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一ノ瀬紅羽の場合

16話

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 スーツの上着だけを脱いで、緩められたネクタイはそのまま外して、ボタンは第二ボタンだけを閉めて。お風呂が沸く間に、下のコンビニでお弁当を買って。ロフトベッドの下のスペースには、颯介が泊まる時に使う布団も用意した。

「すっかり生活の一部だなぁ」

 ゴミ山から発掘したテレビには、夜によく流れるバラエティが映っている。正直見る気はあまりないんだけど、静かなのも変に緊張するから適当につけただけだ。

「紅羽さん、お風呂沸きましたよ」
「さ、先に入ればいいぞ?」

 いつもは僕が先に入るんだけど、今日はとにかく落ち着かなくて、颯介に先に入るよう促す。颯介は腑に落ちない顔をしながらも、僕が変に緊張しているのがわかっているからか、

「じゃ、失礼しますね」

と置きっぱなしにしてある下着や、寝間着代わりにしている服、タオルを持ってお風呂に行ってしまった。

「……はぁ」

 付き合いだして二ヶ月。颯介の言った通り、来月で三ヶ月。
 颯介は僕を大事にしてくれている。
 最初がああだったからか、キスも優しいし、僕の反応をいちいち確認して触れてくるし、嫌がるようなこともしてこない。
 身体もだいぶん慣れてきて、最近では颯介の指を三本入れれるようになってきた。どこに、とはあえて言わないけど。

「そう、だよな。颯介もセックスくらい、したい、よな……」

 颯介はαだ。あの年まで経験がなかったなんてこと、あるわけがない。実際に、颯介に触れられるとすごく気持ちいいし。
 抱えた膝に顔を埋めてため息をつく。

「我慢、させてるよなぁ」

 いつもしてもらってばかりだし。
 僕に出来ること、何かあるかな。

「挿入ても大丈夫なように練習する、とか」

 テーブルに置いたスマフォを手に取って、よくあるネットショッピングのアプリを開く。
 経験はないが、知識ぐらいはある。その知識を元に、検索欄に文字列を打ち込んでいけば、お目当てのモノがいくつか上がってきた。

「えっ……ぐ……」

 男性器を模したそれらは、どれもエグい形をしていた。
 なんでイボイボついてんの? 本物はイボイボついてないよな?
 なんで突起物が二ヶ所あるんだ? 片方は僕に入れるとしても、もう片方はどこに入れるんだ?
 中に入れたら振動するって何? ムスコが勝手に振動するわけないだろうが!

「……これじゃ練習にならないな」

 丸い玉が連なったやつとか、なんかすごく細い棒とか、どう見ても自分で入れるには勇気がいるやつばっかりだ。

「あ、これいいんじゃないか?」

 普通? の形をしたピンク色の玩具。イボイボしてないし、振動しないみたいだし、ローションを使って自分で抜き差しするタイプのようだ。これなら自分のペースで出来るかもしれない。

「よ、よし」

 知識はあっても、こんなの買ったことすらない僕は、カートに入れるだけなのにそれすら勇気がいる。早くしないと颯介が上がって――

「紅羽さん、お先ありがとうござ」
「ああああ!?」

 驚いた拍子にスマフォが手から滑り落ちる。それはカラカラと乾いた音を立てながら回転して、玩具の画面を開いたままで颯介の爪先に当たって止まった。
 Tシャツとジャージ姿で髪を拭く、という見慣れたはずの姿にもつい見惚れてしまって、僕はスマフォを拾い上げもせずに立ち尽くしてしまう。

「紅羽さん、これ……」

 スマフォを拾い上げた颯介が、画面を凝視する。

「あああ、そうだ、おおおお風呂入ってくる!」

 もういたたまれなくなって、僕はタオルも替えの下着も持つのも忘れ、逃げるように浴室へと駆け込んだ、のだけど。

「どう説明しよう……」

 湯船に浸かり、膝を小さく抱えたまま、僕は口からため息を零した。ちなみにだが、タオルと下着を忘れたことにはまだ気づいていない。頭の中には、玩具をなんて言おうか、というか引かれただろうか、それしかない。

「紅羽さん、タオル忘れてません?」
「ぅぇ!? あ!」

 曇りガラスの向こうに、うっすらと颯介の姿が見える。
 そこでやっとタオルやら下着やらを忘れたことに気づいて、僕は「あ、ありがと……」とガラスの向こう側に小さく呟く。颯介は「どういたしまして」といつもの感じで朗らかに言って、ガラスから見えなくなり、パタンと扉の閉まる音がした。
 意外と気にしてなさそうな感じだ。颯介も玩具には詳しくないのかもしれない。なら上手く誤魔化せそうだ。
 と思ってたのに。

「紅羽さん」
「あああああ!?」

 まだ脱衣所にいた。
 なんで? だって扉の閉まる音したし、颯介見えなくなったし、なんで?
 そんな僕の疑問に答えるように、颯介が手にしたタオルを僕の頭に乗せて軽く笑う。

「見えない場所に立って、内側から閉めればいいだけじゃないですか。本当に紅羽さんは素直ですね」
「そう、か、ははは」

 髪をわしゃわしゃと拭かれる慣れない感覚と、颯介の顔があまり見えなくて、次第に不安が募っていく。手つきも少し乱暴な気がするし。

「あの、そうす」
「紅羽さん、あれはなんですか」
「いいっ……」

 疑問形で聞いてるようで、その声色も語彙も確信めいた物言いだ。思わず変な声が出た。颯介は素知らぬフリをして、髪を拭いていたタオルを身体に巻きつけるようにして拭いていく。

「颯、介……、自分で拭く、からっ」

 少し乱暴だけど、ふわふわしたタオルの感触と、たまに素肌に触れる颯介の指が心地よくて、無意識に鼻から息が漏れる。

「んん、ふ、う……っ」

 なるべく声を漏らさないように、両手で口を塞ぐ。それでもわざとらしく触れてくる手には逆らえなくて、首、脇、腰を拭かれるだけで大袈裟なくらいに身体が跳ねた。

「紅羽さん」
「ぁ、ぅ」
「あれが何か知ってて見てたんですか」

 くちゅ、と音がしたのに気づき視線を下へと落とす。緩く勃ち上がり始めた自身から、とろとろと先走りが溢れ出し、それが颯介のジャージに黒い染みを作り出していた。

「ぃ……あ、いや、だっ」

 嫌、と言ったのは颯介に触れられてること、ではなく、こんな格好なのにこんな醜態を晒して、且つ颯介の服を汚してしまったことへの恥ずかしさから、なのだけど。

「嫌……?」

 勘違いをさせてしまったらしい。

「ひあっ」

 なんの前触れもなく、颯介の指が僕の後孔へと入ってきた。この二ヶ月で随分と慣らされた身体は、それをすんなりと受け入れてしまう。

「うぅぅ、ん、あ……っ」

 中の一点を軽く何度か押され、僕は身体をぶるりと震わせた。けれど昂った熱からは何も出ない。いいかげん鈍い僕にも、これが中イキしてるって自覚が芽生えるくらいには、颯介からこうした快楽を与え続けられてきた。

「第一、こんな小さいので何をするつもりだったんですか」
「……練習」

 本当は言いたくなかった。でも言わないと颯介がやめてくれなさそうだし、下手するとこのまま抱かれてしまいそうだったから、僕は仕方なしに白状したのだった。
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