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本編

小話 夕菜と嶺のお話 夕菜side:2

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「……ごめん」
「……そっか」

 今泣いてしまったら、もう止めようがなくなりそうで、それでも泣きたい衝動は抑えられなかった。

「……え、ごめっ……泣く程嫌だった?」
「ちっ、違うっ」
「じゃあなんで……とりあえず、どっか座る?」

 慎ましげに手を引かれ、着いた先は公園。小さな子供やたむろしている中学生もいなくて、どことなく寂しげだ。

「で……なんでか、言ってくれたら嬉しいんだけど」

 その理由は、何年前かにさかのぼる。
 あの時、私はまだ勉強熱心な中学二年生で、遅くまで誰もいなくなった教室で毎日勉強していた。そのせいかいつも成績は良くて、深海には負けるけどいつも学年トップの十人の中には入れていた。
 その日も、遅くまで教室に残っていた。
 問題集を解いていた私は、どうしても解き方がわからない連立方程式があって、その解答を少しだけ見ようとロッカーへ行った。
 その時だった。

「え、絶対お前星野のこと好きだろー」
「んなわきゃねーっつーの!」

 突然聞こえて来たうちのクラスの男子の声。自分の苗字に否が応でも反応してしまったんだ。

「あんな奴っ、好きになんかなるわけねーしっ!」

 密かな憧れは孤独な涙とともに崩れ去った……それだけのはずだったのに。

「なーなー星野、知ってる? 深海に彼女できたんだって」
「……そ、なんだ」

 何回も何回も話しかけてきた。ノートを写させてくれとか、シャーペンの芯が欲しいとか、何かにつけて何回も。それでも────。

「夕菜、知ってる? 最近ね、男子たちで、女子に近づいてその女子が好きになるかどうか賭けるっていうゲームがあるらしいよ? ……林田君、気をつけたほうがいいんじゃない?」
「ゲー、ム……」

 あぁ、そうなんだ、ゲームなんだ。
 私は、楽しむための、ただの駒。そのうち捨てられる。
 それが分かってしまった瞬間に、憧れは完全に捨てたはずだったのに──女子とは、いや私とはつくづく面倒なもののようで、今でも完全に捨てきれていない。
 あの『好きになんかなるわけない』の言葉が、ずっとこびりついている。

「……ゲーム、か」
「え?」

 あのゲームが今もあるなら、私は最後の犠牲者だろうか。よりにもよって卒業式の日に、好きな相手に嘘の告白をされて、こんなに嗤えるようなことはあるだろうか。

「……星野?」
「ん、何?」

 いつのまにか引いた涙は、どこに行ったんだろう。
 きっと、諦めてどこかへ行ったんだろう。

「……何考えてる?」
「大したことじゃないよ」
「嘘つけ」
「今この状態で嘘なんか、なんでつくの」
「俺にばれたくないから。考えてること」

 ──図星だ。

「なあ、何考えてんだよ?」
「……知ってた?」
「えっ?」
「私ね、中学二年生のとある日で、放課後に勉強することやめたの。……十月九日」

 紅葉が始まりそうな、綺麗な銀杏だった。

「…………」
「……『好きになんか、なるわけない』」
「っ……!!」
「……ね、なるわけないんでしょう? ……あのゲーム、まだあったんだね」
「っ、ゲームなんかじゃないっ!」
「どっちにしても、もうどうでもいいよ……ごめんね、重くて。私は、『好きになんかなるわけない』なんて、言えないから」
「っ星野っ!」

 焼けた鉄の棒を押し付けられたみたいに胸が痛いのに、涙は出なかった。
 どうしてか、深海が羨ましかった。
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