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七月

夏だ! 海だ! 無人島だ!? その9

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 額、頬、首筋、さらには腕や腹にまでついたキスマーク(唇の形したやつ)を見て、鏡華ちゃんが腹を抱えて笑った。新しい海パンを履いた太刀根なんかは「な、な、な」と俺を指差して狼狽えている。つかその海パンどうした?

「御竿、おめぇついにヤラれたか?」
「んなわけないでしょうが! 唇も! 俺の純情も! 淡い夏の思い出も! 全部守りきりましたよ!」
「そーかいそーかい。んで、頼んでたものは?」

 明らかに楽しんでいる鏡華ちゃん。きつく睨んでみたものの、この金髪ヤンキー保健医には効果がなさそうだ。俺は切り取った葉を砂浜に落としてから、深いため息と同時に座り込んだ。
 まぁ、さっきも鏡華ちゃんに言ったが、俺は何も牧地に奪われていない。というか、観手がきちんと説明してくれればよかったのに、あろうことか、あいつは俺が牧地に襲われるのをニヤニヤと見ているだけだった。

「御竿ちゃん。さっきは本当にごめんねぇ」
「いや、別に。大丈夫っす」

 疲れていた俺は、無愛想な返事をしてしまったが、もう今だけは許してほしい。牧地はもう一度「ごめんね♪」とウインクでもしてそうな言い方で謝ると、鏡華ちゃんを手伝いに向かった。

「はぁ……、帰りてぇ……」
「家にかい?」
「うわぁ!? 猫汰!?」

 気づかぬうちに隣に座っていた猫汰が「うん」と微かに頬を緩めた。

「鏡華ちゃんを手伝わなくていいのか?」

 そう振り返れば、鏡華ちゃんに指図されながら働く太刀根と牧地の姿が。観手は座って見学(いやあれは人間観察か)しているし、センパイに至っては砂浜に大の字になっている。
 猫汰は鏡華ちゃんたちを見もせず、むしろ俺をしっかりと見据える。その目が怖いのは気のせいか?

「僕はさっきまで手伝っていたからね。太刀根くんと交代というわけ。それで、そのキスマークなんだけど」

 気のせいじゃなかった。
 明らかに怒りのこもった目つきだ。俺は特に悪いことをしたわけではないのだが、その目つきの冷たさに居心地の悪さを覚え、つい反射で首筋に手をやってしまう。それがよくなかった。

「ねぇ、なんで隠すんだい?」
「いっ」

 首筋にあてた手を強く掴まれ、痛みで顔を歪ませる。けれども猫汰は離そうともせず、

「本当許せないなぁ。僕の御竿くんに痕をつけるなんて。いくら先生でもやっちゃいけないことがあると思うんだ。君もそう思うだろ? 御竿くん」
「へ、あ、それは……」

 これがゲームだと言うのなら、恐らくプレイヤーには選択肢が見えている場面なのだろう。ところがどっこい。俺はプレイヤーではない、主人公なのだ。画面の下に出ているであろう選択肢なぞ、画面の中(かどうかは知らん)の自分には見えんのだ。
 今までの経験をフル活動させ、俺は出ているであろう選択肢を想像する。恐らくは、

 “「俺もそう思う」”
 “「いやぁ、思わないかな」”
 “「猫汰、俺たち助かるのかな?」”

 この三つだ! いや待て、これはBLゲーム。ならば選択肢はこんな単純なものではないはずだ。つか、BLだとどんな選択肢が出んの!? やったことねぇからわかんねぇ!
 ええい、ままよ!

 “「俺もそう思う」”
 “「いやぁ、思わないかな」”
▶“「猫汰、俺たち助かるのかな?」”

「なぁ猫汰、俺たち……」

と言いかけたところで、猫汰が「冗談だよ」とハーフパンツのポケットからハンカチを出してきた。

「それ、口紅でしょ。使っていいから落とすといいよ。それじゃ、僕は鏡華先生のところに戻るから。君はゆっくりしてるといい」
「あ、あぁ……」

 思わずハンカチを受け取れば、猫汰は女子が見たら感極まりそうな笑みを見せた。俺はとりあえず口紅を落とすかとハンカチを広げ、

「ひっ」

 そこに書かれた無数の“渡さない”の文字に、小さく震え上がった。
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