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第二部

ただいま、故郷

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 翌朝、お風呂を借りて身体を洗い流した。シーツは湯船に浸かる間に洗濯をして、お風呂から上がったらそれをベランダへと干す。少し風が強いけど、うん、これならすぐに乾きそうだ。
 冷蔵庫にはやっぱり水しかなくて、これじゃ朝ご飯も何もあったもんじゃないと苦笑いをする。まだ今日は時間があるし、コンビニでパンとコーヒーでも買って、ここでゆっくりさせてもらおう。

 胸のわだかまりが消えたわけじゃない。
 ユーリの隣に、こんな自分がいていいのか、そんな不安はずっと付きまとっている。
 ボサボサの黒髪には、結構目立つ白髪。
 目はよく見れば金が混じり、人外みたいに見えるだろう。
 加えてこのクマだ。最近は多少よくなったが、何年も、いや前世から蓄積されたこれは、根深く目元に残ったままになっている。
 全部、全部、前世からのものだ。
 お前は一生、いや来世もそのまた来世も、ごうを背負っていくんだと言われている気がして、鏡を見るのが嫌いになっていった。

「やっぱり……、僕が縛るのはよくない、よな」

 ユーリが望んでも、きっと周囲はそうじゃない。
 この世界、この時代、特にユーリみたいな御曹司なら、素敵な人なんてたくさんいるだろう。その人たちが、ユーリを放ってはおかないんだ。
 その時がきたら手を離そう。
 そう心に決めて、ウインナーロールと缶コーヒーをレジへと持っていった。





 新幹線で三時間。
 山々を越え、少し賑いのある駅を通り過ぎれば、各駅停車の新幹線しか止まらないような、こじんまりした駅がある。
 そこが僕の地元だ。
 手持ちの、少し大きめのバッグを持って改札をくぐれば、僕と同じ黒髪の、水色の眼鏡をかけたナギが、スマフォを見ながら柱に背中を預けていた。

「ナギ」
「兄さん!」

 弾かれたように顔を上げたナギが、花が咲いたように明るく笑う。隣に並べば、その大人びた顔つきと僕より高い身長で、兄と弟をよく間違えられる。僕はそこまで気にしたことはないのだけど、ナギはそれこそ鬼のような形相で「次間違えたらぶっ飛ばすぞ」とよく言っていたものだ。

「兄さん、持つよ」
「これぐらい持てるから」
「普段一人で頑張ってるんだから、これぐらいやらせて」

 ナギは少し頑固なところがある。だから僕は「じゃあ」と苦笑いをして、バッグをナギの手に任せた。
 駅を出て、駐車場に父さんの車を探す。が、どこにも見当たらない。

「ねぇナギ、父さん、車変えた?」
「ううん。俺が迎えに行って、二人で歩いて帰るからって言った」
「えぇ……」

 さっきの僕を労る発言はなんだったんだろう。
 まぁ、ここから三十分も歩けば着くし、久しぶりにナギとも会えたのだし、話をしながらでも帰ればいいか。
 駐車場を通り過ぎ、歩道を歩きながらナギの持つバッグに目をやる。

「荷物、重かったら言って。僕、持つからさ」
「兄さんのものだから。重いなんてこと、あるわけがないよ」
「そう? でも遠慮なく言えばいいから」

 歩道がなくなって、水田が広がる道を歩いていく。畑をするお爺さんから「帰ったんか」と話しかけられたり、お婆さんがたからは「相変わらず可愛いねぇ」などと頭を撫でられる。
 男で可愛いと言われて嬉しいわけではないが、このぐらいの人なら、きっと皆可愛いんだろうな。

「ねぇ、兄さん」
「ん?」

 帰路を半分ほど過ぎた頃。いつもはあまり不機嫌にならないナギが、珍しく眉間に皺を寄せ、ずいと顔を近づけてきた。

「兄さんさ、彼女でも出来た?」
「え、いや……? いない、けど」

 嘘はついていない、と思う。実際ユーリは彼氏、というのが適切なのだろうし。
 ナギは「ふうん」と鼻を鳴らし、それから「なら」とさらに少しだけ屈むようにして、僕の耳元に顔を寄せてきた。

が出来た?」
「いっ!?」

 心臓が飛び跳ねた。なんでナギがそんなことを聞いたのかはわからない。けれどここで肯定し、兄にまさか彼氏がいるなんてショックを与えそうで、僕は咄嗟に首がもげるくらい横に振った。

「いないよ!? 何言ってるんだよ! あ、わかったナギ、お前好きな子でも出来たんだな? もう高校生だし!」

 何に必死になっているのか自分でもわからないくらい、ナギに「そっかそっか」と笑い、少しだけ距離を取り、早足になる。遠くに、家が見えてきた。
 後ろからナギの笑い声が聞こえた気がした。

「流石兄さん」

 振り返れば、ナギは読めない表情で、少しだけ頬を緩める。

「そう、好きな人がいるんだ。俺も高校生だし、いい加減に意識してもらおうかなって思ってるんだよ」

 なぜだか、その意味を深く考えてはいけない気がした。だから僕は当たり障りのないよう「へ、へぇ」と曖昧な相槌をしてから、

「僕は応援するからさ、頑張れよ」

と兄らしい言葉のひとつでも言った。

「ありがとう、兄さん。その言葉、忘れないでね」

 そう笑ったナギの目はどこにも光がなくて、背筋に何か冷たいものが走るようだった。
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