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第二部
神に愛された人
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三日間、僕は入院していた。目は無事だし、足だって折れてないし、特に酷い怪我はなかったのだけど、一応念のためだと言われては仕方がない。
入院費はどうしよう、なんて心配もなく、とどのつまり、僕は三日間、結構優雅な入院生活を送れていた。ボロアパートから荷物が失くなっていたこと以外は。
「ユーリ、ねぇ、これどういうこと」
未だに左目は眼帯をしているし、右足は固定、とまではいかなくとも、包帯を巻かれていることには違いない。そんな状態でアパートへ帰ると、いそいそとユーリが引っ越し業者に荷物を運ばせていた。
「だってリヒト、一緒に暮らしてくれるんだよね? 言ったよね?」
「えっと……」
暮らす、とは言ってない。いや、暮らしたいとは思ってたけど、まさかそんな急な話とは思ってなくて……。
運ばれていく小型冷蔵庫、電子レンジ、それから煎餅布団は業者のほうで処分をお願いした。
そんなになかった荷物は、あっという間に車に詰め込まれて、ユーリが業者に「じゃ、お願いします」と頭を下げている。
「あのさ、ユーリ。暮らしたいとは、その、思ってたけど、今すぐじゃなくても……」
ここまできたら腹を括るしかないのだけど、どうにも臆病な僕は、まだ駄目な理由を探している。
「一人でなんとか出来るの? それ」
ユーリが指差したのは、僕の左目と右足だ。
「これぐらい一人で生活出来る」
「バイト、しばらく休むんでしょ? 生活費は? 仕送り増やしてもらうつもり?」
「……ユーリだって、あの家、親御さんが払ってるんじゃないの?」
図星を突かれた僕は、話題反らしとばかりに家賃の話をする。けれどユーリはピンときていないようで、
「親?」
と首を傾げている。
「だから、家賃とか、生活費とか……。ユーリも学生でしょ?」
「あぁ!」
やっと納得したのか、ユーリは「そんなことか」と笑顔になると、アパートの前に止まったタクシーに乗るよう示してきた。僕が乗り、ユーリも乗ったことで扉が閉まる。ユーリは行き先を告げると、
「俺、宝くじで当ててるから大丈夫だよ」
と企業の御曹司には到底似合わない単語を発した。
「え? 宝、くじ?」
「そうそう。ほら、俺ってすごい運いいでしょ? それで当ててるから大丈夫。なんなら競馬も競輪も競艇も当たるよ?」
「……」
あぁ、そうだった。この神に愛されし男は、運がべらぼうにいいのだ。いや、神に愛されたから運がいいのか、それとも運がいいから神に愛されたのか。
今となってはどちらでも構いやしないけど、それで生活が出来るなんて羨ましいやつである。
「僕の心配は杞憂ってやつかな……」
「まぁ、そういうことになるかな。他は? 何か心配事でも、不安なことでも、なんでも言って?」
「もうないよ」
ため息混じりに返して、見えてきたユーリの家、いや僕たちの家に苦笑いをする。
心配も不安も、この男の前では全てが杞憂に終わりそうだ。そんな未来が想像できて、僕は小さく吹き出した。
荷物が全部入り、業者が帰った後の脱衣所で、僕はユーリに服を脱がされていた。
理由は簡単だ。荷物の整理でユーリが汗をかいたから、少し早いがお風呂に入ることになり、それなら僕も一緒がいいとユーリが決めて今服を脱がされている。
「ほら、足上げて。ジャージ脱げないよ?」
「それぐらい出来るってば」
「えー」
よたよたしながらジャージを脱いで、次に足に巻かれた包帯を取っていく。下からはサポーターと湿布が出てきて、それをゆっくりと剥がせば、まだ少し赤い足首が姿を表していく。
「リヒト、下着は?」
「自分で脱げるし、なんならユーリは先に入ってればいいから!」
ユーリはまた「えー」と僕をからかうように笑って、先に中へ入っていった。シャワーの音がしだし、磨りガラス越しにユーリが身体を洗うのが見える。
僕はゆっくりと下着を脱いで、左目の眼帯を取った。まだ腫れた瞼は開かず、まるでお岩さんみたいな顔に少し憂鬱になった。
「……リヒト? 入れる?」
「え、あ、あぁ、うん」
とは言ったものの、先にユーリがいると考えると、逆に恥ずかしくなってきた。これなら先に入るか同時に入ったほうがよかったかもしれない。せめてもの抵抗に、タオルを腰に巻いてから浴室へと入った。
入院費はどうしよう、なんて心配もなく、とどのつまり、僕は三日間、結構優雅な入院生活を送れていた。ボロアパートから荷物が失くなっていたこと以外は。
「ユーリ、ねぇ、これどういうこと」
未だに左目は眼帯をしているし、右足は固定、とまではいかなくとも、包帯を巻かれていることには違いない。そんな状態でアパートへ帰ると、いそいそとユーリが引っ越し業者に荷物を運ばせていた。
「だってリヒト、一緒に暮らしてくれるんだよね? 言ったよね?」
「えっと……」
暮らす、とは言ってない。いや、暮らしたいとは思ってたけど、まさかそんな急な話とは思ってなくて……。
運ばれていく小型冷蔵庫、電子レンジ、それから煎餅布団は業者のほうで処分をお願いした。
そんなになかった荷物は、あっという間に車に詰め込まれて、ユーリが業者に「じゃ、お願いします」と頭を下げている。
「あのさ、ユーリ。暮らしたいとは、その、思ってたけど、今すぐじゃなくても……」
ここまできたら腹を括るしかないのだけど、どうにも臆病な僕は、まだ駄目な理由を探している。
「一人でなんとか出来るの? それ」
ユーリが指差したのは、僕の左目と右足だ。
「これぐらい一人で生活出来る」
「バイト、しばらく休むんでしょ? 生活費は? 仕送り増やしてもらうつもり?」
「……ユーリだって、あの家、親御さんが払ってるんじゃないの?」
図星を突かれた僕は、話題反らしとばかりに家賃の話をする。けれどユーリはピンときていないようで、
「親?」
と首を傾げている。
「だから、家賃とか、生活費とか……。ユーリも学生でしょ?」
「あぁ!」
やっと納得したのか、ユーリは「そんなことか」と笑顔になると、アパートの前に止まったタクシーに乗るよう示してきた。僕が乗り、ユーリも乗ったことで扉が閉まる。ユーリは行き先を告げると、
「俺、宝くじで当ててるから大丈夫だよ」
と企業の御曹司には到底似合わない単語を発した。
「え? 宝、くじ?」
「そうそう。ほら、俺ってすごい運いいでしょ? それで当ててるから大丈夫。なんなら競馬も競輪も競艇も当たるよ?」
「……」
あぁ、そうだった。この神に愛されし男は、運がべらぼうにいいのだ。いや、神に愛されたから運がいいのか、それとも運がいいから神に愛されたのか。
今となってはどちらでも構いやしないけど、それで生活が出来るなんて羨ましいやつである。
「僕の心配は杞憂ってやつかな……」
「まぁ、そういうことになるかな。他は? 何か心配事でも、不安なことでも、なんでも言って?」
「もうないよ」
ため息混じりに返して、見えてきたユーリの家、いや僕たちの家に苦笑いをする。
心配も不安も、この男の前では全てが杞憂に終わりそうだ。そんな未来が想像できて、僕は小さく吹き出した。
荷物が全部入り、業者が帰った後の脱衣所で、僕はユーリに服を脱がされていた。
理由は簡単だ。荷物の整理でユーリが汗をかいたから、少し早いがお風呂に入ることになり、それなら僕も一緒がいいとユーリが決めて今服を脱がされている。
「ほら、足上げて。ジャージ脱げないよ?」
「それぐらい出来るってば」
「えー」
よたよたしながらジャージを脱いで、次に足に巻かれた包帯を取っていく。下からはサポーターと湿布が出てきて、それをゆっくりと剥がせば、まだ少し赤い足首が姿を表していく。
「リヒト、下着は?」
「自分で脱げるし、なんならユーリは先に入ってればいいから!」
ユーリはまた「えー」と僕をからかうように笑って、先に中へ入っていった。シャワーの音がしだし、磨りガラス越しにユーリが身体を洗うのが見える。
僕はゆっくりと下着を脱いで、左目の眼帯を取った。まだ腫れた瞼は開かず、まるでお岩さんみたいな顔に少し憂鬱になった。
「……リヒト? 入れる?」
「え、あ、あぁ、うん」
とは言ったものの、先にユーリがいると考えると、逆に恥ずかしくなってきた。これなら先に入るか同時に入ったほうがよかったかもしれない。せめてもの抵抗に、タオルを腰に巻いてから浴室へと入った。
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