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本編

勘づき

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 また今日も海月は電車に乗る。変わらないことだけれど、最近の海月の楽しみとなっていることだ。
 あの日から電車内でも校内でも、会えば会釈をするくらいの関係になった。そのことは流奈と凪沙には言っていない。すごくからかわれそうで、苦笑いと共に少し呆れる。

「……あ」

 開いたドアの向こうに、彼は今日もいた。

「どうも」

 名前も何も知らないのに知り合いになった。そもそもあまり人付き合いが得意ではない海月にとっては初めての経験だ。

「…………」
「本日は神奈川……」

 それでも会話は生まれない。ちらりと向かってくる視線も向ける視線も、知らないふりをした。
 そうして数ヶ月。

「海月」

 自分の席にスクールバッグをかけた海月を流奈が呼び止めた。

「……あれ、流奈。凪沙は?」

 いつもなら流奈と一緒に海月へ駆け寄ってくる凪沙が今日は登校していない。

「風邪のようです。夏バテでしょう……馬鹿は風邪をひかないというのは、やはり迷信ですね」

 二言目には嫌味が入っているが、裏腹に声色は心配げだ。

「うーん、気づかなかったんじゃ……」
「まぁそれは置いておいて今日は全校集会がありますよ」

 週に一回行われる全校集会。恒例になっている校長の端的で短い話と、教頭の異様に長い話。床に座り仮眠を取ってしまう生徒も数多く流奈は背筋を伸ばしたまま寝るという凄技を持っている。海月は下を向いてやりすごす。

「そうだった……はーぁ」

 運動部にも所属せず、書道部が大会に出場することなど絶対にない。そして壇上に呼ばれるようなことをするはずもない海月は集会の間やることもない。

「体育館に集合ですから、先に行きましょう」
「そうだね」

 教室を出て、二人は体育館に向かった。

「……凪沙、大丈夫かなぁ」
「さあ……体調が悪くなるとは。珍しいですね、これまで皆勤賞だったのに」

 中一でこの学園に入学しそれ以来体調不良で休むこともなかった凪沙。

「表彰されたいって言ってたのにね……残念」

 通称『脳筋(主に呼ぶのは流奈)』。彼女はいつも元気で、学校で珍しく熱が出ても保健室で寝ればすぐに治った──そんな凪沙が、そう流奈は思った。

「おーい、二列で並べーっ」
「はーい」

 知った顔のクラスメイト──凪沙以外だが──が揃い、始まった集会。教頭による恒例の長話から解放され、ほとんどが眠くなっていた時。

「……じゃあ、ここで転校生を紹介する。中学三年生だ」

 この時期に転入してくることはそう珍しくはない。元はと言えば流奈も転入生だ。

「えっと、東雲しののめ 涼華すずかです。……よろしくお願いします」

 少し気弱な感じがする少女。海月に若干似ているところがあると、流奈は直感的に感じた。

「すずか先輩だって。かわいいね」
「どことなく海月に似ていますね」
「え、そうかな? 私、あんなに可愛くないよ」
「……まぁ、いいです」

 一つ深い溜息をついた流奈。視線を感じふっと顔を上げると一人の先輩が目に入った。どうやら彼は流奈ではなく海月を見ているようで────。

「……海月、あの人に見覚えはありますか? あの、今こちらを見ている」

 転入生による挨拶が終わり集会は終わった。教室に戻るため立ち上がると、流奈は海月に聞いた。

「ん? ……あー、知り合い」
「そうですか。ならいいのですが……」

 流奈の心に芽生えた一抹の予感を、流奈はあり得ないと自ら消した。
 あの先輩が例の電車の人ではないか、と。
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