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二月

食べられたら即終了。恐怖のチョコレート その4

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「鏡華ちゃーん、いるー?」

 ノックもほどほどに、俺は遠慮なく保健室の扉を開けた。珍しく机に向かって何かしら書いているのを見るに、きちんと仕事をしていたようだ。
 てか、あれ? 鏡華ちゃんはチョコになってないぞ?

「どうした、御竿」
「あ、あぁうん、実は……」

 なんて言えばいいんだ、これ。体育でバスケしてたら太刀根とボールが合体しました? ボールが太刀根から離れません?
 どう言えばいいか迷う俺。鏡華ちゃんは手を引かれている太刀根に視線をやり、それから納得したように「事情はわかった」とだけ言って奥に入るよう促してきた。
 ベッドは片方使われているようで、カーテンが閉まったままだ。静かにしないとと思い直してから、太刀根を保健室の奥、生活スペースへと導いていく。

「この季節、多いんだ。こういうのが」
「多いって何? もしかしてこれ、新手のインフルエンザ?」
「どうだかな。ほれ、太刀根、そこに座れ」

 用意した椅子に座らせると、鏡華ちゃんは俺に「少しそこで待ってろ」と保健室に備えてある机を示した。冷蔵庫から茶やら菓子やら食べていいと言われたので、適当に見繕ってから生活スペースを出ていく。
 パタリと扉を閉めて席に着き、ほどなくして太刀根の絶叫が聞こえてきた。

「あああああ!? 鏡華ちゃん、ゾゴはんんん! いだいよおおお!」
「ったく、少し黙ってろ」
「あふんっ」

 途端に静かになった扉の向こうで、一体何が行われているというのか。知りたくもない事実に震えながら、鏡華ちゃんお手製のパウンドケーキを頬張りながら二人が出てくるのを待つ。
 テレビでも見るかと適当にリモコンでチャンネルを回せば、ちょうどお昼の料理特番をしているところだった。

「チョコタルトねぇ……」

 バレンタイン当日ということもあり、有名料理家らしい先生が、解説を交えながら美味そうなタルトを作っていく。

「タルトいいな」
「ならボクを食べる許可をあげてもいいよ!」
「おわっ!?」

 シャッとカーテンが開き、全身チョコでコーティングされたセンパイが、ベッドにベタ座りしながら食い気味に言ってきた。いいか、チョコそのものではない。チョコでコーティングされたセンパイだ。

「なんでここにいんだよ!」
「病人が保健室ここにいて何が悪いの。それよりも、ねぇ、御竿護」
「鏡華ちゃーん、俺もう教室戻っていいー?」

 センパイの相手なんぞしていたら、精神が擦り切れるに決まっている。とっとと出て行きたくて鏡華ちゃんに声をかけてみたが、奥からの返事は「まぁ、待て」という無慈悲なものだった。
 俺は仕方なく「くそっ」と小さく呟いてから、何切れ目かのパウンドケーキを口に放り込んだ。

「ねぇ、御竿護」
「……へぇ、今年のDODIVAドディヴァコラボは“探し出せ、希望の森”なんだ」

 テレビには、有名なチョコブランドのコラボ商品が次々に映し出されている。特に興味もないのだが、ベッドで騒ぎ立てる奴よりかは見てて楽しい。

「御竿護ってば!」
「いや、飾れるチョコってなんだよ。それもうチョコじゃないんよ。フィギュアなんよ」
「話を聞いてよ!」

 チョコで作った家やら木、さらには登場人物を飾りつけよう、というコンセプトらしいが、わざわざ高級チョコですることだろうか。俺なら美味しく頂きたいのだが。

「もう、そんなにチョコばかり見て。そんなにチョコが食べたいなら、このボクを……」
「鏡華ちゃーん、ケーキなくなっちまったけどー? もう終わるー?」
「御竿護ってば! ねぇ、気にならないの? なんでキミも含めてチョコになったのか。なんでこのボクだけ、大丈夫なのか」

 センパイの台詞に、俺は一瞬だけセンパイを見てしまった。待ってましたとばかりにセンパイは笑い、

「ほら。教えてあげるから、早くボクを……」

と誘惑するように、ズボンのベルトに手をかけた。カチャカチャと響く耳障りな音に内心ため息が零れる。椅子から立ち上がりベッドに近づく俺を見て、センパイが「ほら」とズボンを下げようとしたところで、

「別にいらんわ」

と容赦なくカーテンを閉めてやった。
 そのまま近くにあった布団バサミ(たぶん鏡華ちゃんの私物)で、カーテンを開けられないように留めていく。

「ちょ、ちょっと! 御竿護! あ、ズボンに引っ掛かって足が、やだ、ねぇ!」
「鏡華ちゃーん、もういいー?」

 何か叫ぶセンパイを無視して再び鏡華ちゃんを呼ぶ。鏡華ちゃんは「待たせたな」とボールが外れた太刀根を連れて出てくると、手にしたボールを俺に渡してきた。

「これは返すからな」
「いや、こんなん渡されても……あ」

 鏡華ちゃんから渡されたボールは、相変わらず「レロレロ」と舌を出している。俺は「プレゼントっす」とカーテンの上の隙間からボールを投げ入れ、鏡華ちゃんに「じゃ」と軽く挨拶だけしてから、そそくさと保健室を出ていった。
 その後どうなったのかは、正直どうでもいい。
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