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十月
だってお前はそんなんじゃ……! その6
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『消えな、カスども。あいつの笑顔が消えちまう』
大画面に写るブラッドハウンド。鋭い爪を突きつける先には、恐らく刺客だと思われる、これまた形容しがたい動物たちが立っている。その中には猫汰が買った動物もいる。あいつは刺客側か、つか話せたのかよブラッドハウンド。
その動物たちの中から、少し小綺麗なおっさんが高笑いしながら一歩進み出てきた。確か男爵と呼ばれていた気がする。
『ブラッドハウンド! 今日こそあのガキを頂きますよ!』
『今日、今日ねぇ』
対するブラッドハウンドは面倒くさそうに頭を掻いて、それからにやりと牙を光らせる。
『明日もないんだから諦めな、おっさん』
『むききき! お前たち、やってしまいなさい!』
そこからは大迫力の戦闘シーンだった。だがブラッドハウンドは、自身を探しに来た女の子を庇って傷を負ってしまう。それでも奮闘し、毎日訪れる“明日”を守るために勝利を掴み取るのだ。
ラストのブラッドハウンドと女の子のやり取りは感動的だった。気づかないうちに涙を流していたくらいには。
『ねぇ、ブラッドハウンド』
『ワン』
『わたし、あなたがいてくれてしあわせだわ。やさしいいぬさん、ほんとうにありがとう』
『ワン』
ボロボロになったブラッドハウンドに抱きついて、女の子はポロポロと涙を零した。それを優しく抱き返して、ブラッドハウンドは静かに目を閉じたのだ――
「うおおお、ブラッドハウンドぉおお!」
終わった瞬間、太刀根が号泣しながら立ち上がった。俺も泣いてはいたが、こんな号泣するほどじゃない、断じて。
「太刀根くん、周りの人に迷惑だよ。感想は外に出てから」
「猫、いや巧巳、お前も鼻水ヤバいからな」
言われて気づいたのか、猫汰が鼻をこすった。にょいーんと伸びた鼻水を見て、俺は仕方なくポケットティッシュを渡してやる。
「いや~、でも本当に良かったですね~」
「お前は泣いてないんだな」
案外ケロリとしていたのは観手だ。男三人が泣いているのは、これはこれで恥ずかしい。
とりあえずと映画館を出れば、時間は既にお昼を回っていた。適当に昼飯を済ませ(もちろん太刀根のおごりだ)、適当にゲーセンで時間を潰して(これも太刀根だ)、俺たちは解散となった。
「ただいま」
「お! 帰ったか、マモル!」
牡蠣の声はするが、姿が全く見えない。やたらいい匂いがしてるし、まさかと思い台所へ行けば、鍋で茹でられている牡蠣がいた。
「お前、熱くないわけ……?」
「いんや、ちょうどいい湯加減だ。流石ママさん」
「その母さんはどうしたんだよ」
「パパさんを迎えに駅まで行った」
せめて火を止めろと言いたいが、いや牡蠣がいるからいいのか? 普通の牡蠣ではないし。
そんな考えを巡らせていると、牡蠣が「で」と鍋の縁に身体を預け、身を乗り出すようにして俺を覗き込んできた。正確に言えば、俺ではなく、俺が持っている人形を、だ。
「随分とまぁ懐かしいもん持ってんじゃねぇか」
「懐かしい? なんだ、お前もブラッドハウンド知ってたのか」
「だってそれおれだし」
「これ有名なゆるコットらしくてさ……は?」
いい香りの中、ぐつぐつと鍋が煮立つ音だけがする。
「その作者、マリー、いやマリンなんとかって女だろ。そうかそうか、幸せになったのかー」
「は?」
「あんなちっさかったマリーがなー。つか、あいつ気づいてたのかよ。なら早く言えよなぁったく」
「は?」
俺の手からぼとりと人形が落ちる。ブラッドハウンドの目が、心なしか“してやったり”と言っているように見えるのは気のせいだろうか。
「なんだマモル、おれを落とすなよ。傷ついちゃうだろ?」
「……は? じゃあ最後、ブラッドハウンドはどうなるんだよ」
「どうって、老衰に決まってんじゃーん」
気づけば俺はボウルに水と氷を入れ、その中に箸で摘み上げた牡蠣をぶち込んでいた。
「あああああ! 風邪引いちゃう! 引いちゃう!」
「黙れ牡蠣。俺の涙を返せ」
「いやあああ!」
帰ってきた母さんに怒られるまで、俺はひたすら牡蠣を水責めにしていた。
大画面に写るブラッドハウンド。鋭い爪を突きつける先には、恐らく刺客だと思われる、これまた形容しがたい動物たちが立っている。その中には猫汰が買った動物もいる。あいつは刺客側か、つか話せたのかよブラッドハウンド。
その動物たちの中から、少し小綺麗なおっさんが高笑いしながら一歩進み出てきた。確か男爵と呼ばれていた気がする。
『ブラッドハウンド! 今日こそあのガキを頂きますよ!』
『今日、今日ねぇ』
対するブラッドハウンドは面倒くさそうに頭を掻いて、それからにやりと牙を光らせる。
『明日もないんだから諦めな、おっさん』
『むききき! お前たち、やってしまいなさい!』
そこからは大迫力の戦闘シーンだった。だがブラッドハウンドは、自身を探しに来た女の子を庇って傷を負ってしまう。それでも奮闘し、毎日訪れる“明日”を守るために勝利を掴み取るのだ。
ラストのブラッドハウンドと女の子のやり取りは感動的だった。気づかないうちに涙を流していたくらいには。
『ねぇ、ブラッドハウンド』
『ワン』
『わたし、あなたがいてくれてしあわせだわ。やさしいいぬさん、ほんとうにありがとう』
『ワン』
ボロボロになったブラッドハウンドに抱きついて、女の子はポロポロと涙を零した。それを優しく抱き返して、ブラッドハウンドは静かに目を閉じたのだ――
「うおおお、ブラッドハウンドぉおお!」
終わった瞬間、太刀根が号泣しながら立ち上がった。俺も泣いてはいたが、こんな号泣するほどじゃない、断じて。
「太刀根くん、周りの人に迷惑だよ。感想は外に出てから」
「猫、いや巧巳、お前も鼻水ヤバいからな」
言われて気づいたのか、猫汰が鼻をこすった。にょいーんと伸びた鼻水を見て、俺は仕方なくポケットティッシュを渡してやる。
「いや~、でも本当に良かったですね~」
「お前は泣いてないんだな」
案外ケロリとしていたのは観手だ。男三人が泣いているのは、これはこれで恥ずかしい。
とりあえずと映画館を出れば、時間は既にお昼を回っていた。適当に昼飯を済ませ(もちろん太刀根のおごりだ)、適当にゲーセンで時間を潰して(これも太刀根だ)、俺たちは解散となった。
「ただいま」
「お! 帰ったか、マモル!」
牡蠣の声はするが、姿が全く見えない。やたらいい匂いがしてるし、まさかと思い台所へ行けば、鍋で茹でられている牡蠣がいた。
「お前、熱くないわけ……?」
「いんや、ちょうどいい湯加減だ。流石ママさん」
「その母さんはどうしたんだよ」
「パパさんを迎えに駅まで行った」
せめて火を止めろと言いたいが、いや牡蠣がいるからいいのか? 普通の牡蠣ではないし。
そんな考えを巡らせていると、牡蠣が「で」と鍋の縁に身体を預け、身を乗り出すようにして俺を覗き込んできた。正確に言えば、俺ではなく、俺が持っている人形を、だ。
「随分とまぁ懐かしいもん持ってんじゃねぇか」
「懐かしい? なんだ、お前もブラッドハウンド知ってたのか」
「だってそれおれだし」
「これ有名なゆるコットらしくてさ……は?」
いい香りの中、ぐつぐつと鍋が煮立つ音だけがする。
「その作者、マリー、いやマリンなんとかって女だろ。そうかそうか、幸せになったのかー」
「は?」
「あんなちっさかったマリーがなー。つか、あいつ気づいてたのかよ。なら早く言えよなぁったく」
「は?」
俺の手からぼとりと人形が落ちる。ブラッドハウンドの目が、心なしか“してやったり”と言っているように見えるのは気のせいだろうか。
「なんだマモル、おれを落とすなよ。傷ついちゃうだろ?」
「……は? じゃあ最後、ブラッドハウンドはどうなるんだよ」
「どうって、老衰に決まってんじゃーん」
気づけば俺はボウルに水と氷を入れ、その中に箸で摘み上げた牡蠣をぶち込んでいた。
「あああああ! 風邪引いちゃう! 引いちゃう!」
「黙れ牡蠣。俺の涙を返せ」
「いやあああ!」
帰ってきた母さんに怒られるまで、俺はひたすら牡蠣を水責めにしていた。
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