくぞくと痺れが走る。狙ってやっているのかとも思うが、リヒトはこれを無意識に、至って真面目にやっている。
 指先だけでなく、手のひらにもついたツナを舐め取ると、リヒトは「はい」と何事もなかったように口を離した。
 俺の指先にリヒトの唾液が絡まり、てらてらと日光に照らされ光っている。次にリヒトの唇に目をやれば、さっきの名残りで唇も濡れていた。

「ユー、リ……!?」

 気づけばその唇に誘われるように重ねていた。閉じられた下唇をぺろりと舐めれば、びくりと震え微かに口が開かれる。それを逃さずに舌を差し込んでやれば、すぐにリヒトは「んっ」と甘い声を上げて身じろぎをした。

「――でね」
「そう――」

 聞こえてくる話し声に、我に返って身体を離した。リヒトの目が、俺が離れるのと同時くらいに開かれ、恥ずかしそうに伏せられる。
 正直、このまま講義なんてすっぽかして、どこかの教室に入るなりトイレに籠もるなりして、リヒトを滅茶苦茶に犯したい。むしろ家に帰って夜まで、いや明日の朝まで、いやいやそれじゃ足りないくらいヤッていたい。
 そんな思いを抑えるように長く息を吐き出して、俺はパンの袋を開けた。

「……帰ったらする?」
「ぶっ」

 ひと口食べたパンを吹き出してしまった。

「だ、大丈夫?」
「げほっ、こほっ、あぁうん、平気……」

 買った水を飲んで、一旦気持ちを落ち着かせる。
 リヒトに視線をやれば、自分の発言に問題はなかったとでも言うように、きょとんとした顔で俺を見上げている。
 パーカーから見える白い首元に、いつつけたのかもすら覚えてない痕が大量に見える。知らないやつから見れば、暴力でも受けていると勘違いされそうなほどだ。確かに控えたほうがいいのかもしれない。

「……リヒトさ」
「うん?」

 手を伸ばし、指先で目元を軽く拭う仕草をする。

「クマ、消えてきたね」
「え? あ、そう、かな。だとしたらユーリのおかげじゃないかな」
「それは嬉しいね」

 と口では言ったものの、内心では全然嬉しくない。元からリヒトは、小柄で小顔で、肌も白くて、全体的に華奢だ。筋肉がないわけではないが、前世で魔法主体のスタイルだったため、今世では付きにくい体質になってしまったのだろう。
 目元の深いクマのおかげで、他人に暗い印象を与えていたが、それがなくなってきた今、リヒト本来の柔らかさや明るさが目立つようになってしまった。
 実際、今度の学祭で張り出される“抱きたい男”で四天理人の名前が上がっているのだから笑えない。

「はぁ……」

 もういっそのこと、全学生が見ている前でリヒトを犯そうか。いや、そんな奴らにリヒトの裸と声を曝け出すのは嫌だな。

「やっぱり監禁するしか……」
「ユーリ、声に出てる。今度は何考えてるんだ」
「リヒトの可愛さが漏れない方法」
「なんだよそれ」

 リヒトは冗談っぽく笑っているが、俺としては結構本気だ。けれど昨夜のことだってあるし、塩梅あんばいが難しいところでもある。
 パンを押し込んで水で流し込む。味なんてさっぱりわからなかったし、これじゃフランクフルトも満足に食べれやしないだろう。と、考えて、

「リヒト、ツナだけで足りる? これ食べる?」

とケチャップとマスタードのかかったそれを差し出した。

「自分が食べれないからって僕に押しつけるな。まぁ……、いいよ」

 棒を持つ俺の手ごと両手で持って、リヒトが「ん」と口を開ける。俺より小さな口が一生懸命に咥える姿に、無理やり突っ込んで涙目にさせたい気持ちが湧いてくるが、いやいや、棒が刺さったら危ないだろと言い聞かせてやめた。

「ほら、あと半分は自分で食べろよ」
「……うん」

 そう言ってリヒトが残りを突っ返してきた。
 リヒトが口をつけた部分だけコーヒーの苦い味がして、あとはやっぱり味なんて全然しなかった。
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