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第二部

やることがある

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 台所から聞こえる食器がぶつかり合う音で、僕は目を覚ました。適当に昨夜放り投げたスマフォを辿り画面を見れば、もう時間は午前九時を指している。身体は変わらず気怠いが、それを我慢して身体を起こす。
 騒がしい台所へ向かえば、ユーリが珍しく朝食を作っているところだった。

「……おはよ」

 頭を掻きながら一言。
 ユーリは「あ、おはよう」とにこやかに笑った後、手元で振っていたフライパンから、皿に何かを移し替えた。
 とりあえず顔を洗おうと洗面所へ行き、まだ眠気が残る頭を冷水ではっきりさせてから、僕はまた台所へ戻る。テーブルに並べられた少し焦げた物体は、バターの乗った盛り付けを見るにホットケーキだろう。コップからは湯気が立ち、珈琲のいい香りが部屋中に満ちている。

「ユーリが作ってくれたの?」
「まぁ、うん。あんまり上手く出来なかったけどね……」

 苦笑いをしながら、ナイフとフォークの入った容器がことりと置いた。僕は自分がいつも座る場所に着き、よくよくホットケーキを眺めてみる。
 少し、と表現したが、面積の七割は焦げついていて、食べればフワッより、サクッの表現が合いそうだ。出来たばかりで暖かいそれは、バターをゆっくり溶かして、味をじっくりと染み渡らせていく。

「さ、食べよ」
「うん……、いただきます」

 手を合わせてからナイフで切り分けていく。といっても、僕はナイフとフォークがユーリほど上手く扱えないので、最終的に箸を使えるよう容器には箸も入っている。
 サクッ。うん、苦い。ん? いや、これは……。

「しょっぱ……!?」

 砂糖と塩を間違えるとか、料理が出来ない人のお決まりのようなものに、僕は思わず口を押さえてユーリを見やる。
 ユーリもあまりのしょっぱさに珈琲を飲み「あっつ」と舌を出している。

「ユーリ。砂糖と塩、間違えただろ」
「っぽいね……」

 カチャリと食器を置くと、ユーリは自分の皿を持って立ち上がる。

「コンビニに、なんか買いにいこっか」

 笑っているが、その表情はどこか暗い。昨日僕を辱めていたやつと同じだなんて、これだけを見れば到底思えないくらいだ。

「ユーリ、いいよ」

 だから僕も立ち上がり、その手を止めさせた。

「ユーリが自分の分はいらないなら別だけど、僕はこれを食べる。下げるなら自分のだけにしてくれ」
「でも……」

 犬の耳と尻尾が見えそうだ。僕はもう一度「いいから」と念押しして、椅子に座り直し、箸でホットケーキをひと口に分けて口に運んでいく。予想以上にしょっぱいが、ユーリにあんな顔はさせたくない。
 ユーリはしばらく困ったように、僕の反応を伺うように突っ立っていたが、僕が食べるのをやめる気がないことを悟り、渋々席に戻った。

「本当に、ごめん……」
「いいよ。そうだ、今度一緒に作ろうよ」

 ホットケーキを食べ終えて、最後は珈琲で押し込んだ。お世辞にも美味しいなんて言えなかったけれど、ユーリの気持ちは嬉しかった。
 お皿とコップを持ってシンクへ行けば、そのあまりの惨状に、僕は「う」と思わず身体が固まった。
 床にも飛び散った生地の跡、コンロに焦げついた汚れは、なかなか擦っても取れなさそうだ。さらには割れた皿が隅に追いやられてるもんだから、さっきの気持ちがどこかに吹っ飛んでしまった。

「……」

 固まる僕を他所に、少し立ち直ったユーリがお皿を持って隣に並ぶ。

「あ。リヒト、お風呂出来てるから入ってきたら?」
「……ユーリは?」

 その言葉をどう受け取ったのか。ユーリはシンクにお皿を置いてから、

「なんだリヒト、一緒がいいなら素直に」

と腰を抱き寄せてきた。
 けれど僕はその手を光の速さで叩き落とし、前世むかしのような眼光の鋭さでユーリを睨みつけた。

「先に入ってこい。今すぐ、いいな。僕はやることがある」
「え、でも」
「いいな」

 有無も言わさず、背中を押すようにしてキッチンから追い出した。
 水音が聞こえてきた頃、僕は「よし」と気合を入れるよう自分に声をかけると、悲惨なキッチンとの格闘を始めた。
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