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十月
そこはそれとない都会の出来事 その4
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「太刀根が帰ってきてない?」
本日泊まる駅前のビジネスホテルで、俺は牧地が言ったことを繰り返した。牧地は「そうなのよぉ……」と頬に手を当てたまま、ふぅと息をひとつ吐いた。
他の生徒たちが「ホテルホテル!」と嬉しそうにホテルに入っていくのを見送り、牧地は改めて俺たちに「ねぇ」と話を切り出した。
「どこ行ったか知らない?」
「いや、どこっつーかさ、点呼してただろ?」
某観光地でバスに乗った時、確かに牧地は点呼をしていた。いなかったら気づくはずだ。
首を傾げる俺の隣で、観手が「あ!」と何かを思い出したように手を叩く。その顔は眩しいくらいの笑顔である。
「それなんですけど、私が太刀根さんの代わりに返事しておきました!」
「おい。講義の代返みたいなことすんな」
「いないと困ると思いまして」
「そうだな、間違ってない。なんも間違ってないわ、いないと困るからな。でもそれを確認するための点呼なんだわ、わかるか、ド阿呆」
俺は観手の頬を両手で掴むと、そのまま左右に引っ張ってやった。痛いと言われている気もするが、代返なんぞするからだ。
「つか、牧地先生も気づけよ。流石に男女ならわかるだろ」
「それがねぇ、観手ちゃん、ものすごくモノマネが似てるのよぉ♪ ワタシ、全然わからなかったわぁ」
「いや、わかれよ」
我が担任に呆れため息をつけば、ぺしぺしと観手が手を叩いてきた。離せという意味だろうと受け取り、仕方なく掴んでいた手を離してやる。若干頬が赤くなっていたが、まぁ構わん。
俺は少し後ろで素知らぬ顔をしていた猫汰に、
「巧巳にも責任があるからな?」
と冷たい視線を向けた。少しは動じるかと思いきや、やはり予想通りというか。猫汰は「僕が?」と心底面倒くさそうに眉をひそめた。
「戻って来なかったのは太刀根くんの責任だろう? 時間に間に合わなかったのなら尚更ね」
「あのなぁ……」
流石にゲームといえど、こんな無茶苦茶であってたまるか。あくまでも無関係を貫こうとする猫汰の肩を掴んで、文句を言いかけた時だ。
「発見ですです!」
近くの歩道に止まったタクシーから、やけに丈の短いメイド服を着た女子が降りてきたのだ。丈は短いが、その細い脚を黒タイツでがっつりガードしてあるのが憎い。つか、このメイド誰。
すると次に助手席側から、更に違うメイドが降りてきた。丈の長いメイド服だが、異様に胸が強調されている。こんなん二次元でしか見たことないぞ。あ、ここ二次元か……。
「攻様、ここで合うホテルはいますか?」
「お前今なんつった」
つい反射で突っ込んでしまった。この爆乳メイド、綺麗な顔をしているのになんか日本語がおかしいぞ。
「攻様。さぁ、こちらに」
なんだ? もう一人メイドが降りてきたぞ。こいつは至って普通のメイド服を着ているが、なぜだか目はトロンとしているし、頬が微かに赤い。深く考えないでおこう。
にしても。いきなり三人もメイドが現れて頭がパンクしかかったが、今“攻様”と言わなかっただろうか。
「三人ともサンキュな。いやぁ、助かった助かった」
最後にタクシーから降りてきたのは、今話題沸騰中の太刀根だった。肩からスクールバッグを下げ、両手には牡蠣の入ったバケツを持っている。
「え、え? 太刀根?」
「護、待たせちまって悪いな。これ、二人の牡蠣!」
「あ、あぁ、うん。ありがとう……」
笑顔でバケツを差し出され、俺は唖然としながらもそれを受け取った。隣にいた観手が「大量ですね~」と嬉しそうに飛び跳ねる。
「えぇと太刀根、聞きたいことは色々あるが、その、とりあえず、このメイドさんたちは、何?」
なんとか笑顔を取り繕いながら聞けば、太刀根はさも当たり前だと言わんばかりに、
「何って……、俺ん家のメイドさん」
と三人のメイドたちに目配せをした。
「っあああ! なんだお前超絶うらやま、いや贅沢なやつだ!」
「あれ? 護知らなかったっけ? 俺ん家、メイドさんしかいないぜ」
「ま?」
「おう」
持っていたバケツががしゃんと落ちた。観手から「御竿さん!」と非難の声が上がるが、今の俺はそれどころではない。
「太刀根くんの家は、家の人以外で男性はいないんだよ」
「ハーレムか!」
「少し違うけど、まぁ似たようなものだね。男性一人につき、お世話係のメイドさんが最低三人は付くみたいだから」
淡々と説明してくれた猫汰に礼を言って、それから改めてメイドたちに視線をやる。あぁなんだ、こんな近くにハーレム野郎がいたなんて。
「なんで俺だけ、俺だけ……はぁ」
憂鬱な俺とは正反対に、夕方の赤い空は、雲ひとつなくとても綺麗だった。
本日泊まる駅前のビジネスホテルで、俺は牧地が言ったことを繰り返した。牧地は「そうなのよぉ……」と頬に手を当てたまま、ふぅと息をひとつ吐いた。
他の生徒たちが「ホテルホテル!」と嬉しそうにホテルに入っていくのを見送り、牧地は改めて俺たちに「ねぇ」と話を切り出した。
「どこ行ったか知らない?」
「いや、どこっつーかさ、点呼してただろ?」
某観光地でバスに乗った時、確かに牧地は点呼をしていた。いなかったら気づくはずだ。
首を傾げる俺の隣で、観手が「あ!」と何かを思い出したように手を叩く。その顔は眩しいくらいの笑顔である。
「それなんですけど、私が太刀根さんの代わりに返事しておきました!」
「おい。講義の代返みたいなことすんな」
「いないと困ると思いまして」
「そうだな、間違ってない。なんも間違ってないわ、いないと困るからな。でもそれを確認するための点呼なんだわ、わかるか、ド阿呆」
俺は観手の頬を両手で掴むと、そのまま左右に引っ張ってやった。痛いと言われている気もするが、代返なんぞするからだ。
「つか、牧地先生も気づけよ。流石に男女ならわかるだろ」
「それがねぇ、観手ちゃん、ものすごくモノマネが似てるのよぉ♪ ワタシ、全然わからなかったわぁ」
「いや、わかれよ」
我が担任に呆れため息をつけば、ぺしぺしと観手が手を叩いてきた。離せという意味だろうと受け取り、仕方なく掴んでいた手を離してやる。若干頬が赤くなっていたが、まぁ構わん。
俺は少し後ろで素知らぬ顔をしていた猫汰に、
「巧巳にも責任があるからな?」
と冷たい視線を向けた。少しは動じるかと思いきや、やはり予想通りというか。猫汰は「僕が?」と心底面倒くさそうに眉をひそめた。
「戻って来なかったのは太刀根くんの責任だろう? 時間に間に合わなかったのなら尚更ね」
「あのなぁ……」
流石にゲームといえど、こんな無茶苦茶であってたまるか。あくまでも無関係を貫こうとする猫汰の肩を掴んで、文句を言いかけた時だ。
「発見ですです!」
近くの歩道に止まったタクシーから、やけに丈の短いメイド服を着た女子が降りてきたのだ。丈は短いが、その細い脚を黒タイツでがっつりガードしてあるのが憎い。つか、このメイド誰。
すると次に助手席側から、更に違うメイドが降りてきた。丈の長いメイド服だが、異様に胸が強調されている。こんなん二次元でしか見たことないぞ。あ、ここ二次元か……。
「攻様、ここで合うホテルはいますか?」
「お前今なんつった」
つい反射で突っ込んでしまった。この爆乳メイド、綺麗な顔をしているのになんか日本語がおかしいぞ。
「攻様。さぁ、こちらに」
なんだ? もう一人メイドが降りてきたぞ。こいつは至って普通のメイド服を着ているが、なぜだか目はトロンとしているし、頬が微かに赤い。深く考えないでおこう。
にしても。いきなり三人もメイドが現れて頭がパンクしかかったが、今“攻様”と言わなかっただろうか。
「三人ともサンキュな。いやぁ、助かった助かった」
最後にタクシーから降りてきたのは、今話題沸騰中の太刀根だった。肩からスクールバッグを下げ、両手には牡蠣の入ったバケツを持っている。
「え、え? 太刀根?」
「護、待たせちまって悪いな。これ、二人の牡蠣!」
「あ、あぁ、うん。ありがとう……」
笑顔でバケツを差し出され、俺は唖然としながらもそれを受け取った。隣にいた観手が「大量ですね~」と嬉しそうに飛び跳ねる。
「えぇと太刀根、聞きたいことは色々あるが、その、とりあえず、このメイドさんたちは、何?」
なんとか笑顔を取り繕いながら聞けば、太刀根はさも当たり前だと言わんばかりに、
「何って……、俺ん家のメイドさん」
と三人のメイドたちに目配せをした。
「っあああ! なんだお前超絶うらやま、いや贅沢なやつだ!」
「あれ? 護知らなかったっけ? 俺ん家、メイドさんしかいないぜ」
「ま?」
「おう」
持っていたバケツががしゃんと落ちた。観手から「御竿さん!」と非難の声が上がるが、今の俺はそれどころではない。
「太刀根くんの家は、家の人以外で男性はいないんだよ」
「ハーレムか!」
「少し違うけど、まぁ似たようなものだね。男性一人につき、お世話係のメイドさんが最低三人は付くみたいだから」
淡々と説明してくれた猫汰に礼を言って、それから改めてメイドたちに視線をやる。あぁなんだ、こんな近くにハーレム野郎がいたなんて。
「なんで俺だけ、俺だけ……はぁ」
憂鬱な俺とは正反対に、夕方の赤い空は、雲ひとつなくとても綺麗だった。
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