16 / 56
一ノ瀬紅羽の場合
16話
しおりを挟む
スーツの上着だけを脱いで、緩められたネクタイはそのまま外して、ボタンは第二ボタンだけを閉めて。お風呂が沸く間に、下のコンビニでお弁当を買って。ロフトベッドの下のスペースには、颯介が泊まる時に使う布団も用意した。
「すっかり生活の一部だなぁ」
ゴミ山から発掘したテレビには、夜によく流れるバラエティが映っている。正直見る気はあまりないんだけど、静かなのも変に緊張するから適当につけただけだ。
「紅羽さん、お風呂沸きましたよ」
「さ、先に入ればいいぞ?」
いつもは僕が先に入るんだけど、今日はとにかく落ち着かなくて、颯介に先に入るよう促す。颯介は腑に落ちない顔をしながらも、僕が変に緊張しているのがわかっているからか、
「じゃ、失礼しますね」
と置きっぱなしにしてある下着や、寝間着代わりにしている服、タオルを持ってお風呂に行ってしまった。
「……はぁ」
付き合いだして二ヶ月。颯介の言った通り、来月で三ヶ月。
颯介は僕を大事にしてくれている。
最初がああだったからか、キスも優しいし、僕の反応をいちいち確認して触れてくるし、嫌がるようなこともしてこない。
身体もだいぶん慣れてきて、最近では颯介の指を三本入れれるようになってきた。どこに、とはあえて言わないけど。
「そう、だよな。颯介もセックスくらい、したい、よな……」
颯介はαだ。あの年まで経験がなかったなんてこと、あるわけがない。実際に、颯介に触れられるとすごく気持ちいいし。
抱えた膝に顔を埋めてため息をつく。
「我慢、させてるよなぁ」
いつもしてもらってばかりだし。
僕に出来ること、何かあるかな。
「挿入ても大丈夫なように練習する、とか」
テーブルに置いたスマフォを手に取って、よくあるネットショッピングのアプリを開く。
経験はないが、知識ぐらいはある。その知識を元に、検索欄に文字列を打ち込んでいけば、お目当てのモノがいくつか上がってきた。
「えっ……ぐ……」
男性器を模したそれらは、どれもエグい形をしていた。
なんでイボイボついてんの? 本物はイボイボついてないよな?
なんで突起物が二ヶ所あるんだ? 片方は僕に入れるとしても、もう片方はどこに入れるんだ?
中に入れたら振動するって何? ムスコが勝手に振動するわけないだろうが!
「……これじゃ練習にならないな」
丸い玉が連なったやつとか、なんかすごく細い棒とか、どう見ても自分で入れるには勇気がいるやつばっかりだ。
「あ、これいいんじゃないか?」
普通? の形をしたピンク色の玩具。イボイボしてないし、振動しないみたいだし、ローションを使って自分で抜き差しするタイプのようだ。これなら自分のペースで出来るかもしれない。
「よ、よし」
知識はあっても、こんなの買ったことすらない僕は、カートに入れるだけなのにそれすら勇気がいる。早くしないと颯介が上がって――
「紅羽さん、お先ありがとうござ」
「ああああ!?」
驚いた拍子にスマフォが手から滑り落ちる。それはカラカラと乾いた音を立てながら回転して、玩具の画面を開いたままで颯介の爪先に当たって止まった。
Tシャツとジャージ姿で髪を拭く、という見慣れたはずの姿にもつい見惚れてしまって、僕はスマフォを拾い上げもせずに立ち尽くしてしまう。
「紅羽さん、これ……」
スマフォを拾い上げた颯介が、画面を凝視する。
「あああ、そうだ、おおおお風呂入ってくる!」
もういたたまれなくなって、僕はタオルも替えの下着も持つのも忘れ、逃げるように浴室へと駆け込んだ、のだけど。
「どう説明しよう……」
湯船に浸かり、膝を小さく抱えたまま、僕は口からため息を零した。ちなみにだが、タオルと下着を忘れたことにはまだ気づいていない。頭の中には、玩具をなんて言おうか、というか引かれただろうか、それしかない。
「紅羽さん、タオル忘れてません?」
「ぅぇ!? あ!」
曇りガラスの向こうに、うっすらと颯介の姿が見える。
そこでやっとタオルやら下着やらを忘れたことに気づいて、僕は「あ、ありがと……」とガラスの向こう側に小さく呟く。颯介は「どういたしまして」といつもの感じで朗らかに言って、ガラスから見えなくなり、パタンと扉の閉まる音がした。
意外と気にしてなさそうな感じだ。颯介も玩具には詳しくないのかもしれない。なら上手く誤魔化せそうだ。
と思ってたのに。
「紅羽さん」
「あああああ!?」
まだ脱衣所にいた。
なんで? だって扉の閉まる音したし、颯介見えなくなったし、なんで?
そんな僕の疑問に答えるように、颯介が手にしたタオルを僕の頭に乗せて軽く笑う。
「見えない場所に立って、内側から閉めればいいだけじゃないですか。本当に紅羽さんは素直ですね」
「そう、か、ははは」
髪をわしゃわしゃと拭かれる慣れない感覚と、颯介の顔があまり見えなくて、次第に不安が募っていく。手つきも少し乱暴な気がするし。
「あの、そうす」
「紅羽さん、あれはなんですか」
「いいっ……」
疑問形で聞いてるようで、その声色も語彙も確信めいた物言いだ。思わず変な声が出た。颯介は素知らぬフリをして、髪を拭いていたタオルを身体に巻きつけるようにして拭いていく。
「颯、介……、自分で拭く、からっ」
少し乱暴だけど、ふわふわしたタオルの感触と、たまに素肌に触れる颯介の指が心地よくて、無意識に鼻から息が漏れる。
「んん、ふ、う……っ」
なるべく声を漏らさないように、両手で口を塞ぐ。それでもわざとらしく触れてくる手には逆らえなくて、首、脇、腰を拭かれるだけで大袈裟なくらいに身体が跳ねた。
「紅羽さん」
「ぁ、ぅ」
「あれが何か知ってて見てたんですか」
くちゅ、と音がしたのに気づき視線を下へと落とす。緩く勃ち上がり始めた自身から、とろとろと先走りが溢れ出し、それが颯介のジャージに黒い染みを作り出していた。
「ぃ……あ、いや、だっ」
嫌、と言ったのは颯介に触れられてること、ではなく、こんな格好なのにこんな醜態を晒して、且つ颯介の服を汚してしまったことへの恥ずかしさから、なのだけど。
「嫌……?」
勘違いをさせてしまったらしい。
「ひあっ」
なんの前触れもなく、颯介の指が僕の後孔へと入ってきた。この二ヶ月で随分と慣らされた身体は、それをすんなりと受け入れてしまう。
「うぅぅ、ん、あ……っ」
中の一点を軽く何度か押され、僕は身体をぶるりと震わせた。けれど昂った熱からは何も出ない。いいかげん鈍い僕にも、これが中イキしてるって自覚が芽生えるくらいには、颯介からこうした快楽を与え続けられてきた。
「第一、こんな小さいので何をするつもりだったんですか」
「……練習」
本当は言いたくなかった。でも言わないと颯介がやめてくれなさそうだし、下手するとこのまま抱かれてしまいそうだったから、僕は仕方なしに白状したのだった。
「すっかり生活の一部だなぁ」
ゴミ山から発掘したテレビには、夜によく流れるバラエティが映っている。正直見る気はあまりないんだけど、静かなのも変に緊張するから適当につけただけだ。
「紅羽さん、お風呂沸きましたよ」
「さ、先に入ればいいぞ?」
いつもは僕が先に入るんだけど、今日はとにかく落ち着かなくて、颯介に先に入るよう促す。颯介は腑に落ちない顔をしながらも、僕が変に緊張しているのがわかっているからか、
「じゃ、失礼しますね」
と置きっぱなしにしてある下着や、寝間着代わりにしている服、タオルを持ってお風呂に行ってしまった。
「……はぁ」
付き合いだして二ヶ月。颯介の言った通り、来月で三ヶ月。
颯介は僕を大事にしてくれている。
最初がああだったからか、キスも優しいし、僕の反応をいちいち確認して触れてくるし、嫌がるようなこともしてこない。
身体もだいぶん慣れてきて、最近では颯介の指を三本入れれるようになってきた。どこに、とはあえて言わないけど。
「そう、だよな。颯介もセックスくらい、したい、よな……」
颯介はαだ。あの年まで経験がなかったなんてこと、あるわけがない。実際に、颯介に触れられるとすごく気持ちいいし。
抱えた膝に顔を埋めてため息をつく。
「我慢、させてるよなぁ」
いつもしてもらってばかりだし。
僕に出来ること、何かあるかな。
「挿入ても大丈夫なように練習する、とか」
テーブルに置いたスマフォを手に取って、よくあるネットショッピングのアプリを開く。
経験はないが、知識ぐらいはある。その知識を元に、検索欄に文字列を打ち込んでいけば、お目当てのモノがいくつか上がってきた。
「えっ……ぐ……」
男性器を模したそれらは、どれもエグい形をしていた。
なんでイボイボついてんの? 本物はイボイボついてないよな?
なんで突起物が二ヶ所あるんだ? 片方は僕に入れるとしても、もう片方はどこに入れるんだ?
中に入れたら振動するって何? ムスコが勝手に振動するわけないだろうが!
「……これじゃ練習にならないな」
丸い玉が連なったやつとか、なんかすごく細い棒とか、どう見ても自分で入れるには勇気がいるやつばっかりだ。
「あ、これいいんじゃないか?」
普通? の形をしたピンク色の玩具。イボイボしてないし、振動しないみたいだし、ローションを使って自分で抜き差しするタイプのようだ。これなら自分のペースで出来るかもしれない。
「よ、よし」
知識はあっても、こんなの買ったことすらない僕は、カートに入れるだけなのにそれすら勇気がいる。早くしないと颯介が上がって――
「紅羽さん、お先ありがとうござ」
「ああああ!?」
驚いた拍子にスマフォが手から滑り落ちる。それはカラカラと乾いた音を立てながら回転して、玩具の画面を開いたままで颯介の爪先に当たって止まった。
Tシャツとジャージ姿で髪を拭く、という見慣れたはずの姿にもつい見惚れてしまって、僕はスマフォを拾い上げもせずに立ち尽くしてしまう。
「紅羽さん、これ……」
スマフォを拾い上げた颯介が、画面を凝視する。
「あああ、そうだ、おおおお風呂入ってくる!」
もういたたまれなくなって、僕はタオルも替えの下着も持つのも忘れ、逃げるように浴室へと駆け込んだ、のだけど。
「どう説明しよう……」
湯船に浸かり、膝を小さく抱えたまま、僕は口からため息を零した。ちなみにだが、タオルと下着を忘れたことにはまだ気づいていない。頭の中には、玩具をなんて言おうか、というか引かれただろうか、それしかない。
「紅羽さん、タオル忘れてません?」
「ぅぇ!? あ!」
曇りガラスの向こうに、うっすらと颯介の姿が見える。
そこでやっとタオルやら下着やらを忘れたことに気づいて、僕は「あ、ありがと……」とガラスの向こう側に小さく呟く。颯介は「どういたしまして」といつもの感じで朗らかに言って、ガラスから見えなくなり、パタンと扉の閉まる音がした。
意外と気にしてなさそうな感じだ。颯介も玩具には詳しくないのかもしれない。なら上手く誤魔化せそうだ。
と思ってたのに。
「紅羽さん」
「あああああ!?」
まだ脱衣所にいた。
なんで? だって扉の閉まる音したし、颯介見えなくなったし、なんで?
そんな僕の疑問に答えるように、颯介が手にしたタオルを僕の頭に乗せて軽く笑う。
「見えない場所に立って、内側から閉めればいいだけじゃないですか。本当に紅羽さんは素直ですね」
「そう、か、ははは」
髪をわしゃわしゃと拭かれる慣れない感覚と、颯介の顔があまり見えなくて、次第に不安が募っていく。手つきも少し乱暴な気がするし。
「あの、そうす」
「紅羽さん、あれはなんですか」
「いいっ……」
疑問形で聞いてるようで、その声色も語彙も確信めいた物言いだ。思わず変な声が出た。颯介は素知らぬフリをして、髪を拭いていたタオルを身体に巻きつけるようにして拭いていく。
「颯、介……、自分で拭く、からっ」
少し乱暴だけど、ふわふわしたタオルの感触と、たまに素肌に触れる颯介の指が心地よくて、無意識に鼻から息が漏れる。
「んん、ふ、う……っ」
なるべく声を漏らさないように、両手で口を塞ぐ。それでもわざとらしく触れてくる手には逆らえなくて、首、脇、腰を拭かれるだけで大袈裟なくらいに身体が跳ねた。
「紅羽さん」
「ぁ、ぅ」
「あれが何か知ってて見てたんですか」
くちゅ、と音がしたのに気づき視線を下へと落とす。緩く勃ち上がり始めた自身から、とろとろと先走りが溢れ出し、それが颯介のジャージに黒い染みを作り出していた。
「ぃ……あ、いや、だっ」
嫌、と言ったのは颯介に触れられてること、ではなく、こんな格好なのにこんな醜態を晒して、且つ颯介の服を汚してしまったことへの恥ずかしさから、なのだけど。
「嫌……?」
勘違いをさせてしまったらしい。
「ひあっ」
なんの前触れもなく、颯介の指が僕の後孔へと入ってきた。この二ヶ月で随分と慣らされた身体は、それをすんなりと受け入れてしまう。
「うぅぅ、ん、あ……っ」
中の一点を軽く何度か押され、僕は身体をぶるりと震わせた。けれど昂った熱からは何も出ない。いいかげん鈍い僕にも、これが中イキしてるって自覚が芽生えるくらいには、颯介からこうした快楽を与え続けられてきた。
「第一、こんな小さいので何をするつもりだったんですか」
「……練習」
本当は言いたくなかった。でも言わないと颯介がやめてくれなさそうだし、下手するとこのまま抱かれてしまいそうだったから、僕は仕方なしに白状したのだった。
183
お気に入りに追加
524
あなたにおすすめの小説
【本編完結済】巣作り出来ないΩくん
ゆあ
BL
発情期事故で初恋の人とは番になれた。番になったはずなのに、彼は僕を愛してはくれない。
悲しくて寂しい日々もある日終わりを告げる。
心も体も壊れた僕を助けてくれたのは、『運命の番』だと言う彼で…
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
本能と理性の狭間で
琴葉
BL
※オメガバース設定 20代×30代※通勤途中突然の発情期に襲われたΩの前に現れたのは、一度一緒に仕事をした事があるαだった。
すいません、間違って消してしまいました!お気に入り、しおり等登録してくださっていた方申し訳ありません。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる