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秘密の共有者

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 朝のテレビからは、やれ今日の天気だの、やれ今の流行だの、やれ全国の上手いもんコーナーだのと、それほど代わり映えのないニュースが流れていた。その中で、またフォーク絡みの犯罪が起きたというニュースも、もう見慣れたものだ。

「あら、光哉。やっと起きたの? いつもいつも蒼くんに起こしてもらって。いいかげんに自分で起きたら?」

 テーブルにご飯と目玉焼き、それから湯気の立つ味噌汁を用意しながら、母親が呆れたように笑った。それに「うっせ」と返してから、少し乱暴に席へと座った。

「起きれねぇもんは起きれねぇんだよ」
「光哉、反抗期? かっこよくないからやめときなよ」
「うっせ。蒼、お前も何当たり前に座ってんだよ」

 とは言ったが、俺が朝飯を食べる間、蒼が隣で待つのは恒例になっていた。その時にカフェオレをご馳走になるのも、だ。

「おばさん、いつもすみません」
「いいのよ。むしろ毎日毎日、うちの馬鹿息子がごめんなさいね」
「いえ。今日もカフェオレ、美味しいです」

 涼しい顔でカフェオレをすすってから、蒼は俺に「早く食べて」と冷たい視線を送ってきた。くそ、俺が飯を食うのが苦手なこと知ってるくせに。
 こちらからも、味噌汁をすすってから蒼を睨みつけた。昔食べた味噌汁、目玉焼き、白飯の味を思い出しながらひと口ずつ飲んでいく。もう何も感じない食事は、正直何も嬉しくないけれど。

「そうそう。今日ね、お出汁を変えてみたんだけどどう?」
「へぁ? あ、あぁ、うん、いーんじゃね?」

 もちろん違いなんてわかるはずがない。なんなら、いつも飲んでる味噌汁が何味噌なのかも知らん。

「もう。何食べてもそれしか言わないんだから」
「おばさん、俺も食べていいですか? こんな馬鹿舌の馬鹿より、いい食レポが出来ると思いますよ」
「おい、誰が馬鹿舌の馬鹿だ。聞いてんのか」

 俺の文句を余所に、蒼は俺の味噌汁をひと口飲んでから「お」と瞬きを繰り返した。

「いいですね。これは煮干し出汁、ですか?」
「わかる? たまには煮干しもいいかなって思ったのよ」
「えぇ、とても美味しいです」

 朗らかに笑い、蒼はそのまま俺の箸を拝借して味噌汁を完食した。小さく舌打ちする俺に「ご馳走様」と空のお椀と箸を突っ返してくる。

「なーにがご馳走様、だ。俺の飯だぞ」
「わかったから。早く食べて」

 突っ返された箸を使って、残された白飯と目玉焼きを口にかき込んでいく。飯の味なんてしないのに、箸についた蒼の唾液は酷く甘くて、それだけが俺の唯一のご馳走なのが少しだけ悔しかった。

 父親はもちろん、母親も俺がフォークだなんて知りもしない。もし知ったとして、誰が好き好んで、自分の子供を隔離施設へ送りたいと思うだろうか。
 世の中には、それを隠そうとする親はたくさんいると聞く。実際、その手のニュースは掃いて捨てるほど溢れているし、フォークだと知った上で施設には送らない家もある。
 けれどその多くは、犯罪紛いのことを起こし、最終的に『親は何をやっていたんだ』と世間から指を差されるのがオチだ。
 俺もそうなるのかもしれない。

「……光哉、ね、光哉。ね、ミツ」
「うおっ!?」

 いきなり手を引かれて、反動で後ろに一瞬倒れかかった。

「何すんだ」
「いや、そのまま行ったら犬のうんこ踏むって言いたかった」
「は? マ?」
「まぁ、もう踏んでるから遅いんだけど」
「はあああ!?」

 足を上げる。
 確かに靴底に茶色の何かがくっついていて、それは地面に擦りつけても取れそうにもない。

「おい、なんでもっと早く言わねぇんだよ!」
「俺はちゃんと呼んだ」
「名前呼んだだけで気づくか、馬鹿」
「前見てないほうが悪い」

 お気に入りの靴なのに。というか、看板にも書いてあるだろうが。“犬のフンは持ち帰りましょう”って。野良か? 野良なのか? なら仕方ないか?

「って、んなことあるか! これで学校行きたくない……」
「この先の公園に水場あったよね」
「お、そこで洗うわ」

 踏んだほうの足を、これ以上使わないように、渾身のケンケンをしながら進む。少し後ろを歩く蒼が「ぷっ」と笑いやがったが、今ここで振り向くわけにはいかない。つか、結構バランスも体力もきつい。
 公園に入り、水場へと一心不乱に向かう。
 週末には親子連れで賑わう公園だが、今日は生憎の平日だ。俺みたいなケンケンを楽しむ高校生がいたとて、変な目で見る奴はどこにも――

「ぷっ、くくくっ」
「あ、いたわ。ちょ、おま、マジで覚えとけよ」
「ウンコマンを忘れる奴はいないでしょ」
「そのネタ、一生言うつもりだろ。クソが」
「自己紹介?」

 その辺のベンチに鞄を置き、それから靴を脱いで、水で洗い流す。そのへんにあった木の枝で、靴裏の溝も丁寧にほじくり返せば、もう始業の時間になっていた。

「あ、遅刻。最悪。ウンコマンのせいだ」

 スマフォを見ながら、華麗な責任転嫁を決める幼馴染。

「先行けばよかっただろうが。それとも一人で行くのが淋しいのか?」

 少し湿った靴を履き直して、鞄を肩に下げた。
 俺としては冗談のつもりだったのに、蒼が「うん」と変わらない涼しい顔で言うものだから、俺も「へぁ!?」と変な声を出してしまう。

「だって、光哉を一人にしたら不安だから」
「……そっか。そうだよな」
「うん」
「んじゃ、学校まで走ろうぜ。走れば一限には間に合うだろ」

 蒼の返事を待たずに俺は走り出す。
 幼馴染の親友を、縛りつけてしまったことへの罪悪感と、それと同じくらいの優越感。この湧き上がる感情は、俺がフォークで、あいつがケーキだからなのか。
 あの日以来、その答えが見つからない。
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