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十月
だってお前はそんなんじゃ……! その2
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「わーいお布団お布団ー!」
パカパカとはしゃぐ牡蠣。それを視界の端で捉えながら、俺は小さくため息をついた。
夕飯を終えて風呂から上がれば、当たり前のようにして牡蠣は俺の部屋にいたのだ。しかも小さな座布団(木魚に敷くタイプのあれ)に堂々と座って。
「なんでお前が俺の部屋に……。台所か冷蔵庫ん中にでもいろよ」
いそいそと布団を敷きながら言えば、
「だって一人は淋しいし。パパさんとママさんだって同じ布団で寝てるじゃん。それに今日は初夜だし?」
とふざけたことを言いやがった。すかさず俺は牡蠣を叩こうとするが、間違っても相手は貝だ。痛いのは俺だし、寸でのところで留まった。
「二人と一緒にすんな。第一俺は牡蠣にそんな感情は持ってないし、人外は二次元だけで……ってここ二次元だったか」
「でもワイっちを食うんだろ?」
「何度も言うが食わねぇよ。食ってたまるか」
枕を定位置に置いてから常夜灯をつけて横になる。ホテルみたいな立派な布団でもない、むしろ陳腐な煎餅布団だが、やっぱりここが一番落ち着く。なのに。
「ワイっちを食わないなんて。屈辱! もう決めたもん。マモルがワイっちを食ってくれるまで、一生離れないから!」
「馬鹿言ってないで早く寝ろ。俺は早く寝たい」
「むきー。大抵はワイっちを見つけたら喜んで食うのに!」
牡蠣が話すたびに、貝のパカパカ動く音がする。やけに気になってこれでは眠れないではないか。
俺はもう無視しようと頭から布団をすっぽりと被った。多少足が出てしまうが、そこは丸くなってカバーだ。
「お前みたいな話す牡蠣、食ってたまるか。じゃ、おやすみ」
「……なぁマモル。アンタ、どっから来たんだ?」
「は?」
それは予想外の質問だった。だから俺は布団から頭を出し直し、頭の横でパカパカ動く牡蠣に目をやったのだ。
「どっからって、なんでそんなこと聞くんだよ」
「言ったろ? 大抵の人間はワイっちを食うって」
牡蠣が「ふぅ」とまるでタバコの煙でも吐くかのように息を吐いた。もちろんタバコなんてない。
「おれはこう見えて、いくつもの生を経験している。人間だった時もあったし、今みたいにそうでない時もあった」
ただの牡蠣とは思えない空気をまとったまま、話を続けていく。
「だからわかる。マモル、アンタがどっか違う場所から来た奴だってことがな。おれに対してウブな反応もしてたしな」
「……」
「なんか悩みがあるなら聞いちゃうよ? 牡蠣の恩返しってやつ」
牡蠣は「ほれほれ」と幾分楽しそうに言い、何度か貝を開け閉めさせた。話していいものだろうか。いや相手は牡蠣だぞ、牡蠣が相談相手って悲しくないか?
「いや、でも、信じてくれないと思うし」
吐き捨てるように言ってから、俺は牡蠣に背を向けるようにして寝返りを打った。
「信じるも信じないも、マモルは話す牡蠣を見たことなかったんでしょ。でもワイっちを見ちゃって、しかも話しちゃったら、信じるしかないっしょ? それと同じ」
「同じ……」
「ワイっちは今マモルといて、マモルと話してる。なら、マモルの言うことは信じるさ」
なぜだろう。牡蠣なのに。俺は自分でも気づかないうちに泣いていた。背中側から「感動してる? 泣いてる?」と茶化す声が聞こえる。
それに小さく「うるせ」と返すと、俺は自分のことを話しだした。転生者ということ、ここはゲームの世界で、クリアすれば生まれ変われるが、俺は誰とも結ばれたくないこと。
牡蠣は時折「ふーん」とか「ま?」とか相槌を打ちながら聞いてくれた。幾ばくか気持ちが楽になった。相手が人ではないということだけで馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。
「そういうことで、俺はなんとかしてクリアしたいんだ」
「なるほどなぁ」
牡蠣は何か考え込むように黙ってしまう。俺はちょうど眠気も襲ってきたことだし、このまま寝てしまおうかと目を閉じたところで。
「嘘くさっ」
「俺の涙を返せ」
ケタケタ笑いだした牡蠣を、黙れと言わんばかりにガムテープでぐるぐる巻きにしてから、俺は今度こそ寝ようと目を閉じた。カタカタと震える貝の中から「縛りプレイ反対!」と響いてきた気がしたが、再び頭まで布団を被り聞こえないフリを貫いた。
パカパカとはしゃぐ牡蠣。それを視界の端で捉えながら、俺は小さくため息をついた。
夕飯を終えて風呂から上がれば、当たり前のようにして牡蠣は俺の部屋にいたのだ。しかも小さな座布団(木魚に敷くタイプのあれ)に堂々と座って。
「なんでお前が俺の部屋に……。台所か冷蔵庫ん中にでもいろよ」
いそいそと布団を敷きながら言えば、
「だって一人は淋しいし。パパさんとママさんだって同じ布団で寝てるじゃん。それに今日は初夜だし?」
とふざけたことを言いやがった。すかさず俺は牡蠣を叩こうとするが、間違っても相手は貝だ。痛いのは俺だし、寸でのところで留まった。
「二人と一緒にすんな。第一俺は牡蠣にそんな感情は持ってないし、人外は二次元だけで……ってここ二次元だったか」
「でもワイっちを食うんだろ?」
「何度も言うが食わねぇよ。食ってたまるか」
枕を定位置に置いてから常夜灯をつけて横になる。ホテルみたいな立派な布団でもない、むしろ陳腐な煎餅布団だが、やっぱりここが一番落ち着く。なのに。
「ワイっちを食わないなんて。屈辱! もう決めたもん。マモルがワイっちを食ってくれるまで、一生離れないから!」
「馬鹿言ってないで早く寝ろ。俺は早く寝たい」
「むきー。大抵はワイっちを見つけたら喜んで食うのに!」
牡蠣が話すたびに、貝のパカパカ動く音がする。やけに気になってこれでは眠れないではないか。
俺はもう無視しようと頭から布団をすっぽりと被った。多少足が出てしまうが、そこは丸くなってカバーだ。
「お前みたいな話す牡蠣、食ってたまるか。じゃ、おやすみ」
「……なぁマモル。アンタ、どっから来たんだ?」
「は?」
それは予想外の質問だった。だから俺は布団から頭を出し直し、頭の横でパカパカ動く牡蠣に目をやったのだ。
「どっからって、なんでそんなこと聞くんだよ」
「言ったろ? 大抵の人間はワイっちを食うって」
牡蠣が「ふぅ」とまるでタバコの煙でも吐くかのように息を吐いた。もちろんタバコなんてない。
「おれはこう見えて、いくつもの生を経験している。人間だった時もあったし、今みたいにそうでない時もあった」
ただの牡蠣とは思えない空気をまとったまま、話を続けていく。
「だからわかる。マモル、アンタがどっか違う場所から来た奴だってことがな。おれに対してウブな反応もしてたしな」
「……」
「なんか悩みがあるなら聞いちゃうよ? 牡蠣の恩返しってやつ」
牡蠣は「ほれほれ」と幾分楽しそうに言い、何度か貝を開け閉めさせた。話していいものだろうか。いや相手は牡蠣だぞ、牡蠣が相談相手って悲しくないか?
「いや、でも、信じてくれないと思うし」
吐き捨てるように言ってから、俺は牡蠣に背を向けるようにして寝返りを打った。
「信じるも信じないも、マモルは話す牡蠣を見たことなかったんでしょ。でもワイっちを見ちゃって、しかも話しちゃったら、信じるしかないっしょ? それと同じ」
「同じ……」
「ワイっちは今マモルといて、マモルと話してる。なら、マモルの言うことは信じるさ」
なぜだろう。牡蠣なのに。俺は自分でも気づかないうちに泣いていた。背中側から「感動してる? 泣いてる?」と茶化す声が聞こえる。
それに小さく「うるせ」と返すと、俺は自分のことを話しだした。転生者ということ、ここはゲームの世界で、クリアすれば生まれ変われるが、俺は誰とも結ばれたくないこと。
牡蠣は時折「ふーん」とか「ま?」とか相槌を打ちながら聞いてくれた。幾ばくか気持ちが楽になった。相手が人ではないということだけで馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。
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