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第一部

また会えたね

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「なんで、お前がここに……」

 相手が客だということも忘れ、僕は思ったままを口に出す。先に料理を運んでおいて正解だった。この状況じゃ、僕は絶対、盛大に皿を落としていただろうから。

「なんでって、先輩が働いてるんだから、来るのは当たり前ですよね?」

 表向きの体裁のためか、僕をわざとらしく先輩呼びし、とってつけたような敬語を使う。こういうところも変わっていない。
 僕はキッと睨みつけて、今しがたくぐってきた暖簾のれんを指差した。

「ここは居酒屋だ。未成年に売る酒はない。帰れ」
「酷いな、先輩。別に飲まなきゃいけないことはないでしょう? それにここ、ご飯美味しいって有名らしいじゃないですか」

 悔しいがこいつの言う通りだ。
 居酒屋だから酒しか置いてないわけではないし、飲まない女子大生やOLも普通に来る。なんなら家族連れ用にお子様メニューだってある。店長の方針なのだから、仕方がない。
 それ以上言えなくなった僕の横を通り「ここ、空いてます?」と一人掛けのカウンター席へと座った。
 その後ろを仕方なくついていき、僕が注文を取るか、それともスイや店長に任せるかと悩んでいると、

「あ」

と何かに気づいたようにユーリが声を上げた。

「ねぇ、リヒト」

 そう名前を呼ぶ声がとても冷たく、行為中のユーリと同一人物とは思えないほどに、僕の背中を違う意味で震わせた。

「な、何……」
「あの紫髪の子さぁ」

 スイのことだ。僕は手元の注文表にペンのインクが滲むほど、無意識に力を込めていた。

「確か四天王の」
「やめろ!」

 言ってハッとした。店内全体に、とまではいかなくとも、周囲には到底聞こえるくらいに響いた声に、一人でちびちびと飲んでいたサラリーマンが僕たちを驚いた目で見ていた。

「あ、ぁ……す、すみません」

 慌てて謝ったが、未だにサラリーマンは不可解そうに眺めている。どうしたものかと顔を強張らせていると、ユーリは「はは」と困ったように頬を掻いた。

「このお兄さんに声かけたんだけど、振られちゃった」
「あーそうかい、この兄ちゃん綺麗だもんなー」
「おじさんもそう思います?」

 何事もなくサラリーマンと二言三言話してから、ユーリは「ウーロン茶ひとつ」と人差し指を立ててきた。一瞬頭がついていかず、僕は「ぇ」と首を傾げてしまった。

「え、じゃなくて注文だよ。ウーロン茶ひとつと、あとそれから……」
「は、はい、ご注文ですね」

 いわれた品をひとつひとつ書き込んでいく。挙動を舐め回すように見られるのは気持ちいいものではないが、注文をするのならばいくらユーリでも客である。
 そうしてウーロン茶を始め、いくつかの品が並んだ注文表を持って厨房へ戻る頃には、店の中は満席になっていた。


※※※


 神が人間に力を与えたらしい。
 その情報が魔王様に届いた頃、ボクは見た目が人間に一番近いという理由で、一人、ある国へと偵察へ来ていた。
 まぁ、理由はもうひとつあって、ボクは屍を使うため素顔が人間に知られていない。つまり、こうして堂々と街中を歩いていても、誰も気づきやしないというわけだ。

「広い……」

 右を見ても左を見ても人、人、人。そしてこの熱気、話し声。普段から他の四天王ともあまり話さないボクは、この人混みに慣れているわけもなく、情けなくも隅のベンチに座り休んでいた。

「王子、が神の力を授かったまではわかったけど」

 噂好きの女たちや、仕事をする男たちだけでなく、そのへんを走り回る子供たちですら知っていることらしい。ただ問題なのは、この国に王子は二人いて、しかもくだんの王子の姿は誰も見たことがないという。

「はぁ……ただのハッタリなのか? にしては騒ぎすぎてる気が」
「お兄さん、どうしたの」
「……っ!?」

 考え込んでいて気づかなかった。いや、魔族のボクが気づかなかった?
 いつの間にか右隣に座っていた金髪の子供は、その空色の目をキラキラさせて、もう一度「お兄さん?」と首を傾げた。
 怪しまれてはいけないと思い、ボクは咳払いをひとつし、自分をゆっくりと落ち着かせてから、

「お前も、王子のことは知っているのか?」

と差し支えないであろう質問をした。子供は「そんなことかぁ」とケタケタ笑い、さらにボクとの距離を詰めてきた。ボクの腕に、子供特有の柔らかい身体が当たり、甘い香りが鼻をくすぐる。

「知ってるよ。第二王子なんでしょ、その人」
「へ、へぇ、それは初めて聞いた、かな」

 嘘は言っていない。
 それにしてもこれは大収穫だ。この子供を早いとこ始末して、帰り次第魔王様に報告しなければならない。
 子供から見えないよう、左手に小さな氷の刃を出現させ、それをしっかりと握りしめる。何、殺した後いつも通りに使えばいい。そう考え、改めて子供を視界に入れ――

「んっ……!?」

 いきなりのことに思考が停止した。
 何、なんだ、どうなっているんだ?
 くちゅ、くちゅ、と耳を通して頭に音が響いてくる。そこで初めて、ボクはこの幼い、十歳ほどの子供に唇を奪われているのだと気づいた。

「は……ふ、ぅんっ」

 子供とは思えない力で、頭をしっかりと左右から押さえられる。その際に耳を塞がれているせいで、なおさら音が聞こえてくるから最悪だ。
 舌が入り込み、口内を好き勝手に荒らしていく。歯列をなぞられ、奥に逃げていた舌を絡め取られ、口からは混ざりあった唾液が伝っていく。

「うっ、ん、はあっ……」
「はは、お兄さん、いい表情かおするじゃん。オレ、お兄さんのこと好きになっちゃった」
「は……?」

 やっと解放されたと思えば、子供は悪戯に笑い、ボクの隣から軽やかに去っていく。その際振り返り、

「オレが第二王子だよ。こんな力いらないって思ってたけど、お兄さんに会えるならよかったって思える。じゃ、またね」

と重大なことを言い残し、雑踏の中へと消えていったのだ。
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