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本編

7. 騎士

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 冬も続けば大分寒さに慣れてくる。ちゃんと襟巻を巻いて靴下も二重にして、そうすれば畑の手入れをするのも苦にならない。

 くしゃみは出るが。

「っくしゅん! っくし!」

 何度か盛大にくしゃみをしていると、くしゃみのしすぎで咳まで出た。うえっ。

「どうした」

「大丈夫。寒いだけ……けほっ」

 家の中から聞こえてきた声に返事をして数秒後、男が出てきた。手には毛糸の帽子を持っている。また過保護の発動だ。

「何でまた手袋をしていないんだ」

「だって、ユキリ草は繊毛を触って確かめないと」

「ほどほどにしろ。温石を」

 温めておいてくれたらしい。布に包んだ温石を手に乗せられ、じんわりくる温かさにほわあっとなっているときだった。


「その手を放せ!!」


 びっくりしすぎて心臓が止まるかと思った。

 つんざくような怒号に辺りを見渡せば、森から四人の男たちが現れた。筋骨隆々な揃いの鎧を着た彼らは一斉に剣を抜いた。

 温石を取り落としたのを拾う余裕もなく固まる。

 殺気立っている四人の先頭の一人が、吐き捨てるように言った。

「ようやく見つけたぞ、魔王。こんなところに隠れていたとはな」

 ……魔王?

「確かに殺したと思っていたのに……まさかあれが人形とは。すっかり騙されたよ」

「もう逃がさん。その子を解放しろ!」

 男を見上げると、強張った表情で四人を見ていた。

 不安になり、ねえ、と袖を引っ張る。

「!」

 やっと視線が私を向く。……怯えているような表情で、何となく嫌だ。

「あの人たち、誰?」

「……王国の、騎士だ」

「……騎士?」

 その響きに、どくんと心臓が跳ねた。悟られないように疑問を口にする。

「何で騎士があんたを?」

「それは……」

 男は言い淀むように視線を落とした。

「……俺が、魔王と呼ばれる存在だからだ」

 魔王。確か、言葉の通り魔族の王。

 成る程。

「………え、だから何で?」

 よくわからなかったのでもう一度訊くと、男はきょとんとした。

「……何で、とは?」

「だから、何で人間の騎士が魔族の王を殺しに来てるの?」

「……」

 いい加減鬱陶しくなって睨むと、ますます驚いたようにする男。

「何を言っている? いや、そもそも俺が魔王だと知っていたのか?」

「魔族なんだろうなとは思ってたけど」

「……普通は、魔族とわかっただけでも怯えるものだろう」

「魔族と会ったことないからわかんないよ。あんたみたいのなら怖くないし」

「おい、さっさとその子を解放しろ!」

 遠くから声が割り込んできてびくっとした。

 ……ほんと、何なのあいつら。

 痺れを切らしたのか一人が歩き出した。徐々に柵に近づいてくる。

「……!」

 きらりと光る剣がまっすぐこっちを向いていて、身体がすくむ。

 嫌な、あんまり思い出したくない記憶が呼び起こされそうになる。

「やめて」

 反射的にそう言った。けど、大きな声が出ず騎士には届かなかったらしい。

「……来ないで!」

 叫ぶと、騎士は一瞬足を止めたがすぐ睨んできた。

「君は……薬師だそうだな。街の者に聞いた。だが、魔王を庇うということはやはり魔女か?」

「!」

「成る程、魔王が隠れ場所に選ぶわけだ。そのような幼い姿をしてまで人を欺くなど、忌々しい……纏めて始末してやる」

 違う。私は魔女じゃない。

 そんなんじゃない。

 騎士は柵の戸を蹴り開けた。その瞬間、私の全身を嫌悪と恐怖が走り抜ける。



 ――……は、魔女だ!
 ――騎士様、あの子です! 子どもたちに毒を!
 ――覚悟しろ、魔女め。



「……来んなって……」

 ローブのポケットに手を突っ込む。いつも、外出するときに護身用に持っているあれ。

「言ってんだろうがぁ――!」

「おい!」

 気づいた男が止めようとしてくるが、もう遅い。

 神経毒の薬玉は騎士に向かって飛んでいって、騎士は避けたが地面に落ちて弾け飛んだ。

「な……っ!?」

「ロイ!」

 背中にまでかかった騎士はがくっと膝をついて、その仲間たちが慌てて寄ってくる。

「来るな! 毒だ!」

 それだけじゃない。

 私は振り返り、家の玄関に立てかけてある熊手を持ち上げた。正確にはその刃に結びつけた紐を、力任せに引っ張った。

 雪に埋まっていた紐が一気に跳ね上がり、周辺に仕掛けた罠を発動させる。

「っ!?」

「何だよこれっ!」

「ぐあぁ!」

 木々が揺れて雪と共に似たような薬玉や、どろりとした粘液、石や先を削って尖らせた枝を落としていく。残りの三人は手当たり次第なそれをまともに喰らって無様にのたうち回った。それでも動いている。

 特殊な発火材を仕込んだ薬玉を投げようとしたところで、男が私を止めた。

「やめろ!」

「何で! 放して!」

「奴らを殺す気か!?」

「あいつらは殺すって言った! 私何もしてないのに!」

「!」

「ふっざけんな、何が騎士だ偉そうに!」

 腕を掴まれてるのを、力じゃ男に勝てないから怒鳴り散らしてもがく。

「放せよ! あいつら、私たちを殺そうとしてるんだよ!」

「っ……!」

 男がぎゅっと苦しそうに眉根を寄せた、直後。

 ぶわっと黒い靄のようなものが急に男の体から放たれた。

 まるで密度の濃い空気に呑み込まれるような感覚がして、その圧倒的な重さに呼吸ができなくなる。

「……っ、は……っ、ぁ」

 はくはくと、空気を吸いたいのに、この真っ暗な靄の中は何もないみたいだ。

 何も見えない中、手を掴んでいた男が私を抱きしめる。生理的に溢れてきた涙が男の胸辺りの服を濡らして、あやすように頭を撫でられる。


 たすけて。


 男の服に縋ると、靄が晴れた。

 明るくなった視界に思わず強く目を瞑り、同時に勢い良く肺に流れ込んできた空気に咽せた。

「っはあっ! 、げほげほっ、げほっ」

 大きく体を折って咳き込む私の顔をそっと上向かせ、男の指が目元をなぞった。

「すまない」

「……?」

 咳としゃっくりのせいで声が出ず、涙もぼろぼろ零れまくっているので眉を寄せて疑問を伝えたが伝わらなかった。

「悪かった。……泣くな」

「……っ、な、て……ない」

「……そうか」

 男は優しい手つきで私を抱き上げた。親が子どもを抱っこする形。

「ラベンダーの茶を淹れよう。中は温かい」

 今まで聞いた中で一番穏やかで、疲れているような声だった。

 私も疲れたし、よくわからないが今だけは甘えたくなって男の首に腕を回した。
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