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二月

食べられたら即終了。恐怖のチョコレート その2

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 教室に充満する甘い香り。毎年楽しみにしていたはずのその香りは、今はもはや吐き気をもよおすだけの何かへと成り下がっていた。
 俺の右隣に座る猫汰も、少し前に座る太刀根も、斜め前の離れた席でクラスメイトと談笑する観手も。もちろん三人だけじゃない。クラスメイト全員が、チョコレートそのものになっている。

「どうしてこうなった……」

 一限目の授業の用意をしつつ、俺は一人小さく愚痴る。
 元々クラスメイト自体、顔にAとかBとかしか書かれていなかったし、今さら顔が失くても話せることに驚きはしない。
 だが主要人物は別だけど。

「み~さおさんっ」
「あぁ、お前か……」

 やけにご機嫌な観手を見るに、これはどうやらイベントらしいとなんとなく察した。だが本人もチョコそのものになっていては、楽しめるものも楽しめないのでは?

「テンション低いですね~。せっかくのバレンタインなのに」
「このチョコだらけの中、何をどうやって喜べと?」
「そう言う御竿さんもチョコなんですけれども」
「ふぁっ!? いっ!」

 驚いて机に足をぶつけてしまった。反動で床に落ちた筆箱を拾って、改めて観手に「どゆこと」と小声で聞き返した。

「どうって……。はい、どうぞ」

 観手は胸ポケットから小さな鏡を取り出すと、俺に向けてパカリと開いてみせる。そこに映っていたのは、なんとも美味しそうなチョコレート(能面)だ。

「いやぁぁあああ! 何これ!? なんで俺もチョコレートに!?」
「なんでって、バレンタインですから」
「意味わかんねぇよ! チョコは? チョコ貰えるイベントじゃないの!?」
「わかってます、わかってますよ、御竿さん。はい、これ」

 慌てふためく俺に、観手が「どうぞ」とスカートのポケットから出してきたのは、赤色の銀紙で包まれた小さなチョコレートだった。この時期によく見る、五〇〇円で詰め放題のよくあるあれだ。

「……これ?」
「そうですよ?」
「……せめて手作りとかさ」
「手間かかるし面倒くさいし、何より、チョコ溶かして固めるだけならこれでいいじゃないですか」
「あ、うん、そっか……」

 あまり強く言うことも出来ず、俺は渋々包みを開いた。中身がホワイトチョコなだけ、まだマシかもしれない。
 食べてみれば、よく味わう普通のチョコの味がした(当たり前か)。

「それじゃ今日一日、楽しみましょうね!」
「楽しむ? この状況を? てかなんでチョコなんだよ?」

 俺の質問に答える前に、一限目の先生が入ってきた。もちろんチョコレートだ。ざわついていた教室が一気に静かになる。
 何も理解していない俺は、その状態で授業を受けていたのだが、いつもと違う状況にさっぱり頭に入ってこない。

「こらそこ、御竿護くん。さっきからキョロキョロして。いくら今日がバレンタインだからって、ソワソワしすぎだぞ。まぁ、先生も朝、奥さんからもらっちゃったんだけど」
「あはは、すんま……」

 あんだけソワソワしてたらそりゃ注意もされるわな。
 俺は軽く謝ろうと先生を見て、固まった。

「溶けてるぅぅううう!」

 指を差して必死に訴えるが、先生はポケットからハンカチを取り出して軽く額 (たぶん) を拭きながら、

「いやぁ、朝のやり取りを思い出したら、ちょっと熱くなっちゃってさ」

と半分溶けた頭をそのままに、何も問題はなさそうに言った。

「ったく、せんせー、惚気かよー!」

 太刀根も先生をからかうように笑う。先生も先生で「今日は子どもたちとカップケーキを作るって言っていたよ」なんて熱いことを言うもんだから、さらにドロドロと溶けていく。

「子どもかぁ、いいなぁ。俺も将来、護と……」
「いや、お前は一体何を言っているんだ?」
「きっと護に似てイケメンになるぞー」
「その妄想ごとどっかで溶けてこい」

 俺のツッコミなどどこ吹く風で、太刀根は「卒業、楽しみだな」と爽やかに笑う中、先生は「今日は帰るのが楽しみだなぁ」と腕組みをして笑い続けている。俺は「もう嫌だ……」と深々と項垂れた。
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