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一月

大パニック!? 寒中マラソン大会 その5

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 先を走る下獄をぼうっと見送ってから、俺ははっとして再び足をバタつかせた。

「ね、猫汰、俺自分で走りたいからさ。降ろしてくれよ。な?」

 引きつった笑いを向けて頼んでみれば、猫汰は多少不満気にしながらも降ろしてくれた。それに「ありがとな」と一言告げ、それから公園の先に視線をやる。

「下獄が言ってたゴールって……」
「彼は一年生だからね。この公園を抜けたら終わりだよ。僕らは公園を抜けて学校に帰るまでだけど」
「いいなぁ……」

 じゃこの辺が七キロ地点というわけか。それにしては来る先輩が少なくないか?
 俺の考えが読めたのか、猫汰が「先輩たちなんだけど」と説明を始めた。

「一年生にも三年生を狙う生徒はいる」
「いるの!?」
「最後のチャンスとばかりにわざと捕まる生徒もいるんだ。三年生はその猛攻を潜り抜けて、二年生のところまで来るんだよ」
「うわ……」

 さっき連れて行かれたモブ先輩は、それなりに優秀だったのでは? 捕まったけど。そうして足を止めている間に、二年生だけでなく一年生にも追い抜かれていく。

「やべ。早くゴールに向かおう」
「そうだね」

 まだ転んだままの太刀根に「起きろ」と足蹴りして、俺たちは走り出した。
 だがそれは、後ろから聞こえてきた「待つんだ、太刀根! と、その友人たちよ!」の声に思わず足が止まった。

「あ、部長!」

 起き上がった太刀根が「ちっす!」と頭を下げる。いや、呑気に挨拶してる場合か!
 部長、つまり益洲えきすとら先輩が見事な陸上走りでこちらに向かってきている。知っているとは思うが、あいつは三年生だ。

「バカ、早く走るぞ」
「でも部長に挨拶しないのは駄目だろ?」
「ならお前だけで挨拶してろ!」

 そうだ、無理に太刀根を連れて行く必要はない。いれば役に立つだろうが、自分の身を危険に晒してまで待つことはないんだ。
 さらばだ、太刀根。
 俺は猫汰に「行こう」と言い公園の出口に向けて走り出す。

「待て、友人! いや、そこの青髪の友人よ!」
「青髪? え、猫汰に用があるの!?」

 益洲先輩(以後、先輩と呼ぶ)を振り返った猫汰が「チッ」と舌打ちをした。狙いが猫汰なら、その隙に行けばいいんじゃねと考え、俺はジリジリと距離を取っていく。
 頭を下げる太刀根の横を通り過ぎた先輩が、肩で息をしながら「友人くん!」と猫汰にギラついた視線を向ける。対する猫汰は、いつも通りの涼しげな、いやすごく冷たい視線を先輩に送っている。

「なんですか、益洲先輩?」
「友人くんよ!」
「猫汰です」
「友人くん。君は我が可愛い後輩、太刀根と、昨年喧嘩をしたと聞いた」
「猫汰です」

 会話が気になって走るのも忘れ、遠目に二人を眺めながら成り行きを見守る。

「なんでも共通の友人、御竿護くんのことで喧嘩をしたのだとか」
「え? 俺が原因だったの? やっぱり? そんな気はしてたんだけど!」

 いきなり会話の中心に出され驚いたが、正直そんな気はしてた!

「……の口で」
「猫汰?」

 なんだ? 猫汰がなんかボソボソ言ってるぞ?

「その汚い口で御竿くんの名前を出すなよカス野郎。今すぐ君のケツの穴に奥歯突っ込んで指をカタカタ震わせるよ」
「色々使い方違うし! 奥歯どうやって突っ込むんだよ!? いやしたくないけど!」
「何!? そんな嬉しいことをしてくれるのか!」
「先輩も何言ってんすか! 後輩が後輩なら先輩も先輩だな!」

 見た目は頭よさげな奴なのに、なんでこんなにバカなんだよ! もう知ってるけどさ!

「まぁ、そういうことで、俺が先輩としてひと肌脱ぎに来たのだ! さ、俺に捕まってもらおうか。そして友人くん、君の心の奥底を、いや身体の芯までをも見せてもらおうか」

 そう言って先輩は、背中に背負っていた竹刀を手に握った。

「え! 武器!? おいあれ武器だろ!?」

 いくら剣道部だからってアリなわけないだろ!
 だけど猫汰は顔色を変えず、ジャージのポケットから二十センチ程度の棒を取り出した。それをブンッと振ると、棒の中に仕込まれていたと思われる芯が出てきて、それは一本の木刀へと形を変えた。
 俺の隣に並んだ太刀根が、腕を組み、わくわくしながら、

「部長にとって竹刀は眼鏡みたいなもんだ。だから武器とかじゃねぇよ」
「眼鏡ってなんだよ。つまりあれか、竹刀が本体か?」
「それよりもほら、巧己が木刀を握るなんて久々だぞ? よく見てろよ」

と二人を見るように促してきた。仕方なくそちらを見る。二人の間を何人かの生徒が通り抜け――
 先に動いたのは先輩だった。
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